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勇者のもの

タクミは、シミュレーターをセッティングしながら説明書を読んでいた。


自社の人気ゲーム『フロンティアクエスト』をパワーアップさせるために開発された機械だ。


このゲームは、プレイヤーがキャラクターを作成しゲーム世界へ入り込む。


そして、その世界で暮らしている住民(NPC)たちや他のユーザーと冒険することができる、いわゆるオンラインゲームだ。


事前説明は受けていたが、改めて見ると異常な性能だった。


従来機の数倍のパワー。


特に目を引いたのは新型AIチップだった。


このゲームのためだけに開発された専用チップ。


従来のNPCとは違う。


決められたセリフを繰り返すだけではない。


プレイヤーとの会話を記憶する。


経験から学習する。


そして自分で考えて行動する。


まるで本当に意思を持っているかのように。


仕様書にはこう書かれていた。


『キャラクターごとに異なる人格を形成することが可能です』


タクミは説明書を閉じた。


「面白いじゃないか」



一ヶ月後。


タクミのアパート。


薄暗い部屋。


タクミはビールを飲み干すとパソコンの電源を入れた。


画面には『フロンティアクエスト』のタイトル。


ログイン。


キャラクター選択。


勇者:アルス


タクミは決定ボタンをクリックする。


勇ましい音楽と共にゲームが始まる。



その頃。


城下町の中をさまよっている女性がいた。


鎧を着た騎士。


荷車を引く商人。


噴水の前で遊ぶ子供たち。


どこから見てもゲームの世界だった。


「すみません。ここどこですか?」


私は商人へ声をかけた。


しかし。


「よかったら武器をみていってくれ」


返事になっていない。


別の人にも話しかける。


結果は同じだった。


誰もまともに会話してくれない。


まるで決められたセリフだけを話しているようだった。


「なんなのよ……」


私は道の端にしゃがみ込んだ。


涙が出そうになる。


怖かった。


何が起きているのか分からない。


どうしてこんな場所にいるのかも分からない。


手が震える。


その時だった。


遠くから歓声が聞こえた。


「勇者様だ!」


「きゃー!」


「勇者アルス様!」


人だかりができていた。


私は声がする方に顔を上げる。


白銀の鎧をまといマントをひるがえす金髪の青年。


その左右にはローブ姿の美しい少年と少女がいた。


三人はまるでゲームのパッケージから飛び出してきたようだった。


果物屋の陰に隠れる。


だが。


勇者一行は真っ直ぐこちらへ歩いてきた。


そして目の前で立ち止まる。


「やっと見つけた」


優しい笑顔だった。


私は呆然と見上げる。


勇者はそっと手を差し出した。


「私は勇者アルス」


そして柔らかく尋ねる。


「君の名前は?」


私は恐る恐るその手を握った。


「あの……私はヒナ」


声が震える。


「何も分からないの」


アルスはゆっくり頷いた。


「大丈夫」


その一言だけだった。


アルスは微笑む。


「とりあえず話をしよう」


そう言って私を立ち上がらせる。


だが。


次の瞬間だった。


アルスは私をひょいと抱き上げた。


「きゃっ!?」


そして悠々と城の中へ進んで行った。


私は訳も分からないまま勇者様にしがみついた。


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