35:クイーン・オブ・おばさんs
「ミセス・ペーデル、ミセス・メルバリがお越しだぁよ」
くるくると巻いた黒い髪に、茶色の瞳。
服装から見て、ここの下働きの子供だろう。
何が起こったのかと、不思議そうにしているイサさんに、僕は説明した。
「たぶん、ここの女中頭が来たんです」
ミセス・ペーデルっていうのは、この厨房おばさんだ。
イサさんは礼儀知らずだから平然と「ウッラ」って名前を呼び捨てにしてるけど、ふつうは女性の料理長をそんなふうに呼ばない。「ミセス○○」が一般的だ。
だとするともう一人名前が出たミセス・メルバリが、ここの女中頭だろう。
だいたいこの二つが、「ミセス」をつけて呼ぶ役職だ。
けど、そんな人がなんで厨房に来たかは謎だった。
なにしろ厨房は料理人の管轄で、身の回りの世話や屋敷のことを預かる使用人が、立ち入る場所じゃない。
怪訝そうな顔で、厨房おばさんが入り口に向かう。
「ミセス・メルバリ、どうなさったんです?」
「姫さまから、頼みごとをされましてね」
「姫さまから? まぁそういうことでしたら、お入りくださいな。仕事中で散らかってますけど」
厨房おばさんがしかたなくって感じで、女中頭を案内した。
入ってきたのは、背が高くて髪も高く結い上げてて、「縦長」って感じの女性だ。
ついでに目つきが鋭くて、いっぱいいるおばさんの中でも特に怖いおばさん、って感じだった。
その人が、テーブルの上を一瞥する。
「何ですか、これは」
「新しいお菓子ですよ。そこのイサに教わりましてね」
「おや、では貴女が噂のイサどの?」
縦長おばさんが、イサさんに目を向けた。
怖い。
こんな人に睨まれたら、僕はぜったい動けない。
なのにイサさん、にっこり笑って挨拶する。
「初めまして。しばらく前からこのお城にやっかいになってる、イサです。姫さまには親しくしていただいて、ありがたい限りです」
ここで一息置いて、イサさんが極上――僕が見た中でもとびっきり――の笑顔を見せた。
「手入れの行きとどいた、いいお城ですね」
この一言で、縦長おばさんの表情が緩む。
こんな怖いおばさんを丸めこむなんて、イサさん、おばさんの中の魔神クラスに間違いない。
クイーン・オブ・おばさんだ。
「手伝いましょうか」
縦長おばさんがそう言いだして、厨房おばさんが目を丸くする。
「そりゃ、手が欲しいとこですけど、いいんですか?」
「お客様が手伝ってらっしゃるのに、私が座っているわけにもいきませんよ。……これをここに詰めると見ましたが」
ぱちぱちぱち、と手を叩く音がした。
見ればイサさんが、心底感心した顔をしてる。
「さすが女中頭さんだわぁ。頭いいのね」
「褒めても何も出ませんよ」
口ではそう言いながらも、縦長おばさん、まんざらでもなさそうだ。
そしてスプーンをひとつ受け取って、手際良くクリームを詰め始める。
「ところでミセス・メルバリ、姫さまから頼みごとって、何ですかね?」
緊張が解けた厨房おばさんが、いつもの口調に戻って訊いた。
縦長おばさんが、目はお菓子に向けたまま答える。
「姫さまに、砂糖の価格を訊かれましてね。さすがに正確な価格は分からないと答えたら、出向いて調べてくれないかと」
「それ、みんなが知ってるわけじゃないの?」
不思議そうなイサさんに、おばさん二人が説明した。
「砂糖ってのはね、保管はミセス・メルバリの仕事なんだよ。だから姫さまは、まずミセス・メルバリに訊いたんだろうね」
「昔ほどではないとはいえ、貴重品ですからね。ただ私は購入はしませんから、正確な価格は知りません」
「注文出すのは、あたしの仕事だからねぇ」
仕事の分担は、けっこう複雑みたいだ。
「それにしても姫さまは、なぜこんなことを知ろうと思われたやら」
「あ、ゴメン、それたぶんあたしのせい」
てへ、って感じでイサさんが、悪びれもせずに言う。
縦長おばさんが、じろりとイサさんを睨んだ。
「姫さまに何を吹き込んだのです」
「大したこと言ってないんだけど……」
イサさんが説明を始めた。




