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41:火のないところに立つ煙

「そこの魔導師さん、妙な噂が出てましてよ」

「噂、ですか?」


 心当たりがない。

 というか、何を言われてるか分からない。


 もしかしたら僕が魔導師見習いだってこと自体が、噂になる可能性はあるけど……それを「妙」とは言わないだろう。

 事実なんだから。


「どんな噂なんです?」


 さすがに気になって訊くと、相手が言い澱んだ。

 あんまりいい噂じゃないらしい。


 ――神様、ヒドすぎます。


 誓って僕は何もしてない。

 毎日毎夜師匠やおばさんに振り回されてるけど、それ以外は何もしてない。


 というか僕は被害者だ。

 なのになんで噂なんて出るんだろう。

 イサさんが言う。


「噂ってもしかして、ここにいるボクが姫さまを誘惑したとか、そういうの?」

「あら、なんでご存じですの?」

「うん、その件でここへ来る前に、ひと悶着あったもんだから」


 あらあら、とご婦人がたが笑った。


「で、そこの魔導師さん、実際はどうなの?」

「あら、やってないと思いますわ」

「そういうことができる性格には、見えませんものね」


 ここが、貴婦人とは言え「おばさん」年代の巣窟なのを、今になって僕は思い出した。

 ご婦人がたの一人が、姫さまに訊く。


「姫さま、真相はいかがですの?」

「言いだした方に、一言文句が言いたいですわね、さすがに」


 姫さまがおかんむりだ。

 そして僕は微妙な気持ちだ。


 そういう噂を喜んでほしいとまでは言わないけど、せめて恥ずかしがってほしかった。

 怒ってるんじゃ、僕なんてまったく眼中になかったって、大声で触れ歩って告白してるも同然だ。


 貴族のおばさまたち(おばさん、とは呼ばないだろう)は、楽しそうに笑ってた。


「まぁまぁ姫さま、抑えてくださいまし」

「そうですわ。ここで怒っても仕方ありませんことよ」

「そうなのですけど……」


 口ではそう言ってるけど姫さま、だいぶカンに触ったみたいだ。

 そして僕の心も折れそうだ。


「ところでね、ちょっと聞きたいんだけど。それ、どっから出た噂?」


 イサさんが訊いた。

 珍しく尻馬に乗ってない。


 いったいイサさんどうしたんだ。

 おばさんが僕を茶化さないだなんて、明日は槍でも降るんだろうか?

 最初のご婦人が答えた。


「主人からですわ」

「ご主人から?」


 イサさんが考え込む。


「どうかなさいましたの?」

「うん、なんかあたし、引っかかったみたい」


 相変わらず言動が意味不明だ。

 でも指摘しても言い負けるだけだから、賢明な僕は黙ってることにする。


「何かなぁ、何でかなぁ……あたし何に引っかかったかな」


 ぶつぶつ言いながら考え込んでたイサさんが、ぱっと顔を上げた。


「ご主人、だからか」


 イサさん、意味不明に拍車がかかってる。

 こんな短時間で意味不明がここまで来るんじゃ、明日辺りには会話が成り立たないくらい、意味不明なことを喋ってそうだ。


「それがどうかしまして?」


 僕と同じように意味が分からなかったご婦人が、説明を求める。

 イサさんがにっこり笑ってみんなに訊いた。


「みんな噂ってふつう、誰から聞くかしら?」


 ご婦人方が顔を見合わせる。


「侍女、ですかしらね……」

「あとは友人からですわ。女同士集まれば、やはりそういう話にはなりますもの」

「そこなのよ」


 イサさんはそう言うけど、まだ何のことか分からない。

 僕だけかと思ったけど、姫さまも不思議そうな顔をしてるから、やっぱりわかんないんだろう。


 これだからおばさんは、と思う。

 聡明な姫さまにさえ分からない説明じゃ、世界の誰にも分かるわけがない。


 なのに自分の説明が分かってもらえないと怒り出したりするんだから、ホントに手に負えない。

 ただ幸い、今回はイサさんは怒り出さなかった。


「噂ってたいてい、女同士でするものでしょ? なのに誰も知らなくて、旦那さんから聞いた。ヘンじゃない?」

「あ……!」


 言われてみればそうだ。

 井戸端会議はじめ噂話のあるところは、女性が占拠してることがほとんどだ。


 例外は酒場だろうけど、そこの噂だって店の女の人を通して、おばさんたちの間にあっという間に広まる。

 つまり、おばさんが知らない噂なんて、ほとんど存在しないってことだ。


 でも、ここにある。

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