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第三話 違和感、らしい

 異世界へ来て、一年が経った。

 最初は右も左も分からなかった街も、今では目を閉じて歩けるくらいには慣れていた。

 市場のおばちゃんには「今日はパンいらないの?」なんて聞かれるし、ギルドの受付のお姉さんには「また無茶したんでしょう」と呆れられる。


 そんな毎日だった。

 気づけば、それが当たり前になっていた。

「おーい!」

 朝からユウが手を振っている。

「遅刻。」


「まだ約束の十分前だけど。」

「でも最後。」

「それはそう。」


 レンは壁にもたれて腕を組んでいた。

 シアはパンを食べながら本を読んでいる。

「歩きながら読むと危ないよ。」

「もう三回ぶつかりました。」


「反省して。」

「してます。」

 しているようには見えなかった。

 思わず笑う。

 レンも少しだけ口元が緩んだ。

 ……笑うようになったんだな、この人。

 依頼はあっさり終わった。

 帰り道。

 丘の上で昼寝をする。

 風が気持ちいい。

「平和だなぁ。」


 ユウが空を見ながら呟く。

「魔王とか本当にいるのかな。」

「いる。」

 レンが即答する。

「夢がないな。」


「現実派。」

 シアがくすっと笑う。

「でも。」

 ユウが起き上がる。

「こんな日が続けばいいのにな。」

 誰も答えなかった。


 たぶん。

 みんな同じことを思っていたから。

 その日の夕方。

 図書館へ向かう。

 アリアは窓際で本を読んでいた。


 こちらに気づくと、小さく手を振る。

「今日も来たんですね。」

「約束したから。」


「律儀ですね。」

「そう?」

「はい。」


 本を閉じる。

「今日は休憩しませんか。」

「勉強は?」

「少し疲れました。」


 二人で外へ出る。

 夕日が街を赤く染めていた。

 噴水の縁に座る。

「昔から本ばっかり読んでたの?」

 聞いてみる。


 アリアは少し考えた。

「人と話すより、得意だったので。」

「俺と一緒だ。」

「そうなんですか?」

「話しかけるの苦手。」

「……少し意外です。」


「え?」

「最初はそうでした。」

「最初は?」

「今は。」


 少し照れたように笑う。

「話しやすいです。」

 胸の奥が少しだけ温かくなる。

 なんだろう。

 この気持ち。

 ずっと、この時間が続けばいい。

 そう思った。

 夜。

 宿へ戻る途中だった。

 ふと、足を止める。


「……どうしました?」

 アリアが振り返る。

「いや。」

 何か聞こえた気がした。


 風でもない。

 足音でもない。

 誰かに呼ばれたような。

 そんな気がした。


 辺りを見回す。

 誰もいない。

「気のせいか。」

 そう呟く。


 アリアは少し心配そうに見ていた。

 それから数日。

 魔王討伐隊の正式メンバーに選ばれた。

 王様から直々に任命される。

 街中がお祭り騒ぎだった。


「すごいじゃん!」

「勇者様!」

「絶対勝ってこいよ!」

 たくさんの人が笑っていた。

 嬉しかった。


 こんなふうに応援されたことなんて、一度もなかった。

 胸を張って言える。

 ここは、自分の居場所だ。

 出発前日。

 四人と一人で食卓を囲む。

 いつも通り。


 くだらない話ばかりだった。

 ユウが肉を取りすぎてシアに怒られる。

 レンは黙って焼き続ける。

 アリアは笑っている。

 何気ない夜だった。


 でも。

 だからこそ。

 忘れたくないと思った。

 宿へ戻る。

 ベッドに横になる。

 目を閉じる。


 眠りに落ちる、その直前。

 ――ピッ。

 音がした。


 目を開ける。

 部屋は真っ暗だった。

「……誰?」

 返事はない。


 耳を澄ます。

 静かだった。

 夢だったのかな。

 そう思って、もう一度目を閉じる。

 白い天井だった。

 知らない部屋。

 体が動かない。

 何かが、規則正しく鳴っている。


 ピッ。

 ピッ。

 ピッ。


 誰かが泣いていた。

「……ごめんね。」

 知らない女の人の声。


 でも。

 胸が苦しかった。

 何かを思い出しそうになる。

 その瞬間。


「起きて!」

 アリアの声だった。

 目を開ける。

 宿の部屋。

 朝日が差し込んでいる。


「うなされてましたよ。」

「夢……か。」

 額に汗が滲んでいた。

「怖い夢?」

「……うん。」

 少しだけ。


 いや。

 すごく怖かった。

 何が怖かったのかは、自分でも分からなかった。


 でも。

 胸の奥に、小さな棘が刺さったような感覚だけは残っていた。

 アリアが心配そうにこちらを見る。

「大丈夫です。」

 笑ってみせる。


 アリアも笑い返してくれた。

 その笑顔を見ていると、不思議と安心した。

 この世界は、本物だ。

 そう思いたかった。

 窓の外では、朝の街がゆっくり動き始めていた。

 今日も一日が始まる。

 いつもと同じように。


 そう。

 思っていた。

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