本物の彼女
翌日。
休日だったタクミは昼近くまで寝ていた。
目を開けると枕元にUSBメモリがある。
中身を確認したい。
だが新エンジンがなければ見ることはできない。
「あとは神頼みか」
そう呟いて洗面所へ向かう。
歯を磨いているとインターフォンが鳴った。
口をゆすぎ玄関へ向かう。
「はーい」
ドアを開ける。
そこにはヒナが立っていた。
「ヒナ……?」
タクミは固まった。
◇
タクミは何も言わずヒナを部屋へ入れた。
ヒナも何も言わない。
ただ部屋を見回し、少しだけ笑った。
「ひどい部屋」
コンビニ弁当の容器。
空き缶。
洗濯物。
タクミは頭をかく。
「だって、いなくなっちゃったんだもん」
ヒナがくすっと笑った。
テーブルを挟んで向かい合う。
沈黙。
先に口を開いたのはヒナだった。
「手紙読んだよ」
タクミは静かに頷く。
「ごめんな」
「何も分かってなくて」
ヒナは首を振った。
そして涙を流す。
「私こそごめんなさい」
「黙って出て行っちゃって」
タクミは少し笑った。
「もしあの時話しててもさ」
「俺、きっと怒鳴ってただけだと思う」
ヒナは黙って聞いている。
「だから、これで良かったんだよ」
ヒナは涙を拭いた。
「手紙に書いてくれたよね」
「私がいたから頑張れたって」
タクミは頷く。
「うん」
「だからもう自分を責めないで欲しいって」
「うん」
「私の気持ち、ちゃんと分かってくれてたんだね」
ヒナは立ち上がった。
そしてタクミの肩へ額を押し付ける。
タクミは少し驚いたが、そっと抱きしめた。
ヒナの肩が震えている。
「戻ってきちゃ……ダメかな……」
タクミは目を閉じた。
ゆっくりヒナを離す。
数秒の沈黙。
「ダメだよ」
ヒナが顔を上げる。
「君はレンのところへ行け」
涙が零れる。
「もう…私のこと好きじゃないの?」
タクミは首を振った。
「大好きだよ」
「じゃあ…」
「でも」
タクミは笑った。
少し寂しそうに。
「人を二回も裏切っちゃダメだよ…」
ヒナは唇を噛む。
そして黙って頷いた。
◇
月曜日。
タクミは会社へ向かった。
不思議なくらい気分は軽かった。
レンと目を合わせる気にはなれなかったが。
午後になる。
メンテナンスを終えた新エンジンが戻ってきた。
タクミは会議室で急いでセッティングを始める。
その時。
ドアが開いた。
レンだった。
何かを言おうとするレンを見て、タクミは先に口を開く。
「手紙渡してくれてありがとな」
レンは固まった。
次の瞬間。
タクミの胸ぐらを強く掴む。
「どうしてですか!」
会議室に声が響く。
「どうして先輩は普通でいられるんですか!」
タクミは黙っていた。
レンの目は赤い。
「俺は殴られる覚悟もしてました」
「怒鳴られる覚悟もしてました」
「なのにどうして何もしないんですか!」
タクミは小さく息を吐く。
「最初はそのつもりだったよ」
レンが顔を上げる。
「でも」
「ヒナが出て行ったのは、自分のせいだって分かったから」
レンは言葉を失う。
「でも……」
「勘違いするなよ」
タクミは真っ直ぐレンを見る。
「今でもヒナが好きだ」
「じゃあ何で!」
レンが叫ぶ。
タクミは少し考えた。
そして笑った。
「いろいろ考えたんだけどさ」
「好きだから」
「幸せになってほしい」
「結局それだけだった」
レンは俯く。
肩が震えている。
「僕は……」
「僕はそこまで大人になれません」
レンは続ける。
「さっき部長に辞表を出しました」
「今週で会社を辞めます」
「えっ?」
「この一か月ずっと考えてました」
「俺なりの先輩へのケジメなんです」
「すみません」
長い沈黙。
やがてタクミは頷いた。
「わかった」
レンが顔を上げる。
「今までありがとう」
レンは会議室を出る。
そして深々と頭を下げた。
その時だった。
タクミのパソコンから小さな起動音が鳴った。
戻ってきた新エンジンが、静かに立ち上がっていた。




