24:お菓子と栄光
「厨房行きませんか? 何かその、おいしいものあるかもしれませんよ」
「あたしそんなに食べられないの、知ってるでしょ。恨みでもあるの?」
「残したら僕が食べますってば」
言いながら半分引っ張るようにして、イサさんを連れ出す。
機嫌が悪い女の人には、おいしいお茶とお菓子。
これは鉄則だ。
父さんに教わった、いちばんの秘儀だ。
廊下を抜けてくぐり戸をくぐって、離れにある厨房まで行く。
その間も後ろから、おばさんのぶつぶつ言う声が聞こえてた。
「スタンアローコンレックスが、やっぱり使えそうなのよねぇ」
「なんですか、そのスタなんとかって」
どうにも固有名詞っていうのは聞きとりづらい。
「あたしの国に、そういうものがあったの」
どうやら油で走る車とか、そういうものと同じ、異世界の「何か」らしい。
でもそうだとしたら、どうやってこっちの世界に、それを再現するんだろう?
そうやって歩いてるうちに、厨房の前に着く。
「おや、どしたんだい」
そっとドアを開けると、あのおばさんが出迎えてくれた。
「いいところに来たよ。実はね、例のパンを焼いてみたんだ」
中にパンが詰まった、まだ温かい型が差しだされる。
「すごい、上手くできてるじゃない」
「あんたがきちんと、作り方を書いてくれたからね」
それはイサさんじゃなくて僕が書いたんだ、そう言おうと思ったけど、言葉を飲み込んだ。
女の人は話を聞かない、それは火を見るより明らかだからだ。
女性の話に首を突っ込んだらいけない、ロクなことにならない。
父さんもいつもそう言ってた。
だから僕の話なんてよくて流されるだけ、最悪だとなぜか攻撃対象になる。
それはぜったいにイヤだ。
――やっぱり悲しくなってくるけど。
でも、何か言われるよりはマシ。
そう自分に言い聞かせる。
「それにしても、これならあたし、もうここには用なさそ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
ここで帰られたら、僕はもう姫さまに会えなくなる。
それは何とか止めなきゃだ。
「帰るってイサさん、姫さまから頼まれたことはどうするんです?」
「それがあるから、帰りたくても帰れないんじゃない」
「おや、そうだったのかい?」
横から厨房おばさんが口を挟んできた。
「いつ帰っちまうか不安だったけど、そういうことならアンタ、当分ここにいてくれそうだ。よかったよ」
どうやら厨房おばさんは、イサさんにいてほしかったらしい。
僕としては本音は、こんな破壊力満載のおばさんって種族を、お城にこれ以上置いておくのはどうかと思う。
けどイサさんが帰るとなると、僕もお城にはいられないわけで。
なら「いてほしい理由」が多いほうが助かる。
厨房おばさんが言った。
「こんだけのもの作るんだ。アンタさ、他にもお菓子の作り方、知ってるだろ?」
「そりゃ、いくつかはね」
「なら、教えてほしいんだけどねぇ。もっとここにいられるように、あたしからも姫さまにお願いしとくからさ」
言いながらも厨房おばさんの手は動いてて、気付けば装飾のされた銀のトレイの上に、姫さま用らしいお茶のセットが用意されてた。
「ふだんは行かないんだけどね、今日は特別に、これを持って姫さまのところに行くんだ。あんたも来るかい?」
「行く行く」
みんなで今度は階段を上へ上がってく。
「あら、今日はみなさまお揃いですのね」
姫さまはこの間とおんなじように長椅子に掛けてて、僕たちを見て微笑んだ。
「姫さま、どうそ。この間のパンです」
「ありがとう」
優雅なしぐさで、姫さまがパンを口に運ぶ。
「おいしいわ。ウッラは本当にお菓子を作るのが上手ね」
「いえ、これはここのイサから、教わったものですから」
「そういえばそうだったわね」
旅芸人の劇に出てきそうな美しいやり取り。
これこそお城、これこそ姫さまだ。
なのに僕の感慨を、おばさんがぶち壊した。
「姫さまあのね、来たついでで悪いんだけど、話があるの。いつが時間あるかしら」
「むしろ、今どうぞ。イサさんもウッラのパンを、一緒に頂きましょう」
言うと姫さまは、僕とイサさん以外を下がらせた。
――やった!
少なくとも僕は姫さまに、お城の下働き扱いはされてない。
これはすごいことだ。
やっぱり魔導師ザヴィーレイの弟子っていうのが、効いてるに違いない。
あの師匠の横暴を我慢しててよかった。
姫さまが言う。




