タクミの願い
ゲーム内。
城のとある部屋。
円卓を囲むように四人が座っていた。
壁には巨大なスクリーン。
そこにはミスターアーチェルとアリスの会話ログが映し出されている。
アルスが腕を組んだ。
「というわけで、ヒナを奪ったのはミスターアーチェルことレンでした」
ロロとララが拍手する。
パチパチパチ。
アルスがじろりと睨む。
二人はそっと手を止めた。
ヒナはまだ信じられないという顔をしている。
十年来のゲーム仲間。
一度も会ったことのないフレンド。
その正体がタクミの後輩だったなんて。
ロロが頬杖をつく。
「そんでアルスはどうするんだ?」
アルスは少し考えた。
「できることなら取り返したい」
ララが首を傾げる。
「でも現実のヒナが会ってくれないんじゃしょうがないわよね」
「そうだな」
「ヒナは?」
ララが尋ねる。
「本人の気持ちわかるでしょ?」
ヒナは困ったように笑った。
「うーん」
少し考える。
「今の話を聞いたらさ」
「なんか……」
「そっとしておいてほしい気持ちになってきた」
ヒナは肩をすくめる。
アルスが顔をしかめた。
「おい」
アルスが指を差す。
「そんなの学習するなよ!」
ロロとララが吹き出した。
◇
現実世界。
タクミは出社していた。
古い会議室。
机の上には新エンジン。
タクミはそれを見つめる。
「あと三日か……」
メーカーへの返却まで残り三日。
心境は複雑だった。
レンとヒナは十年来の友人だった。
それなら。
本当にレンが奪ったのだろうか。
違う気がした。
おそらく。
どちらからともなく惹かれた。
そう考えた方が自然だった。
タクミは苦笑する。
「これじゃ俺の方が間男みたいじゃないか」
椅子にもたれる。
天井を見上げる。
もう諦めようか。
そんな考えが頭をよぎる。
ヒナは帰ってこない。
もう決めたことなのだろう。
タクミは新エンジンを見る。
そして力なく笑った。
「これからはAIのヒナと仲良く暮らすか」
自分で言っていて虚しかった。
◇
その夜。
タクミはログインした。
アルスが城の中庭へ向かう。
すると。
城の壁一面が落書きだらけになっていた。
ロロとララが楽しそうにスプレーで絵を描いている。
ヒナも混ざっていた。
「あら」
ヒナが振り向く。
「アルス、こんばんは」
「面白そうだな」
アルスもスプレーを取り出した。
「よし、俺も書くか」
そして。
壁に大きく書いた。
『ミスターアーチェル垢BANになれ!』
ロロが吹き出す。
「いいぞ!ふられ勇者!」
ララも叫ぶ。
「もっと書け!」
ヒナも思わず笑った。
アルスは満足そうだった。
しかし。
ヒナはアルスの肩をそっと叩く。
「ねぇ」
「ん?」
「もう大丈夫なの?」
アルスは引きつった笑顔を見せた。
「いや」
「全然」
ヒナは少しだけ悲しそうな顔をした。
◇
ヒナはアルスの手をとりをテーブルへ連れて行く。
そして正面に座った。
アルスが首を傾げる。
「なんだ?」
ヒナは真剣な顔だった。
「今からさ」
「私を現実のヒナだと思って怒っていいよ」
アルスが固まる。
「は?」
「ほら」
ヒナは胸を張った。
「好きなだけ罵って」
「なんでだよ」
「いいから、言いたいことたくさんあるんでしょ」
アルスはしばらく黙った。
そして。
大きく息を吸う。
ヒナを見る。
「この浮気者!」
ヒナは黙っている。
「バカでアホのくせに俺を捨てやがって!」
「何で何も言わずに出て行くんだよ!」
アルスの声が震える。
「俺がどれだけお前を大事にしてたと思ってる!」
「どれだけ好きだったと思ってる!」
ヒナは何も言わない。
ただ見つめている。
「お前もレンも大っ嫌いだ!裏切りもの!」
「この恩知らず!」
アルスは拳を握る。
「お前らなんて!」
言葉が出ない。
「お前らなんて!!」
何度も口を開く。
何度も閉じる。
そして。
アルスの頬を涙が伝う。
「お前らなんて……」
「……幸せになってほしい」
どうしようもなく好きだった人への願いだった。
ヒナの目からも涙がこぼれる。
アルスは顔を覆う。
肩が震えている。
ヒナは立ち上がる。
ゆっくりと。
そして。
アルスを抱きしめた。
子供のように泣いているアルスに声をかえるものはいなかった。




