36:企みは厨房で
領主のことで姫さまが心を痛めてたこと。
それなら領主の相談に乗ったらどうかと提案したこと。
相談に乗っても物を知らないから答えられないという姫さまに、勉強するなり人に訊けばいいと教えたこと。
そしてその話が、先日の夜会で広まったこと。
そうして今は定期的に集まって、みんなでお茶会をしながら、勉強や互いの相談をしていること……。
「たしかに領主様に関して皆が、特に姫さまが心を痛めているのは、事実ですね」
そう言う縦長おばさんの小さなため息を、僕は見逃さなかった。
こういう些細な兆候を見逃すな、でないと立ち回りを誤って、自分の身に降りかかる。それが父さんの教えだ。
「それにしても、姫さまが珍しく最近は勉強なさると思ったら、そういういきさつですか」
「あの姫さま、勉強はお嫌いだったからねぇ」
「あまりにも物を知らなくて、将来が心配でしたよ」
姫さまの小さいころを知ってるおばさん二人が、口々に言う。
「まぁいいんじゃない? 今は姫さま、ずいぶん勉強してるみたいだし」
「そうそう。なにしろね、ミセス・メルバリ。あの姫さまがこの間、お菓子に使う麦の量を訊きにきたんだよ」
「量を?」
縦長おばさんが驚いた顔をする。
「価格でなく、使う量ですか? また姫さまも面白いことを……」
「たぶんね、麦が豊作だって話がお茶会で出たから、何でどのくらい使うか知りたくなったんじゃないかしら」
イサさんの言葉に、縦長おばさんが納得した。
「麦の使い道があれば、余っても何とかなりますからね」
「そういえばその余り麦、お茶会で面白い話が出たわよ」
言ってイサさんが、例の「麦で払う」って話をする。
「なるほど、給金をですか」
「その話がホントになったら、あたしゃ出身の村に手紙書こうと思ってるよ。なんせ山の上の土地でね、麦が取れやしない。お金よりありがたいんだ」
「でしたら、北の荒れ地の村にも知らせたほうがいいでしょうね。私の下にそちら出身の者がいて、やはり麦が取れないと言っていましたから」
イサさんが、二人のおばさんを交互に見つめた。
「なんだい?」「なんです?」
怪訝そうなおばさん二人と、やけに嬉しそうなイサさん。
ぜったい何か企んでる。
何かもらったわけでもないのに女の人が嬉しそうな顔をするときは、特に気をつけろって、父さんが言ってた。
そういうときはまず間違いなく、腹の中に悪だくみがあるんだって言う。
そのイサさんが口を開く。
「ねぇ、二人ともそんなに有能なのに、どうしてふだんは会わないの?」
「そりゃイサ、仕事場が違うからだよ」
間髪いれず答えた厨房おばさんに、イサさんは首を振った。
「そういう意味じゃないの。両方ともそれだけ仕事してて、部下もいっぱいいて、情報たくさん持ってるでしょ? なら、しょっちゅう話してれば、いろんなことがお互い分かるじゃない。もったいない」
おばさん二人が顔を見合わせた。
「そんなの、考えたこともなかったね」
「立場が違うものと親しく話すなど、私も考えたことがありませんでしたね」
この縦長おばさん、おばさんなだけあって言うことがキツい。
でも負けず劣らずおばさんのイサさんは、ちっとも気にしなかった。まぁ元々おばさんって生き物には繊細さが欠けてるから、そうなるのもしかたない。
「今まではそうでも、これからは変えたら? 姫さまだってあれだけ変わって勉強してるんだから、あなたたちも変えなきゃダメよ」
次から次へと、よくもまぁこれだけ言葉が出るなと思う。
この人たち相手に姫さま持ち出したら、逆らいようがないの分かってるだろうに。
でも、止める気はない。
これで姫さまが楽になるなら、僕のいまの仕事は止めることじゃなくて、むしろ煽ることだろう。
なので職務を遂行すべく、三人のおばさんという不利の中、勇気を振り絞って口を開く。




