16:卵と塩と井戸端会議
「驚いた、卵を分けちまうのかい」
「分けて泡立てないとダメなの」
教えながらだけど、それでもけっこうな速さでケーキができてく。
前にうちの屋敷で試行錯誤してたのとは、エライ違いだ。
「なるほどね、こうなった泡を使う、と」
「そそ。で、混ぜるときにつぶしちゃダメよ。何回かに分けて少しずつ混ぜるの」
眺めてるうちに陶器のカップが用意されて、そこに生地が流し込まれた。
「あとは任せるわ。あたしこのテの釜、使ったことないから苦手なの」
「任しとき。こいつの扱いならお手の物さ」
「よーく膨らんで、串刺したときに何もついてこなきゃ、でき上がりだから」
「ほいきた」
型が板の上に並べられて、釜の中に入れられる。
「あとは様子見ながら待つだけ」
「じゃぁお茶にでもするかね」
厨房おばさんが手際よくお茶を淹れて、薄く切ったパンを出してくれた。
そのまま雑談になる。
「姫さまもね、いい方なんだがね。新しいお菓子を次々ご所望なさるのがねぇ。そんなにほいほい、考え付くもんじゃないだろ?」
「そうよねぇ。毎日新しいものって言われたら、あたしもお手上げだわー」
どうしてこうおばさんっていうのは、すぐこういう話を始めるんだろう?
何より姫さまの悪口っていうところが許せない。
姫さまが新しいお菓子をご所望になるくらい、当たり前のことじゃないか。
おばさんたちの、井戸端会議っていう名の悪口は、まだ止まらなかった。
「領主様も、困ったもんでねぇ。みんな仲良く平和に、っていうのはいいんだけど、隣の国の使者の言うこと、ほいほい聞こうとしたりしてねぇ……」
「ちょっと、何よそれ。隣の国なんて、こっちの都合は考えないでしょ?」
「そうなんだよ。っと、そろそろかね」
厨房おばさんが立ち上がって、中をのぞいて頷いた。
「よく膨らんで、焼き色もついてる。出してみるよ」
釜が開けられて、大きなピール――釜用の柄が長くてすごく大きなヘラ――で、パンが板ごと取り出される。
「どうだい、こんな感じで」
「串に何もついてこないから大丈夫。あ、急いでひっくり返して。じゃないとしぼんじゃう」
型がぜんぶひっくり返されて、冷めるまでまたお茶の時間になった。
「ここの会計役がさ、ともかくケチでね。やれ塩はもっと減らせとか言うんだよ」
「減らすって、塩じゃ限度あるでしょ……」
「そうさ。だから会計役の食事だけ、塩の入ってないのを出してやったよ」
ここの会計役、ホントにだいじょうぶだろうか?
僕みたいな若造だって、料理に塩がないと大変なことになるのはのは知ってるのに。
「他にもね、ナプキンの数が多すぎるとか言い出すんだ。あとエプロンの支給を減らすとか」
「それ、いっそ汚いナプキン使って、お腹でも壊せばいいのよ」
「ホントそう思うよ」
おばさんたちの悪口は、止まるとこを知らない。
けど会計役のことなら、好きなだけ言っていいと思った。というか、このまま大臣させとくほうがマズい気がする。
「領主はそのこと、知ってるの?」
「知ってるけど、『いいことだ』ってるよ。国のことをよく考えてくれるいい会計役だ、ってね」
「うわぁ……」
おばさんが呆れたけど、聞いてた僕も唖然だ。
倹約が悪いとは言わないけど、この会計役のやってることは何かヘンだ。
――この国、ホントにだいじょぶなのかな?
的外れな倹約家の会計役と、人がいいだけみたいな領主。
なんというか、おとぎ話の騙され役みたいな組み合わせだ。
「キミ、食べないの?」
「はい?」
呼ばれて視線を向けたら、いつの間にかおばさんたちが味見をしてた。
「ほら、食べるの食べないの?」
「食べます食べます」
慌ててそう言うと、食べかけの型がひとつ回ってくる。
――おいしい。
この間のおばさんが作ったのもおいしかったけど、今回のはもっとふわふわだ。
砂糖のせいかもしれない。
おばさんって生き物はとかく被害ばかり出すけど、この食べ物を生み出す能力だけは、賞賛に値すると思う。
「――してほしいんだけど。ちょっと、聞いてる?」
「え?」
食べるのに夢中で聞いてなかった。
なので素直に謝ることにする。
女の人が怒り出す前に、まず頭を下げろ。
そして褒めろ。
それが父さんの教えだ。
そうすれば最悪の事態は避けられる、いつも父さんはそう言ってて、実際見ててもトラブルを見事に避けてた。
問題は、やってるとやっぱり何か悲しくなってくること。
けど、事態をこじらすよりはマシだ。だから謝る。




