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タイムリミット

現実の世界


その日の夜。タクミは机に向かっていた。パソコンもゲームも起動していない。目の前には一枚の便箋だけがある。


ペンを握り、ゆっくりと書き始める。


謝罪ではない。言い訳でもない。戻ってきてほしいとも書かなかった。ただ今の自分の気持ちだけを書いた。


何度も書き直し、何度も消す。気が付けば深夜になっていた。


ようやく書き終えたタクミは封筒に手紙を入れる。


「これでいいんだよな」


誰も答えない。


だがAIのヒナなら、きっとそれが一番いいと言う気がした。


タクミは少しだけ笑う。


そのとき、ふと思い出した。


「バックアップしないとな」


明後日には新エンジンが回収される。AIたちのキャラクターデータを保存しておく必要がある。


タクミは引き出しからUSBメモリを取り出し、ポケットへ入れた。



翌日。


タクミは開発室の様子を見ていた。そしてレンが一人になったタイミングを見計らって近づく。


ひと月以上まともに口を聞いていない。


レンの背後まで来たタクミ。


「おい、ミスターアーチェル!」


ガタン。


レンは椅子から転げ落ちた。


「ど、どうしてそれを……」


レンの顔から血の気が引いた。


タクミは昨晩書いた封筒を差し出す。


「これをヒナに渡してほしい」


レンは、封筒を見つめたまま動かない。


「別に戻ってきてくれとか怒ってるとか書いたわけじゃない」


タクミはレンを見る。


「なんだったら先に読んでもいい」


レンが驚いたような顔を上げた。


タクミは頭を下げる。


「頼む。必ずヒナに渡してほしい」


しばらく沈黙が続いた。


やがてレンは封筒を受け取る。


「……わかりました」


それだけだった。



会議室へ戻ったタクミは急いでバックアップを始めた。


ヒナ、ロロ、ララ。


キャラクターデータのコピーは問題なく終わる。


しかし途中で違和感を覚えた。


「あれ?」


AIの学習データだけが見当たらない。


「そんな馬鹿な……」


タクミは検索を始める。設定ファイルを開き、ログを調べ、内部データを確認する。


そして顔色が変わった。


「なんだよこれ……」


学習データは無数の領域に分散されていた。


どれがヒナで、どれがロロで、どれがララなのか全く分からない。


「複雑すぎる……」


もしコピーに失敗したら。


今のAI学習をしたヒナは消える。


ゲームへ連れてきたばかりの頃のヒナに戻ってしまう。


タクミは唇を噛んだ。


「明日までにやれっていうのか……」


そのときだった。


会議室のドアが開く。


マネージャーだった。


「タクミ、その新エンジンなんだけどさ」


嫌な予感がした。


「今日中に送ってくれ」


「はあ!?」


タクミが立ち上がる。


「明日までじゃなかったんですか?」


「メーカーの都合で前倒しになったんだよ。さっき電話があってさ」


タクミは時計を見る。


最後の定時便まで残り一時間ほど。


「一時間じゃ無理ですよ」


マネージャーは気楽に答える。


「データを消すの30分くらいだろ?余裕じゃん」


そう言い残して部屋を出て行った。


静まり返る会議室。


タクミはモニターを見る。


タクミは拳を握り締めた。


「とんでもないことになったぞ……」


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