17:お菓子と魔法とボクのキモチ
「すみません、聞いてませんでした。このケーキおいしくて」
「しょうがないわねぇ」
おばさんが呆れた顔をする。
でも怒ってないから大丈夫だ。目的は達成してる。
なんだかちょっと、自分が情けない気がするけど。
おばさんが続けた。
「このケーキのレシピ、キミが書いてくれない? 今から言うから」
厨房おばさんがこれを聞いて、意外って顔をする。
「あんた、これだけのもの知ってるのに、読み書きはダメなのかい?」
「あたし、元は遠い異国の出なの。だからどうも読み書きはねー。自分の国の言葉なら、いくらでも書けるし計算もできるんだけど」
さらっとおばさんが、嘘じゃないけど本当でもないことを言う。
詐欺師だ。
やっぱりおばさんって種族はみんな詐欺師だ。
あること無いこと言って周りを振り回して、しかも自分だけしっかりおいしいところを取ってくんだから、詐欺師って言って差し支えないはずだ。
けど、これを言うとぜったい僕が言い負かされる。
女の人に勝負を挑むな、特に口で勝てると思うなって、いつも父さんも言ってたし。
だから何もなかったフリをする。
「書くもの、ありますか?」
言うとすぐ厨房おばさんがあの少年を呼んで、書くものを持ってこさせた。
彼の顔にはさっきと同じように、「おばさんが怖い」と描いている。
だから目が合った瞬間に頷いたら、笑顔で応えてくれた。きっと心が通じたに違いない。
「材料から言うから」
「はい」
言われるままに書き記す。
厨房おばさんが言った。
「冷めたから、あたしゃこれを姫さまに持ってくことにするよ。書き終わったら、部屋に戻っちまっても構わないから。――フーゴ、そのときはお客様方をご案内おし」
下働きの少年にそう言いつけて、厨房おばさんは出て行った。
城への滞在は、意外にも一泊じゃ終わらなかった。
パン作りが終わったから、すぐお城を追い出されるんだろうと思ってたのに、厨房おばさんが「一度自分で作るから、立ち会ってくれ」って言い出したのだ。
でもその日はもう時間が取れなくて、翌日って話になった。
ところが明けた翌日は、急なお客が来ることになったとかで、厨房おばさんは晩餐の用意でてんてこ舞い。
とてもパン作りなんてやってる暇がなくて、さらに日にちが延びた。
僕としては万々歳だ。
城にいればいるだけ、姫さまに会える確率は上がる。もしかしたら、仲良くなれるかもしれない。
別にこれは、楽観してるとかじゃない。
あの厨房おばさんが言うには、姫さまはふわふわのパンを、とても気に入ったんだそうだ。
だから長くいれば、姫さまがイサさんに「会ってみよう」って思うかもしれない。
そうすれば僕だって、魔導師ザヴィーレイの弟子ってことで……。
「またニヤけてる」
「に、にやけてなんていません!」
思わず言い返す。僕は真剣に考えてたんだから、にやけてるなんてあり得ない。
なのにおばさんは肩をすくめると、ちょっと鼻で笑った。
――なんか、悔しい。
でも言葉を飲み込む。
おばさんって種族に、僕の高尚な気持ちが分かるわけがない。
当のおばさんのほうは、けっこう忙しくしてた。
城の中が気に入ったらしくて、あちこち見て回ったり、厨房に出入りしたりしてる。
しかも必ず僕を連れて歩くから、休まるヒマが無い。
せっかく師匠から離れたっていうのに、休養だなんてとても言えない状態だ。
ただ幸い、イサさんはそんなに丈夫じゃないから、長時間は出歩かない。
ある程度歩き回ると疲れて、部屋に戻って休んでる。
その間はとうぜん僕も休めるわけで、それがせめてもの救いだった。
ちなみにこのおばさん、案外物知りだ。
何人増えたら材料がどのくらい増えるかとか、奇妙な文字を使ってたちまち計算する。
他にも泥水を綺麗な水にしてしまったり、小さな食料保存庫――僕の魔法と水を利用して中が冷たくなる――まで作ってしまった。
そのせいかお城中の人たちが今は僕らを知ってて、たいていの場所はお咎めなしで入れる。




