ティアラ
[ 現実世界 ]
レンとヒナが暮らすアパート。
ヒナはテーブルに突っ伏していた。
顔色が悪い。
その時、玄関のドアが開く。
「ただいま」
買い物袋を抱えたレンが帰ってきた。
ヒナは顔を上げる。
「あ、おかえり」
レンは荷物を置きながら近づく。
「あれ? まだ調子悪いの?」
「ううん」
ヒナは首を振った。
「もう大丈夫」
「買い物ありがとう」
レンは少し安心したように笑う。
「夕飯は僕が作るからさ」
「まだ休んでなよ」
「ありがと」
ヒナはそう答えたが、またぼんやりと椅子へ座り込んだ。
キッチンから包丁の音が聞こえる。
しばらくしてレンが口を開いた。
「あのさ」
「なに?」
「やっぱりタクミ先輩と話した方がいいんじゃないかな」
レンは振り返らない。
野菜を切りながら話していた。
ヒナは少し考える。
「どうだろう」
「今はまだ話したくないかな」
「そっか…」
レンはそれ以上何も言わなかった。
◇
キュッ。
ヒナは壁に掛かったカレンダーへ印を付ける。
大きなバツ印。
十個目だった。
「今日で十日目か」
ため息をつく。
「いつになったら出られるのかしら」
「相変わらずだね」
ロロが呆れた顔をする。
「そろそろ諦めたら?」
「冗談じゃないわよ」
ヒナは即答した。
「こんな退屈なところに一生いるなんて嫌」
ララが笑う。
「アルスに頼んでクエストでも追加してもらえば?」
ヒナは首を横に振った。
「モンスターは嫌よ」
「なんで?」
「なんかね」
ヒナは少し考える。
「モンスターが敵って感じしないのよ」
ロロとララが顔を見合わせた。
「どっちかっていうと」
ヒナは続ける。
「同じ生き物みたいな感じ」
ララが首を傾げる。
「でもゲームやってた時は普通に倒してたでしょ?」
「それはそうだけど」
ヒナも困った顔になる。
ロロが腕を組んだ。
「それってさ」
「君もプログラムだからじゃないかな」
ヒナが眉をひそめる。
「どういうこと?」
「君もモンスターも同じような仕組みで作られてるって意味」
「あー、なるほどね」
ララが頷く。
ヒナは納得できないまま黙り込んだ。
◇
その時だった。
「おっす、久しぶり」
聞き慣れた声がした。
ヒナが振り向く。
アルスだった。
「おっすじゃないわよ」
ヒナは立ち上がる。
「タクミには会えた?」
アルスは首を振った。
ヒナは露骨にがっかりする。
「かわりにプレゼント持ってきた」
「いらない」
即答だった。
「ゲームの中の物なんてもらっても嬉しくないわよ」
アルスは苦笑する。
「そう言うなって」
そしてロロを見る。
「僕とヒナをモモンジュの大木まで転送して」
「承知しました」
ロロのクリスタルが光る。
次の瞬間。
景色が変わった。
◇
そこは幻想的な場所だった。
暗闇に桜吹雪のような花びらが舞っている。
そして目の前には巨大な樹木。
柔らかな光。
ヒナは思わず息を呑んだ。
「ここって……」
アルスが笑う。
「知ってるはずだよ?」
ヒナはゆっくり頷く。
「こっち」
アルスが手招きする。
二人は大木の根元へ向かった。
そこには一つの宝箱が置かれていた。
「開けてみて」
ヒナは恐る恐る蓋を開く。
中から光が溢れた。
「えっ」
ヒナは目を見開く。
そこには眩い光を放つ銀色のティアラが入っていた。
「モモンジュのティアラ!?」
アルスは得意げに笑う。
「出現率0.1パーセント」
「超レアアイテム」
ヒナはティアラを両手で持ち上げる。
そして小さく笑った。
「ゲームでこれ取るのに一か月かかったんだよね」
アルスも笑う。
ヒナはティアラを見つめる。
「実物見てみたいと思ってたんだ」
アルスはティアラを受け取った。
そして。
そっとヒナの頭へ乗せる。
ヒナは少し照れくさそうに笑った。
その表情はどこか嬉しそうだった。
しばらく穏やかな時間が流れる。
しかし。
「あ」
アルスが口を大きく開ける。
「やばい」
「仕事の時間だ」
「じゃあ!」
ヒナが顔を上げる。
「え?」
次の瞬間。
ヒュッ。
姿が消えた。
数秒の沈黙。
ヒナは周囲を見回した。
「ねぇ」
返事はない。
「ねぇ!?」
そして叫ぶ。
「これどうやって帰るのよ!」
どこからともなくロロとララの声が聞こえた。
『そこ出たところに毒の沼地あるからさ』
『死んだらお城に戻れるよー』
ヒナは固まった。
「は?」
桃色の風だけが吹いていた。




