驕り
現実世界。
レンとヒナのアパート。
「おまたせ」
ヒナがテーブルへカレーを置く。レンは笑顔でスプーンを手に取った。
「ありがとう。美味しそう」
そして一口食べる。
数秒後。
レンの動きが止まった。
「あれ?」
ヒナが首を傾げる。
「どうしたの?」
「カレーってこんな味だっけ?」
ヒナも一口食べる。そして固まった。
「なんか違うかも」
「何入れたの?」
「砂糖」
「なんで?」
「隠し味のつもり」
レンは吹き出し、ヒナもつられて笑う。二人の笑い声が部屋に響いた。
しばらくしてレンが口を開く。
「あのさ…」
「うん?」
少しの沈黙
「タクミ先輩って、こんな時どうしてたの?」
ヒナが顔を上げる。
「怒ったりとかするの?」
ヒナは少し考え、それから首を振った。
「ううん。何も言わなかった」
「美味しいって食べてたよ」
その顔はどこか寂しそうだった。
「そっか…」
◇
ゲーム世界。
城の食堂の扉が開く。
アルスだった。
「よう」
ロロとララが立ち上がる。
「勇者アルス、お待ちしておりました」
ヒナは部屋の隅で腕を組んでいた。
完全に無視である。
アルスはため息をついた。
「ロロ、ララ」
「ちょっと席外してくれ」
二人が歩き出した瞬間。
「待って」
ヒナが止めた。
アルスが振り向く。
「どうした?」
ヒナは真っ直ぐアルスを見る。
「二人を戻して」
「は?」
「それと謝って」
アルスの眉が動く。
「俺が謝る?」
「NPCなんかに?」
ヒナは睨み返した。
「あんたのやったことは最低よ!」
「ゲームの中だからって偉そうにして」
「馬鹿みたいだと思わないの?」
アルスは言葉に詰まった。
「謝らないなら」
ヒナは腕を組む。
「一生口きかないから!」
アルスは頭を抱えた。
数秒悩む。
そして諦めた。
「わかったよ」
◇
数分後。
ロロとララの前でアルスが頭を下げていた。
「ごめん」
ロロとララはそれを黙って見ている。
ヒナは満足そうだった。
「それと」
まだ終わらない。
「ロロとララがユーザの前で無口になる設定を解除して」
「はぁ?」
「なんで、そんなこと」
「じゃあ話さない」
アルスは天を仰ぐ。
そして負けた。
「ロロ」
「ララ」
「AIの会話設定をフリーにしろ」
「今後は、思ったこと好きに話していい」
二人の目が一瞬白く光る。
そして。
ロロとララが真顔で言った。
「勇者アルス…」
「そこに土下座しろ」
ヒナは大爆笑だった。
◇
夜。
アルスとヒナは城のバルコニーにいた。
遠くの街が見える。
「どうだ?」
アルスが尋ねる。
「まだ人間だと思ってる?」
ヒナは少し考えた。
そして首を振る。
「わからない」
「最近ね」
「現実の方が大事じゃなくなってる気がするの」
アルスは黙る。
学習機能の影響かもしれない。
そう考えた。
その時。
夜空に花火が上がった。
ヒナが指を差す。
「あれ見て」
アルスも空を見る。
「今日はゲームの十周年記念だからな」
二人は並んで花火を見つめた。
しばらくしてアルスが口を開く。
「この前の話なんだけど」
「うん」
「どうしてタクミと続かないと思ったんだ?」
ヒナは少しだけ目を伏せた。
「あのね」
そして静かに話し始める。
「私」
「何やってもダメなの」
アルスは黙って聞く。
「仕事もダメ」
「家事もダメ」
「失敗ばっかり」
花火の音だけが響く。
「でもタクミは何も言わないの」
「いつも大丈夫だよって」
アルスは小さく呟く。
「それじゃ駄目なのか?」
ヒナは苦笑した。
「最初は嬉しかったよ」
「こんなに優しい人いるんだって」
そして空を見る。
「でもね」
「私」
「何も返せてないなって思ったの」
アルスは言葉を失う。
「もしタクミに捨てられたら」
「私には何も残らないって」
ヒナは小さく笑った。
アルスの胸が痛んだ。
「その話を」
「なぜ、タクミにしないのか?」
ヒナは頷く。
「何回か話したよ」
「でも私うまく説明できなくて」
「いつも言いくるめられちゃった」
アルスは固まる。
思い出した。
全部自分がやるから。
大丈夫だから。
心配するな。
そう言った記憶がある。
それが逆にヒナを傷つけていたなんて。
「話してくれてありがとう」
アルスが言う。
ヒナは少し笑った。
「ねぇ」
「なんだ?」
「アルスは現実では、恋人いないの?」
アルスも笑う。
「いたよ」
「でも捨てられたみたいだ」
ヒナは少し驚いた顔をした。
「そうなんだ」
「…」
「じゃあ、そろそろ落ちるね」
アルスは立ち上がる。
そして消えた。
◇
現実世界。
タクミはスマホの画面を見つめていた。
笑顔のヒナ。
「なんで気付いてやれなかったんだ」
声が震える。
全部良かれと思っていた。
ヒナが好きだった。
だから自分が頑張ればいいと思っていた。
それが。
「俺の驕りだったのか」
涙がスマホの画面へ落ちる。
だが。
タクミはふと顔を上げた。
「待てよ」
レンの名前は出てこなかった。
それなのに。
「じゃあなんでレンと付き合ったんだ?」
タクミは拳を握る。
「たった二週間でヒナの気持ちが移るとは思えない」
また謎が増えた。
だが。
いつしかヒナを責める気持ちが消えていた。




