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19/59

19:眠れぬ夜に

「ようこそいらっしゃいました。領主の娘、レツィエと申します」

「僕は――」

「イサよ。異国の出で、こっちのしきたりには疎いから、何かあってもご容赦ね」


 口を開きかけた僕より先に、はっきりした通る声でおばさんが答えた。

 おかげで、僕の声がかき消される。


 やっぱりおばさんって生き物は人類の敵だ。

 こうやってさらっと先手を打って、自分にいいポジションを確保して、他人がどうなろうとそれは気にしないんだから。


 そのせいで、僕は姫さまに話しかける機会を失ってしまった。

 けどおばさんが、そんな僕の気持を思いやってくれるワケもない。


「で、早速だけど、何の御用かしら? あたしみたいのをわざわざ呼ぶんだから、何かワケありだと思うんだけど」

「はい。でもその前にまず、お座りくださいな」


 椅子が勧められて、僕らは腰をかける。

 ずーっと立ってることになったらどうしようと思ったけど、さすが姫さまだ。

 おばさんなんかと違って、とっても気が利く。


「何か飲み物は要りまして?」

「お茶があったら嬉しいわ」


 ドキドキしてる僕と違って、おばさんは遠慮なしだ。

 まぁおばさんって種族には、姫さまの素晴らしさなんて分かるわけもないから、仕方ないんだろう。


 召使いが入ってきて、お菓子とお茶を置いていく。

 匂いからすると、どうやらユラの村近辺で採れるお茶みたいだ。

 たしかにあの村は高級なお茶が採れることで有名だけど、姫さまのお気に入りだなんて、なんだか誇らしい。


「で、話は何?」


 おばさんがまた無遠慮に訊く。

 本当にカケラも尊敬してない。不敬罪で捕まってしまえと思う。

 けど寛大な姫さまは怒ったりしないで、おばさんの質問に答えた。


「実は、父のことで……」


 さすが優しい姫さまだ。

 あのすっごく先行きが不安な領主様のことを、姫さまもとっても心配してたらしい。


「父の噂は、この城に滞在していたなら、もうお聞き及びかと思います」

「聞いてるわ。でもあたし、政治は専門じゃないのよねぇ」

「ですがイサ様は遠い異国の出で、ずいぶん物知りだと侍女たちから聞きました。何かいい知恵はございませんか?」

「……わかった。ともかく聞かせて」


 おばさんの言葉に、姫さまは話し始めた。


「父は、けして悪い人ではないのですが……」


 そういう前置きで始まったエピソードは、でも今まで以上に心配になる話だった。


 命乞いをする敵のスパイを、可哀想だと釈放した。

 友好の印として貢物を要求してきた国に、言われたとおりに出そうとした。

 隣国が「ここは古来から自国領だ」と言いだした場所を、あっさり割譲しようとした。

 他にもいろいろ。


「……こんなとこにも、ルーピーがいるとは思わなかった」

「なんですかそれ」

「あたしの国にいた、似たような王様」


 どうもおばさんのとこにも、同じような話があったらしい。

 姫さまがため息をつく。


「私の耳に事前に入れば、父に直接言って、何とか止められるのですが。けれど私は基本、政治に口出ししてはいけない立場なので……」

「あれ、そうなの? 姫なんだから、堂々と言えるんじゃないの?」

「いいえ」


 なんでも姫さまが言うには、「姫」っていうのは案外、お城の中じゃ立場が弱いんだそうだ。


「いずれは輿入れする身で、出ていく人間。妻でも母でもありませんから、そんなに強くは言えないんです。あまり言えば、父の側近たちの不興を買ってしまいますし」

「あらまー。でもまぁ、たしかにそういう立場かもねぇ」


 お姫さまっていうのも、ずいぶん大変みたいだ。

 これだったら、ユラの村の若い娘のほうが、ずーっと気楽だろう。


「ともかく、何か異国流の、いい方法はないでしょうか? たしかに私はいつかこの国を出てしまいますが、このままでは心配で」

「んー、確約はできないけど、ともかく考えてみるわ。何も考えないよりは、何十倍もマシだろうし」


 姫さまの顔がぱっと明るくなった。きっと、夜も眠れないほど心配してたんだろう。


「ありがとうございます!」

「お礼言うには早いわよ。まだ何もできてないんだから。それより、そういうことなら国の事情聞かせて。なるべく細かく」

「はい、分かりました」


 姫さまがまた話しだした。

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