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第四話 夢の終わり、らしい

 魔王城は、静かだった。

 誰も喋らない。


 石畳を踏む音だけが、長い廊下に響いていた。

 緊張している。

 きっと、みんな同じだった。


 でも。

 誰も「怖い」とは言わなかった。

 戦いは、激しかった。

 剣が折れそうになった。

 魔法は何度もかき消された。


 ユウの指示が飛ぶ。

 レンが前を守る。

 シアの魔法が道を開く。

 自分は走る。

 

 ただ前へ。

 仲間を信じて。

 何度倒れそうになっても立ち上がった。


 そのたびに、誰かが手を貸してくれた。

 もう、一人じゃなかった。

 最後の一撃。

 剣を振り下ろす。

 光が溢れる。


 魔王は静かに笑った。

「……よい旅だった。」

 その体が光になって消えていく。


 静寂が訪れた。

 終わった。


 本当に。

 終わったんだ。

 誰からともなく笑った。

 その笑いはすぐ涙に変わった。

「勝ったぁ……!」


 シアが泣いている。

 ユウも目をこすっている。

 レンだけは腕を組んだままだった。

「終わったな。」


 でも。

 声が少し震えていた。

 思わず笑ってしまう。

 四人で笑った。

 泣きながら笑った。

 城を出る。

 空が青かった。

 あの日。

 草原で見た空と同じ色だった。


 風が吹く。

 街から鐘の音が聞こえてきた。

 勝利を知らせる鐘だった。

「帰ろう。」

 ユウが言う。

「みんな待ってる。」


「うん。」

 自然と頷いた。

 帰る場所がある。

 待ってくれる人がいる。

 それだけで幸せだった。

 その夜。

 街中がお祭りになった。

 広場では音楽が流れている。


 子どもたちが走り回る。

 知らない人が何度も乾杯してくる。

「勇者様!」

「ありがとう!」

「世界を救ってくれて!」

 照れくさかった。


 でも。

 少しだけ誇らしかった。

 宴が終わる頃。

 アリアに呼ばれた。

「少し歩きませんか。」

 二人で街を歩く。


 夜風が気持ちいい。

 丘まで登る。

 街の灯りが全部見えた。

「綺麗ですね。」

「うん。」


 しばらく黙って眺める。

 アリアが小さく笑う。

「最初に会った時。」

「本を全部落としてた。」

「忘れてください。」

「無理。」


 二人で笑う。

 懐かしかった。

「ねえ。」

 アリアが真剣な顔になる。

「これから、どうしたいですか。」


 考える。

 旅。

 冒険。

 平和な街。

 みんなと笑う毎日。

 全部いい。


 でも。

 一番最初に浮かんだのは。

「アリアと一緒にいたい。」

 言ってから恥ずかしくなる。

 アリアは少しだけ目を丸くした。


 それから。

 ゆっくり笑った。

「私も。」


 その二文字だけで十分だった。

 そっと手を繋ぐ。

 温かい。

 本当に温かかった。


 この手を、ずっと離したくない。

 ――ピッ。

 音がした。

 電子音みたいな音だった。


「聞こえた?」

 アリアを見る。

「何がですか?」

 首を傾げる。


 気のせいか。

 そう思おうとする。


 でも。

 また鳴った。


 ピッ。

 ピッ。


 規則正しい音。

 胸がざわつく。

 頭が少し痛い。

 景色が揺れた。


「……大丈夫?」

 アリアが手を握る。

「大丈夫。」


 そう言った。

 言ったはずだった。

 白い。

 一瞬だけ。

 世界が白くなる。


 病室。

 機械。

 窓。

 誰かが泣いている。


 違う。

 違う。


 ここは異世界だ。

 帰りたくない。

 やっと見つけた居場所なんだ。

「お願い。」


 思わず声が出る。

「消えないで。」

 アリアが驚いた顔をする。


「どうしたんですか。」

 景色がまた揺れる。


 レンが。

 ユウが。

 シアが。

 少しずつ遠くなる。


「待って!」

 走る。

 届かない。

 足が重い。

 体が動かない。


 ピッ。

 ピッ。

 ピッ。


 音だけが近付いてくる。

「嫌だ……!」

 涙が止まらなかった。


「まだ帰りたくない!」

 叫ぶ。

「みんなといたい!」


 レンが何か叫んでいる。

 シアが泣いている。

 ユウが必死に手を伸ばしている。


 アリアが。

 泣いていた。


 手を伸ばしてくる。

 必死に。

 必死に。

「行かないで。」

 その一言が。

 胸を締め付けた。


 手を伸ばす。

 あと少し。

 あと少しなのに。

 届かない。


 指先が離れる。

 温もりが消える。

 世界が白く染まる。

「夢みたいだ。」

 涙でぐちゃぐちゃになりながら呟く。


 今だけは。

 夢なんかじゃないと思いたかった。

 全部。


 本物だった。

 ピッ。

 ピッ。

 ピッ。


 ゆっくり目を開ける。

 白い天井。

 消毒液の匂い。

 機械の音。

 体が動かない。


 横を見る。

 椅子に座った誰かが、顔を上げた。

 目が合う。

「……起きた?」

 震えた声だった。


 その瞬間。

 涙が溢れた。

 理由は分からなかった。

 目の前の人は知っている。

 家族もいる。

 現実へ帰ってきた。


 それなのに。

 胸の奥では、まだ。

 丘の上で笑う四人がいた。

 アリアの温もりが残っていた。

 夢だった。


 そう言われても。

 あの一年は。

 確かに、生きていた。

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