19:眠れぬ夜に
「ようこそいらっしゃいました。領主の娘、レツィエと申します」
「僕は――」
「イサよ。異国の出で、こっちのしきたりには疎いから、何かあってもご容赦ね」
口を開きかけた僕より先に、はっきりした通る声でおばさんが答えた。
おかげで、僕の声がかき消される。
やっぱりおばさんって生き物は人類の敵だ。
こうやってさらっと先手を打って、自分にいいポジションを確保して、他人がどうなろうとそれは気にしないんだから。
そのせいで、僕は姫さまに話しかける機会を失ってしまった。
けどおばさんが、そんな僕の気持を思いやってくれるワケもない。
「で、早速だけど、何の御用かしら? あたしみたいのをわざわざ呼ぶんだから、何かワケありだと思うんだけど」
「はい。でもその前にまず、お座りくださいな」
椅子が勧められて、僕らは腰をかける。
ずーっと立ってることになったらどうしようと思ったけど、さすが姫さまだ。
おばさんなんかと違って、とっても気が利く。
「何か飲み物は要りまして?」
「お茶があったら嬉しいわ」
ドキドキしてる僕と違って、おばさんは遠慮なしだ。
まぁおばさんって種族には、姫さまの素晴らしさなんて分かるわけもないから、仕方ないんだろう。
召使いが入ってきて、お菓子とお茶を置いていく。
匂いからすると、どうやらユラの村近辺で採れるお茶みたいだ。
たしかにあの村は高級なお茶が採れることで有名だけど、姫さまのお気に入りだなんて、なんだか誇らしい。
「で、話は何?」
おばさんがまた無遠慮に訊く。
本当にカケラも尊敬してない。不敬罪で捕まってしまえと思う。
けど寛大な姫さまは怒ったりしないで、おばさんの質問に答えた。
「実は、父のことで……」
さすが優しい姫さまだ。
あのすっごく先行きが不安な領主様のことを、姫さまもとっても心配してたらしい。
「父の噂は、この城に滞在していたなら、もうお聞き及びかと思います」
「聞いてるわ。でもあたし、政治は専門じゃないのよねぇ」
「ですがイサ様は遠い異国の出で、ずいぶん物知りだと侍女たちから聞きました。何かいい知恵はございませんか?」
「……わかった。ともかく聞かせて」
おばさんの言葉に、姫さまは話し始めた。
「父は、けして悪い人ではないのですが……」
そういう前置きで始まったエピソードは、でも今まで以上に心配になる話だった。
命乞いをする敵のスパイを、可哀想だと釈放した。
友好の印として貢物を要求してきた国に、言われたとおりに出そうとした。
隣国が「ここは古来から自国領だ」と言いだした場所を、あっさり割譲しようとした。
他にもいろいろ。
「……こんなとこにも、ルーピーがいるとは思わなかった」
「なんですかそれ」
「あたしの国にいた、似たような王様」
どうもおばさんのとこにも、同じような話があったらしい。
姫さまがため息をつく。
「私の耳に事前に入れば、父に直接言って、何とか止められるのですが。けれど私は基本、政治に口出ししてはいけない立場なので……」
「あれ、そうなの? 姫なんだから、堂々と言えるんじゃないの?」
「いいえ」
なんでも姫さまが言うには、「姫」っていうのは案外、お城の中じゃ立場が弱いんだそうだ。
「いずれは輿入れする身で、出ていく人間。妻でも母でもありませんから、そんなに強くは言えないんです。あまり言えば、父の側近たちの不興を買ってしまいますし」
「あらまー。でもまぁ、たしかにそういう立場かもねぇ」
お姫さまっていうのも、ずいぶん大変みたいだ。
これだったら、ユラの村の若い娘のほうが、ずーっと気楽だろう。
「ともかく、何か異国流の、いい方法はないでしょうか? たしかに私はいつかこの国を出てしまいますが、このままでは心配で」
「んー、確約はできないけど、ともかく考えてみるわ。何も考えないよりは、何十倍もマシだろうし」
姫さまの顔がぱっと明るくなった。きっと、夜も眠れないほど心配してたんだろう。
「ありがとうございます!」
「お礼言うには早いわよ。まだ何もできてないんだから。それより、そういうことなら国の事情聞かせて。なるべく細かく」
「はい、分かりました」
姫さまがまた話しだした。




