第四話 夢の終わり、らしい
魔王城は、静かだった。
誰も喋らない。
石畳を踏む音だけが、長い廊下に響いていた。
緊張している。
きっと、みんな同じだった。
でも。
誰も「怖い」とは言わなかった。
◇
戦いは、激しかった。
剣が折れそうになった。
魔法は何度もかき消された。
ユウの指示が飛ぶ。
レンが前を守る。
シアの魔法が道を開く。
自分は走る。
ただ前へ。
仲間を信じて。
何度倒れそうになっても立ち上がった。
そのたびに、誰かが手を貸してくれた。
もう、一人じゃなかった。
最後の一撃。
剣を振り下ろす。
光が溢れる。
魔王は静かに笑った。
「……よい旅だった。」
その体が光になって消えていく。
静寂が訪れた。
終わった。
本当に。
終わったんだ。
◇
誰からともなく笑った。
その笑いはすぐ涙に変わった。
「勝ったぁ……!」
シアが泣いている。
ユウも目をこすっている。
レンだけは腕を組んだままだった。
「終わったな。」
でも。
声が少し震えていた。
思わず笑ってしまう。
四人で笑った。
泣きながら笑った。
◇
城を出る。
空が青かった。
あの日。
草原で見た空と同じ色だった。
風が吹く。
街から鐘の音が聞こえてきた。
勝利を知らせる鐘だった。
「帰ろう。」
ユウが言う。
「みんな待ってる。」
「うん。」
自然と頷いた。
帰る場所がある。
待ってくれる人がいる。
それだけで幸せだった。
◇
その夜。
街中がお祭りになった。
広場では音楽が流れている。
子どもたちが走り回る。
知らない人が何度も乾杯してくる。
「勇者様!」
「ありがとう!」
「世界を救ってくれて!」
照れくさかった。
でも。
少しだけ誇らしかった。
◇
宴が終わる頃。
アリアに呼ばれた。
「少し歩きませんか。」
二人で街を歩く。
夜風が気持ちいい。
丘まで登る。
街の灯りが全部見えた。
「綺麗ですね。」
「うん。」
しばらく黙って眺める。
アリアが小さく笑う。
「最初に会った時。」
「本を全部落としてた。」
「忘れてください。」
「無理。」
二人で笑う。
懐かしかった。
「ねえ。」
アリアが真剣な顔になる。
「これから、どうしたいですか。」
考える。
旅。
冒険。
平和な街。
みんなと笑う毎日。
全部いい。
でも。
一番最初に浮かんだのは。
「アリアと一緒にいたい。」
言ってから恥ずかしくなる。
アリアは少しだけ目を丸くした。
それから。
ゆっくり笑った。
「私も。」
その二文字だけで十分だった。
そっと手を繋ぐ。
温かい。
本当に温かかった。
この手を、ずっと離したくない。
◇
――ピッ。
音がした。
電子音みたいな音だった。
「聞こえた?」
アリアを見る。
「何がですか?」
首を傾げる。
気のせいか。
そう思おうとする。
でも。
また鳴った。
ピッ。
ピッ。
規則正しい音。
胸がざわつく。
頭が少し痛い。
景色が揺れた。
「……大丈夫?」
アリアが手を握る。
「大丈夫。」
そう言った。
言ったはずだった。
◇
白い。
一瞬だけ。
世界が白くなる。
病室。
機械。
窓。
誰かが泣いている。
違う。
違う。
ここは異世界だ。
帰りたくない。
やっと見つけた居場所なんだ。
「お願い。」
思わず声が出る。
「消えないで。」
アリアが驚いた顔をする。
「どうしたんですか。」
景色がまた揺れる。
レンが。
ユウが。
シアが。
少しずつ遠くなる。
「待って!」
走る。
届かない。
足が重い。
体が動かない。
ピッ。
ピッ。
ピッ。
音だけが近付いてくる。
「嫌だ……!」
涙が止まらなかった。
「まだ帰りたくない!」
叫ぶ。
「みんなといたい!」
レンが何か叫んでいる。
シアが泣いている。
ユウが必死に手を伸ばしている。
アリアが。
泣いていた。
手を伸ばしてくる。
必死に。
必死に。
「行かないで。」
その一言が。
胸を締め付けた。
手を伸ばす。
あと少し。
あと少しなのに。
届かない。
指先が離れる。
温もりが消える。
世界が白く染まる。
「夢みたいだ。」
涙でぐちゃぐちゃになりながら呟く。
今だけは。
夢なんかじゃないと思いたかった。
全部。
本物だった。
◇
ピッ。
ピッ。
ピッ。
ゆっくり目を開ける。
白い天井。
消毒液の匂い。
機械の音。
体が動かない。
横を見る。
椅子に座った誰かが、顔を上げた。
目が合う。
「……起きた?」
震えた声だった。
その瞬間。
涙が溢れた。
理由は分からなかった。
目の前の人は知っている。
家族もいる。
現実へ帰ってきた。
それなのに。
胸の奥では、まだ。
丘の上で笑う四人がいた。
アリアの温もりが残っていた。
夢だった。
そう言われても。
あの一年は。
確かに、生きていた。




