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32:身体はひとつ

「要するに、賃金ってのは支払えばいいんでしょ? 極端な話、宝石でもいいわよね。逆に、毎日おなかいっぱい食べさせて、寝る部屋と着るもの用意する、って手もあるし」

「見合うかどうかは別として、たしかにそういう方法は、たまにありますわね」


 ひとりのご婦人がぽんと手を叩いた。


「つまりそれを、余っている麦でやる、と」

「そういうこと」


 ――僕はどこにいるんでしょうか?


 お茶会のはずだ。あのふわふわのパンを食べる予定だったはずだ。

 なのになんで、支払いの話に……。


 というか、怖い。にこにこ優雅に談笑してるだけなのに、なぜか妙に怖い。

 師匠の屋敷の居間を占拠してたおばさんたちのほうが、ずーっと可愛かった。


「うちの主人に余った麦の使い先を、それとなく言ってみますわ」

「では私は、支払いを麦でできないのか、訊いてみますね」


 うなずくご婦人がたに、姫さまが微笑む。


「みなさま、さすがですわ。私なんて、とてもそんなこと思いつきませんもの。あ、でも、そういえば……」


 姫さまが、領主様から聞いた(たぶん)困りごとを話しだす。

 パンが来た後も、そうやって延々とお茶会は続いた。



「いやぁ、魔導師殿がこの城にご滞在とは」

「本当に心強いですな」


 そんな話し声を聞きながら、僕は自分がなんでここにいるのか、まだ納得いかなかった。

 先日に引き続き、晩餐の席だ。ただ今回は公的なものじゃなくて、もっと私的にしつらえられたものだ。


 列席してるのは全て男性。

 むさ苦しいことこの上ない。


 せめてイサさんでもいてくれたほうが、まだ目にはいいと思う。

 おばさんとはいえ、あの人はいちおう女性だし。案外ドレス似合うし。


 厨房おばさんに聞いたら、こういう私的な男所帯の晩餐は、意外にあるって話だった。

 でも僕は嬉しくない。姫さまもいないし。


 あと、なんか視線が痛い。

 特に少し離れたあたり、恰好からしてここの騎士たちだろうけど、その辺からの視線がすごく刺さる。


「スタニフ殿は、どちらで魔法を学ばれたので?」


 誰だったろう?

 自己紹介嵐のときの人が訊いてきた。


「僕ですか? セルベル魔法学院です」

「ほう、あの名門の……」


 この人の言ってることは、そんなに的外れじゃない。

 セルベル魔法学院って言ったら、数ある魔法学院の中でも特に名を知られてる。

「魔法を学ぶならセルベルかスコグルンド、さもなければノルビへ行け」っていうくらいだ。


 名門かどうかは知らないけど。

 僕がそこへ行ったのは、単に住んでた首都の近くにあって、他国の学院に行くより楽だったからだ。


「ではそこで学ばれて、今はザヴィーレイ師のお弟子に? 学院に残らなかったのですな」

「ええ」


 あの学院の出身者は、進路はだいたい二つだ。

 ひとつはどこかにスカウトされて、仕官なりなんなりする。もうひとつは学院に残って、研究や指導に回る。


 僕は新しい理論を研究したかったから、学院に残りたかったけど、それは叶わなかった。

 ただ代わりに示されたのが、師匠の見習いの道だった。


 学院には枠が無いけど、見習いならある。

 そこなら研究も出来るだろう、と。


「これからはどうされるので?」

「師匠の研究を、これからも手伝うつもりですが……?」


 今までだってそうだったし、今さら変える気もないし。


「城に仕官は?」

「今はあんまり……」


 そんなことしたら、師匠の研究を盗めなくなる。手伝う以上、研究を見るのは当たり前の話だ。

 そして見ているうちに覚えるのも、仕方のない話だ。

 いろんな職人がそうやって盗みながら仕事を覚えてくのと、同じ話だ。


 でも城へ行ってしまったら、それができなくなる。

 せめて師匠が生きてるうちは、手伝うと称して知識を盗みたい。それが僕の遠大な計画のひとつだった。


 ――安定した士官の道も、すごくすごく捨てがたくはあるけど。


 でもそうすると、研究が盗めなくなる。

 あぁ身体が二つあればいいのに。

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