25:見てはいけない世界
「話と言うのは、やはり父上のことでしょうか?」
「ええ」
おばさんがうなずく。
「聞いた話では、父と会われたとか……どうでしたか?」
「ダメね、あれ」
おばさん、何てことを言うんだ。
世の中には言っていいことと悪いことがあるっていうのに、おばさんって種族は本当にそれが分からない。
こんな言い方して姫さまが心を痛めて、食事も喉を通らなくなったら、どう責任を取る気なんだ。
さすがに気落ちした顔で、姫さまが言う。
「やっぱりダメですか……どうしましょう」
「イヤなら、何としてでもどうにかするのよ」
そんなことができたら、誰も今まで苦労してない。
だいいち姫さまだって、今までいろいろやってきたはずだ。
なのにどうして、何もしてないみたいな言い方するんだろう。許せない。
でも寛大な姫さまは、ひとつも怒らなかった。
「何としてでもと言われても、私にはとても。――イサさんでしたらどうなさいます?」
そうそう、そうこなきゃ。
姫さまがおばさんに困らされる謂われなんて、カケラもない。
むしろ、困らせなきゃだ。
だからイサさんへのこの質問は、とても正しいと思う。
なのにイサさんは、ちっとも困った顔をしなかった。
「あたしだったら? どうしてもやらなきゃいけないなら、領主のお気に入りになって、いろいろ吹き込むわねー。で、領主様の人気が出るようにしてあげるわ。そうすればあとは思い通りよ」
「はあ……」
さすがの姫さまも、この答えには呆れたみたいだ。
というか、そんな娼婦みたいなやり方を姫さまの前で言うとか、領主様にやると言いだすとか、そこから間違ってる。
こんなおばさん、さっさと追い出せばいいのに。
ただイサさんが追い出されると僕も追い出されるのが、何とも微妙なところだ。
けど何事にも姫さまは真摯なんだろう。
こともあろうにイサさんに、さらに質問した。
「具体的には、それはどのように?」
「そーねぇ、やってみないと分かんないけど……まずはともかく、話を聞くかな。困ってることとか辛いことを訊き出して、可能だったら考え方をひっくり返す」
「ひっくり返す?」
姫さまが「全く分からない」って顔になった。
というか、僕もわからない。
そもそもおばさんの言うことやることは、いちいち分かりづらい。
もう少し、分かりやすくできないんだろうか?
イサさんが言葉をつづけた。
「要するに考え方ってね、物の見方とらえ方の問題が大きいのよ」
そんなもので変わるんだろか?
そう思う僕をよそに、おばさんが話を進める。
「たとえばお酒の瓶を見て『あと半分しかない』って言う人に、『でも、今まで飲んだのと同じだけ残ってますよ。けっこうありますよ』って言ったら、どうなると思う?」
「たしかにそう言われると、気持ちが明るくなりますわね」
この人、異世界でなにしてたんだろう?
どう見てもただのおばさんなのに、ときどき侮れない。
「――だとすると、私が父上の話を伺って同じようにすれば、父上の心労が少しは晴れますかしら?」
「晴れるでしょうね。でもそれだけじゃダメよ」
おばさんがきっぱりと言った。
姫さまが不思議そうな顔をする。
「気が晴れるのに、ダメなのですか?」
「ダメよ。だって、何も変わってないもの。お酒くらいなら大した話じゃないけど、大ケガした人に『死ななくてよかった』って言っても、痛いのは消えないわ。手当てするなりなんなり、ともかく何か動かなきゃ」
「たしかにそうですわね」
何だろう、何か僕はいま、見てはいけないものを見ている気がする。
話がとんでもない方向へ、向かってる気がしてならない。
姫さまがひとりごちた。
「でしたら仮に私が父上にするとして……まずお話を伺ったうえで、それに対して何か、動けなければいけないんですね」
「あ、実際に動けなくてもいいのよ。専門家に任せるって方法もあるから。ただ、指針や代案を出せないとね」
「そういうことですのね。イサさんのお話は、分かりやすくていいですわ」
姫さまいけません、そんなおばさんの言葉を鵜呑みにしたら。
そういう言葉が喉まで出かかる。
出かかったけど、必死で飲み込む。
いまここで言ったら、不興を買うのは僕のほうだ。それはイヤだ。
姫さまは、ひとつひとつ何か確かめるみたいに、ひとり黙ってうなずいてた。
そして困った様子で顔を上げる。




