第141話 気づいた?
「どこだ!」
「こっち」
声は全方位から聞こえている。一体どこに?
「こっち」
上を見て下を見て左を見て右を見て前を見て後ろを見る。
何度もそれを繰り返し、ようやっと一粒の光を見つけた。
太陽に思えた。向かわなければと思えた。この心の嵐から脱出するには光に向かうしかないと。
だからオレは足を動かす。ふらふらと、心に殺されないよう歯を食いしばりながら、体を揺らしながら。
まだだ、まだ光には届かない。もっと近くに、もっと、もっと、もっと。
光に向かって手を伸ばす。掬い上げるように手を伸ばし、遂に、触れた。
「!」
暗闇が消えた。真っ黒だった世界は真っ白に移り変わり、なんと目の前には真っ白な館が。洋風で三階建ての大きな館。白い鉄柵に囲われていて、庭には樹木で象られた巨大迷路がある。葉も咲いている花も白く見覚えがない植物だった。
「これが……『世界牢』」
その十四番目!
「いらっしゃい、糸掛」
「――天使……ヤーコプ」
館の門、の前にいるのは天使。
縛られる事なく、繋がれる事なく、翼を手折られる事なく、きちんと二本の足で立って、真っ白なドレスをつまんで軽く頭を下げる姿は優雅。
「歩きながら話しましょう。
その物騒なモノはそのままでも良いわ」
「え?」
気づけばオレの右手に『ギフト・バレット』が。それも天使に狙いをつけていた。天使の胸の中心を射抜くかのように。
「ここでは誰もが心に正直になってしまうの」
……つまり、オレは天使を撃ち殺したいと思っているのか。
「さあ、こちらへ」
歩き出す天使。足音――靴音を立てずに静かに門の内へ。
「……」
警戒する必要はないんだろうな。そう思ったオレは銃を構えたまま、降ろせぬままに天使の後に続いて歩く事にした。
迷路に入った。この迷路を抜けないと館には辿り着けそうにない。侵入防止用か天使の娯楽用か。
一歩、二歩。天使の横に並ぼうかとも思ったが、射撃に必要な距離から近づけずに。
天使が苦笑している。微笑みに似ているが苦笑だ。
「どうしてこの銃をオレに?」
「ごめんなさいと、ありがとうの為。詫びと自分の為。両方よ」
「……天使。ヤーコプ。貴方は、貴方の体は完成しているのか?」
人から様々なモノを奪っていたんだ。現状はどうなっている?
「体。いいえ、まだよ」
天使が左腕を横に伸ばす。先にある人差し指もまっすぐ横に。
目を向けてみると、いつの間にかベッドがそこに。
天蓋つきの真っ白なベッドには女性が一人眠っていて。天使とそっくりだ。
「見かけはね。けれど、うらはどうしても入れない。
まだまだうらとの波があっていないの」
「……これからも奪い続けるのか?」
「うらは、人間の体が欲しいの」
「……石見と一緒にいたいから?」
天使は石見に恋している。同じ人の体を求めている。
「いいえ」
しかし天使は首を横に振る。
「うらはね、呪われているの」
「呪い?」
「歳を取る事もなく、老いる事もなく、若返る事もなく。
天使の姿になった時から一切の成長がないの」
……ルンも言っていたな、【メルヒェン・ヴェルト】を最期まで見届けろと“変えられた”、と。
「ただグリムの女王として、存在する事だけが求められているの。
けれどね、記憶の貯蔵には限界があるの。
だからゆっくりと消えていく。ゆっくりと“今のうら”が消えていく」
……ああ、消えたくないとはそう言う意味か……。
自分の人生を忘れ続ける、想像しか出来ないが、怖そう――ん?
「……ちょっと待て」
「気づいた?」
ああ、天使は前にオレに言った。
自分とオレが同じになったと。それならば。
「オレも……変われない?」




