21:僕がヒーロー
「他にはどんなものがあるのだ?」
「そうですねぇ……燃える油で走る、馬のない馬車とか。似たような油で飛ぶ、人が乗れる鉄の鳥とか。船はこちらにもあるでしょうけど、あっちじゃやっぱりだいたい鋼鉄で、小さくても家くらいはありますね」
「すごい! そんな国があるのか! それはどこだ?」
「遠いです。人の行ける場所じゃありません」
「だが、そなたは来てるだろう」
「偶然、世界の挟間を通って、ここに来てしまったんです。しばらくしたら帰りますよ。――あ、領主様、このことは御内密に」
詐欺師だ。
やっぱりおばさんって生き物は詐欺師だ。
どうしてこう次から次へと、口から嘘スレスレのことが出てくるんだろう?
領主様のほうはなぜかここへきて、ぽかんと口を開けた。
「なぜ内密にするのだ? そんなに素晴らしいもの、皆に教えたほうがいいではないか」
うわぁ、と思う。
本当にこの領主様、信じられないほど人がいいんだ。
というかなんで、こんな人が領主やってて大丈夫なんだろう?
おばさんの表情がちょっと変わった。
にっこり笑って、まるで聖母のようになる。
いま初めてこの人を見たら、みんな本性に気付かないに違いない。
やっぱりおばさんって生き物は魔物だ。
「領主様」
おばさんが笑顔のまま問いかける。
「この世界には、泥棒を生業とする輩がいるのは、ご存知ですよね?」
「うむ、おるな。許せんやつらだ。人の物を取っていくなど、やっていいことではない」
「ええ、その通りです。でも、おりますよね。何度言っても止めないバカが」
「うむ」
「では領主様、誰がそういう曲がった心根の持ち主か、ひと目みただけでそうかそうでないか、全員区別をつけられますか?」
「それは……」
はたと領主様が考え込んだ。
そりゃそうだ。中には顔からして性悪っていう人もいるけど、にこにこしてて分からない人だって多いんだから。
「で、その見た目ではわからない輩が、いい人を装って技術を盗み出したらどうします?」
「――!」
領主様、やっと気づいたらしい。
というか、いい歳なんだし、何しろ領主なんだから、言われなくても気付いてほしい。
でもまぁ、気付いたんならいいか。
そう思ったのもつかの間。
「なら、私はどうしたらいいのだ? 善きものは広めるのが神の教えなのに、神に背くことになってしまうではないか」
前言撤回。
ダメだこれ。
お人好しの善人なのはたしかだけど、領主に向かなすぎる。
これにはさすがのおばさんさえ、一瞬唖然としたみたいだった。
「神の教えに背いたら、天国へ還れないだろう?」
「大丈夫ですよ」
僕が止める間もなく、おばさんが安請け合いする。
さっきまでの意表を突かれた感じは、もう微塵も感じさせない。
なんでこの人、こうやってすぐ切り替えられるんだろう?
というか、こんな安請け合いしちゃっていいんだろうか?
「大丈夫なのか? それともそれは、異国の教えなのか? 異国では、もっと簡単に天国へ行けるのか?」
「そういうわけじゃないですけど。でも領主様、民を守るのは、領主様の大事な仕事ですよね?」
「もちろんだ。それは私の、いちばん大切な仕事のひとつだ」
胸を張って領主様が答える。どこまで分かってるかは疑問だけど。
おばさんが頷いた。
「なら領主様、大丈夫ですよ。領主が民を放り出して逃げたら、そりゃダメですけど。でも民を守るために為したことなら、神様は認めてくださいますよ」
やっぱり完全無欠の詐欺師だ。
おばさんっていうのはこうやって人を騙して、食って生きてるに違いない。
だからあんなふうに、人食い鬼婆の伝説が残ってるんだ。
領主様は見事に丸めこまれて、納得してしまったみたいだった。
「ならばこれは、我が民のために、内密にしたほうがいいのだな?」
「ええ。うっかり広まって、他国が盗みに来たら、この国の者に被害が出ますから」
「そうだな」
一件落着……とは言わないだろうけど、まずは話がまとまったらしい。
でもこの領主様、たぶん一事が万事、こんな調子のはずだ。
だとすれば前途多難、次々こういうことが起こってるに違いない。
姫さまの心配が、分かる気がした。
これじゃとても、ゆっくり眠るなんてできないだろう。これは何とかしなくちゃだ。




