勇者のもの
タクミは、シミュレーターをセッティングしながら説明書を読んでいた。
自社の人気ゲーム『フロンティアクエスト』をパワーアップさせるために開発された機械だ。
このゲームは、プレイヤーがキャラクターを作成しゲーム世界へ入り込む。
そして、その世界で暮らしている住民(NPC)たちや他のユーザーと冒険することができる、いわゆるオンラインゲームだ。
事前説明は受けていたが、改めて見ると異常な性能だった。
従来機の数倍のパワー。
特に目を引いたのは新型AIチップだった。
このゲームのためだけに開発された専用チップ。
従来のNPCとは違う。
決められたセリフを繰り返すだけではない。
プレイヤーとの会話を記憶する。
経験から学習する。
そして自分で考えて行動する。
まるで本当に意思を持っているかのように。
仕様書にはこう書かれていた。
『キャラクターごとに異なる人格を形成することが可能です』
タクミは説明書を閉じた。
「面白いじゃないか」
◇
一ヶ月後。
タクミのアパート。
薄暗い部屋。
タクミはビールを飲み干すとパソコンの電源を入れた。
画面には『フロンティアクエスト』のタイトル。
ログイン。
キャラクター選択。
勇者:アルス
タクミは決定ボタンをクリックする。
勇ましい音楽と共にゲームが始まる。
◇
その頃。
城下町の中をさまよっている女性がいた。
鎧を着た騎士。
荷車を引く商人。
噴水の前で遊ぶ子供たち。
どこから見てもゲームの世界だった。
「すみません。ここどこですか?」
私は商人へ声をかけた。
しかし。
「よかったら武器をみていってくれ」
返事になっていない。
別の人にも話しかける。
結果は同じだった。
誰もまともに会話してくれない。
まるで決められたセリフだけを話しているようだった。
「なんなのよ……」
私は道の端にしゃがみ込んだ。
涙が出そうになる。
怖かった。
何が起きているのか分からない。
どうしてこんな場所にいるのかも分からない。
手が震える。
その時だった。
遠くから歓声が聞こえた。
「勇者様だ!」
「きゃー!」
「勇者アルス様!」
人だかりができていた。
私は声がする方に顔を上げる。
白銀の鎧をまといマントをひるがえす金髪の青年。
その左右にはローブ姿の美しい少年と少女がいた。
三人はまるでゲームのパッケージから飛び出してきたようだった。
果物屋の陰に隠れる。
だが。
勇者一行は真っ直ぐこちらへ歩いてきた。
そして目の前で立ち止まる。
「やっと見つけた」
優しい笑顔だった。
私は呆然と見上げる。
勇者はそっと手を差し出した。
「私は勇者アルス」
そして柔らかく尋ねる。
「君の名前は?」
私は恐る恐るその手を握った。
「あの……私はヒナ」
声が震える。
「何も分からないの」
アルスはゆっくり頷いた。
「大丈夫」
その一言だけだった。
アルスは微笑む。
「とりあえず話をしよう」
そう言って私を立ち上がらせる。
だが。
次の瞬間だった。
アルスは私をひょいと抱き上げた。
「きゃっ!?」
そして悠々と城の中へ進んで行った。
私は訳も分からないまま勇者様にしがみついた。




