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ハイポリアの勇者 ~超空想綺譚~  作者: 南乃太陽
再始動

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モシモノミライ

あなたにもある、人生の心残り。

それがもし解消された世界があれば?

そんな世界に誘われた五人の戦士は、いったいどのような夢を見るのだろうか?

 こんな夢を見た。


 夢の中で、彼は巨人になっていた。

 こことは違う世界で、巨人となった彼は植物のツタが絡まった巨大な怪物と戦っていた。


『ゼヤッ!』


 気合と共に強烈なパンチを放ち、体中に流れる風と大地の力を開放しながら戦う。


『ヌゥン……ダァァァアアッ‼』


 強烈な投げ技で相手を空高く放ると、胸の前に結晶体を生成し、それを掌底突きする事で巨獣へ放ち、それが命中した途端巨獣は大爆発を起こした。


『ゼッ……』


 巨獣が起こした大爆発から、白い光が降り注ぐ。

 覚えているのは、そこまで。




「おーい……おーい!」


 自分の肩を揺さぶる者が居る。


「ほーら、起きて」


 薄目を開けると遮光カーテン越しに入る太陽が瞼をこじあけようとし、鼻腔を好物の香りがくすぐる。


「起きて、ほら……」


 ぼやけた視界でも、愛しの彼女の顔だけはすぐわかった。


璃人(リヒト)

「うん……」


 何故だろう、自分の名前なのにひどく違和感が付き纏う。


「ほら、おはよう璃人」

「ああ、起きてるよ……」


 しかしそんな違和感など、彼女の前では霧散してしまう。

 

乙葉(オトハ)

 

 彼女の名は篠崎乙葉(シノザキ・オトハ)龍神璃人(タツガミ・リヒト)の婚約者である。

 小学校の教師をやっており、少し変わった性格だが、濡羽色の黒髪と生き生きした笑顔が特徴的な美人だ。

 

「はいよく起きれました」

「おいおい、僕は小学生じゃないぜ」

「良いからこっち来て、せっかく璃人の好物作ってあげたんだから」

「ベーコンは?」

「カリカリ」

「そう……来なくちゃ!」


 起き上がった璃人は乙葉に抱き着き、二人はそのまま寝室を出て行った。



 璃人が部屋を出た後、彼のスマホにメッセージが届いた。

 差出人の欄には「S」とだけ。


『リヒト、目を覚ませ』

『このままだと危険極まりない』

『その彼女は偽りだ、早く目を覚ますんだ』

『本物の彼女なら私も知っている、あれはあの……』


 しかしすぐにスマホの画面が乱れ、そのメッセージはかき消えてしまった。



 ベーコンエッグマフィンにかぶりつき、璃人は舌鼓をうつ。


「どう?」

「美味い、美味すぎる」


 カリカリに焼いたベーコンと、半熟気味に焼いた目玉焼きと瑞々しいレタスが口の中に美味を広げる。

「僕はこれを求めてた」

「ちょっと……泣くほど美味しかったの?」

「え? あれ?」


 頬に触れると、確かに自分の頬を涙が伝っていた。

 何故だろうか、同棲して毎日顔を合わせている筈なのに、ひどく懐かしい感じがする。

 まるで目の前の光景が奇跡に思える。


「そんなに私の料理の腕上がった?」

「いや……なんだか……乙葉と会うの久しぶりな気がして……そう思うと……」


 これ以上上手く言葉が紡げずにいると、乙葉が背後から璃人を抱きしめた。


「この前の道徳の授業でさ、今が当たり前じゃなくて、何気なく過ごしている日常が凄く貴いっていう内容をやったんだ」

「……そうだね、ある日突然、そういうのって簡単に崩れるんだよな」


 そう自分で言いながら、何か強烈なデジャヴめいたものを感じる。

 まるで以前、自分がそんな感覚を味わったかのような気がしてならない。


「崩れた……常識は戻らない……だからこそかけがえのない世界を守って……守って……守って……守って……」


 右手首を見ると、見覚えはないが、なぜかとても思い入れがあるような美しいバングル型の装飾が腕に装着されていた。


「ん⁉」

「璃人?」

「え?」


 再び腕へ視線を落とすと、腕には何もついていなかった。


「仕事で疲れてるのかな? 宇宙飛行士って宇宙に行かなくても大変なんだっけ?」

「え? ああ! いや、そんな……事はないよ」


 さっきから付き纏う強烈な違和感を無理矢理飲み込み、笑顔を作って乙葉に向ける。


「せっかく二人一緒に居れる日なんだ。疲れも吹っ飛ぶよ」

「そっか、それじゃあ今日も……付き合ってくれる?」

「CD集め? いーよ」

「やった! 璃人大好き!」


 違和感などどうでも良かった、彼女の笑顔に比べれば。




 璃人と乙葉の出会いは、中学校時代に遡る。

 璃人の父の龍神進(タツガミ・ススム)は格闘技のインストラクターをやっており、鍛錬の一環で一緒になぎなたの教室を訪問した事があるのだが、そこに居たのが乙葉だった。

 他クラスだったものの同じ中学だったという事もあってすぐに仲良くなり、同じ高校へ進んでから恋愛関係になるのにそう時間がかからなかった。


 その頃から璃人は宇宙飛行士に乙葉は小学校の教師になるという夢を抱き始め、互いに努力し同じ大学へ行き、乙葉が教員免許を取った日に同棲を開始し、今に至るのだ。


「準備できた?」

「もうちょっと待って」

「こうしているうちに一枚、また一枚と運命の出会いが誰かに攫われて……」

「もーイジワル璃人!」


 準備を整えた二人が向かう先はCDショップ、目的は乙葉の趣味であるCD集めの為である。

 乙葉にはアーティストやジャンル問わず様々なCDを集める奇癖があり、乙葉の父曰く小学生の頃からそうだったらしい。

 曰く、見たり手に取った瞬間〝ピンとくる〟ものがあるらしく、それを買って何度も聞くのが好きらしい。


「今日は掘り出し物あるかな?」

「あると良いな、僕も探そうか?」

「うん、一緒に探そ」

「お姫様の御眼鏡に適うと良いけど」


 乙葉は楽しそうに、それでいて真剣に売り場の棚を物色して〝ピンとくる〟ものを探して回り、璃人は乙葉の横顔を眺めつつCDを探していると、ふとあるジャケットに目が行った。


「星……目覚め……」


 ヴィジュアル系だろうか、璃人が見たことないグループのものだった。


「星と目覚め……」


 何故だろう、このシンプルな二つの曲のタイトルにものすごく心惹かれる理由は一体なんだ。


「星……エメラルドグリーンの……眩いばかりの……星の……輝き」


 

 瞬間、璃人の脳裡に映像が流れ込む。


「ここではもう間に合わない! 次のエリアに行くぞ!」

「了解!」


 全員名前は知らない、だがひどく懐かしい感じがする者達と共に璃人は建物の中を走っていた。

 何故か全員見た事も無い形状の銃を持っており、自分も例外ではなかった。


 その時、何かの咆哮と共に建物が崩れ、その瓦礫が自分の仲間と思われる女へ降り注ぎそうになる。


「危ない!」


 咄嗟に庇ったと同時に瓦礫が璃人へと容赦なくのしかかり、全身、特に右腕に鋭い痛みが走る。

 その直後、空の彼方からエメラルドグリーンの流星が駆け抜け、地面に降り立って……。



「おお! これ良いかも!」


 謎の記憶は、乙葉の嬉しそうな声と共にかき消えた。


「お、何か見つけた?」

「うん、これー」


 少し遠くに居た乙葉が見せてきた予想外の掘り出し物に、璃人は思わず吹き出してしまった。


「雨に唄えばのオリジナル・サウンドトラック?」

「そう! 前に面白いからって見せてくれたでしょ?」

「ずっと探してたんだ」

「うん、それ何? 良さげなやつ?」

「え? ああ、何でもない」


 璃人は手に取ったCDを戻すと、乙葉のCD探しに同行するのであった。




「オイオイオイこりゃ何がどうなってやがんだ!」


 急激な眠気から目覚めたヴェルクは、自分の周りを取り巻く状況に目を白黒させる。


「おっ……おい! 皆! 起きろよ! なんか絡まってんぞ!」


 朝早くからモンスターを倒すべく出動し、エクスレイドとラクス・グランサンダーが協力して事態が収束したのは覚えている。

 だが昼前になった頃、急激な眠気に襲われて意識が落ち、目が覚めると自分を除く全員が眠っていた。

 しかも奇妙なのが、ベースアヴァロンの床に植物の根のようなものが広がっており、それが皆の下半身に絡みついているのだ。


「無事なのは俺だけか……クソッ! 通信が出来ねぇ! この植物のせいなのか?」


 通信は出来ないものの、構築された術式(システム)は生きているようだ。

 ヴェルクは早速記録水晶にアクセスし、ベースアヴァロンの状況を確かめる。


「なんだよこれ……」


 記録水晶の映像には、ありとあらゆる場所に根を張る植物の根やツタが映っており、中には水晶球を覆っているものもある。


「ああクソ! ケイにまで伸びてやがる! 誰が整備してると思ってんだ!」

 

 ケイに至っては全体が覆われており、締め付けが強いのか一部がへこんでいた。

 なぜこんな事になってしまったのか、必死に記憶を探るが、全く心当たりがない。


「ああ、大丈夫なのか皆は。てぇか……そもそも生きてるのか⁉ 隊長、すんません」


 アイリスの白い首筋に指をあてると、脈は確かにあった。


「良かった……生きちゃいるみたいだ」


 安心して床に座り込んだそのとき、どこかから何かが崩れる音がし、ヴェルクは咄嗟にワンドブラスターを向けた。


「おお! ピース!」


 棚から顔を出したピースは翼をはためかせてヴェルクの方へ向かい、彼の膝の上に乗った。


「お前も無事だったか」


 こくりと頷いた後、ピースは心配そうにリヒトの方を向く。


「そうだな、心配だよな。俺達で皆を助けよう」


 ピースが手を差し出し、ヴェルクはそこに自分の拳を重ねると、ツタが絡まった自分のハンマーを巨人とドワーフ譲りの筋力にモノ言わせて引き抜いて肩にかけた。


「行くぞピース、俺達は今から救助隊だ!」


 ピースはヴェルクの肩の上で腕を上げて力強く鳴き、二人は部屋を飛び出すのであった。



 

 変な夢を見ていた気がする、自分が森の外へ行く夢だ。

 外への憧れが、そんなものを見せたのだろうか。


「うん……」


 太陽の光が体を包み込み、体中に活力が湧いてくる。

 何と気持ちがいい朝だろうか。


「ヒオ」


 自室の戸を叩く者が居る。


「すぐ行くよ、ケル」


 ヒオにとって、ケルは従弟に当たる。


「儀式の日だよ、急いで」

「叔母さんが呼んでるんでしょ、すぐ行くから」


 いい気分だったのを、ほんの少し水を差された気分になる。


「ふぅ……」


 手を翳して水鏡を起動すると、今着ている服を全て脱ぎ、儀礼用の素朴さと絢爛さを兼ね備えたドレスに着替え、植物由来の素材で顔に化粧を施す。


「あれ……」


 モンスターの角骨や牙で作られた儀礼の為の冠を被った姿を水鏡に映しだした途端、何か強烈な違和感がヒオを襲った。


「私、こんなだったっけ」


 水鏡に映る着飾った自分の姿に、もう一つ自分が重なる。それは生き生きしていて、心底楽しそうな日々を送っているのだろうとすぐに分かった。


「私、これで……良いんだっけ?」


 それは毎日自分へと向けてきた問いだ、それは自分のあり方であると同時に、このホワイト・アールヴの森のあり方でもあった。


「……仕方ないか」


 結局いつもの結論へ落ち着いてしまった。仕方ない、自分は次代の「アルディバの使者」なのだから、ここを離れる訳にはいかない。


「今行くから」


 外で待ってくれていたケルと侍従達に声をかけ、ヒオは自分の部屋を出て行った。



 

 使者代行である叔母のミトーと共にハイポリアの神獣にして、西一帯に広がる森の守護獣であるアルディバへの感謝と繁栄と安寧を祈る儀式を終えた後、ヒオは森の中で一番高い木の上に登った。


「またここに居た」

「ついてきたんだ」


 ケルがヒオの後ろに腰かけ、小さく見えるアーブトピアの王宮へ視線を投げる。


「そんなに外に行きたいの?」

「うん、思うのは自由だからさ」

「森の外は怖いよ。特に今はね」

「そんな事、私が一番分かってる」


 ハイポリア史上最悪のモンスター災害である「凶獣の夜」以降、森はより一層外界との接触を断つようになった。

 先代のアルディバの使者であるヒオの両親の死がその理由でもある。


「ここに居ればアルディバ様が守ってくれる。誰も死なずに済む」

「誰もじゃないでしょ、今こうしているうちにもハイポリアじゃ命が手折られているかもしれない。それにこの前ノクス・アールヴの森でモンスターの襲撃があったって聞くし」

「ヒオは優しいんだね、同族でもないノクスの心配するって」

「同族でもないって……」


 昔からそうだ、自分達ホワイト・アールヴは他のアールヴを見下しているきらいがある。

 先祖や大人達が言うには、自分達が最も森と調和しているから、森の支配者はホワイト・アールヴであるべきで、それ以外は従属するべきという理論らしい。


 別に森に住む者はアールヴだけではない、妖精や獣人だっているが実際の所、森の最深部は殆どホワイト・アールヴしかいないためその理論が補強される材料になっている。

 ヒオの両親はこの現状を打破する為に外界との関わりを積極的に持とうとしたものの、そんな最中に「凶獣の夜」に巻き込まれ、命を落としてしまった。

 

 そんな出来事があってから、ヒオは常にこのままで良いのかという問いが付き纏うようになった。

 しかしいくら問いかけた所で、結局立場に縛られて何もできないでいる。外や他の種族の現状さえ見なければ、森の暮らしは案外心地いいものだから。




 夢を見た。

 自分は何故かアーブに居て、空飛ぶ戦車を用いて戦う部隊を率いていた。

 その兵器を見て興味深く画期的だと思った、だがしかしここでは受け入れられないだろう。

 ここはそういう国だから。


 目を覚ますとすぐに隣の時計を見るのが習慣だ。

 今日も六時きっかりに目が覚めた事を確認したアイリスは、すぐに起き上がって身支度を始める。


「ん?」


 いつも着ている筈の服に手を掛けて初めて気付いた、何か強烈な違和感がする。


「これは……私の……」


 そこまで言いかけた所で、アイリスは思わず吹き出してしまった。


「疲れてるのか、私もまだまだだな」


 こんな有様では、栄誉あるギルモアス騎竜隊大隊長補佐の名が泣くというものだ。


「行こう」


 アイリスは階下に降りて召使から小さいパンを受け取ると庭の竜舎へ向かい、自分の相棒に朝の挨拶をしに行く。


「おはよう、ブラダマンテ」


 アイリスが声を掛けると、一匹の雌の飛竜が首をもたげて喉を鳴らし、アイリスはその竜の首を撫でてやる。

 彼女はギルモアス騎竜隊の中でも大隊長直下のエリートのみが駆る事が許される、十二勇士(パラディン)の名前を与えられた血統の良い飛竜なのだ。


 ブラダマンテとアイリスは特別な絆で結ばれており、少女時代からの付き合いである。


「今日も頼むぞ、一緒に頑張ろう」


 そう言いながら、またもや違和感がアイリスを襲う。

 特に「一緒に頑張ろう」という言葉を発した途端、何とも言えない気持ちがせり上がって来た。


「私と共に……私とブラダマンテはずっと一緒だった……よな?」


 何故だろうか、家族の誰にも見せなかった涙を、ブラダマンテにだけ見せた記憶がある。


「なんで私は……泣いたんだ?」


 一つ覚えているのは、あまりの失望によって枯れ果てた筈の感情が、ブラダマンテを見た瞬間溢れ出てきたという事。

 だが何故そんな事になったのかが全く思い出せない、一体どうしてこんな感情を抱くことになったのか。


「……フフッ、熱でもあるのか?」


 ブラダマンテが心配そうに鼻先を近づけ、アイリスはその鼻に優しく触れた。


「すまない、変なところを見せたな。私はどこにも……行かないよ」


 何を手放しても構わない、ブラダマンテと共に過ごす事さえ出来れば。



 

 竜舎から戻ると、兄のドレイクが朝食を摂っていた。


「おはよう兄さん」

「ああ、おはようアイリス。今日のスープは美味いぞ」


 ドレイク・ブレア・ロックワース、彼はアイリスの兄であり、ギルモアス騎竜隊に深く関わりのあるロックワース家の当代当主にして、現騎竜隊大隊長である。


「コーンか?」

「そうさ、お前が好きなコーンスープだよ」

「朝一のスープは骨身に染み渡るよね」

「ああ、チーズ入りのオムレツも最高さ」


 ギルモアスの貴族でもあるロックワース家では、幼少期から超一流のドラゴンライダーになるべく英才教育を施され、アイリスは厳格な家庭で育った。

 その中で優しく導いてくれる兄ドレイクは唯一心を開く事の出来る相手であり、互いに尊敬を以て切磋琢磨できる存在でもある。


「兄さん、ちょっと良いか?」

「ああ、どうした?」

「……ここでする話でもないな、あとで応接室に」

「そうか……分かった。先に行っておくよ」


 

 

 朝食を終えたアイリスは歯を磨いてから応接室に向かい、今朝見た夢と、そこから付き纏う違和感の事をドレイクに話した。


「そうか……妙な記憶だな」

「ああ、アーブに行った事は幼い頃に一度だけ、それなのに私は自分がアーブに居るとハッキリわかったんだ」

「それからブラダマンテの所に行った時、変な感情が湧き出てきたと」

「まるで以前、何かを経験したかのように……」


 今話していてやっと言語化することが出来た。

 ブラダマンテに対して思った事は、以前体験した事のようだった。


「私が……ブラダマンテと……別れた?」

「おいおい何を言うんだアイリス、お前とブラダマンテが一心同体なのは私も知ってるよ。別れるなんてありえないだろ?」


 座り心地の良いソファに力なく座ったアイリスは、頭を抱えて記憶を探る。


「ブラダマンテ……どうして私は……別れる事に……」


 ありもしない記憶を必死に探っていると、頭痛と共に強烈な記憶が蘇ってきた。


『出て行け、二度と戻るな!』


 そうだ、だから自分はここを出た。

 この国に蔓延る保守的な伝統主義が、アイリス・マティルダ・ロックワースという一人の人間のこれまでの人生全て台無しにした。

 だがこれは誰に言われたのだろうか、どうしてそんな事を言われたのだろうか、それがどうしても思い出せない。


「兄さん……」

「アイリス、何があったんだ?」

「父上は……どこに?」


 顔を上げた途端ドレイクの顔が歪み、一瞬だけ別の景色が浮かぶが、瞬きをすると元の景色に戻った。


 

「アイリス、今日は休め」

「え? ああ、ん?」


 とても嫌な記憶を思い出していたように思う、だがそれは何かアイリスには思い出せないでいた。


「隊の皆には私から伝えておく。どこか外出でもして気を紛らわせてくるといい」

「兄さん、すまない」

「いいんだ、私は大隊長である以上にお前の兄だからな。ああそうだ! この際だからアーブにでも旅行に行くと良いんじゃないか?」

「流石にそれはずる休みになるだろう? 家でゆっくりして、気晴らしに散歩していくよ」

 

 兄と話しながらアイリスはなにか忘れているような気がしたが、忘れる程度ならば些細な事だろうと気にしない事にした。




 平凡な夢を見た。

 夢の中で自分が開発に携わった魔道具がモンスターを撃破した夢だった。

 こんなものいつもの光景だ、もっといいものを作らなければ。

 ただ面白かったのは、自分が最前線に居て一兵卒として戦っていたという事だ。

 前線に居た自分は、心の底から生き生きしているように思えた。


「イーライ」

「ふごっ!」


 またやってしまった、工房で寝落ちするのはもう何度目だろうか。


「またやったな」

「ああ、ごめんダニエル兄さん」

「そう何回も机に突っ伏して寝てたら腰と背中を痛めるぞ……ほら! 朝食だ」

 

 長男ダニエルがイーライを連れ出し、食卓へと向かう。


「みんな揃ってたのか」

「フフ、どうやらまた工房で寝落ちしたな」

「いつも遅くまでお疲れ様、イーライ」


 こちらを見て微笑む父のクリストファーと、労いの言葉をかける母のバイオレットを見て、イーライは何とも言えない安堵感に包まれる。


「ほら、何してるんだイーライ、飯が冷めるぞ」


 そう言ったのは次男のナサニエルだ。


「ああ、分かっ……」


 ここまで言いかけた所で、イーライの頭に痛みが走る。


「あれ……」


 最初は寝落ちの影響かと思ったが、どうやらこれは違うらしい、頭痛と共にイーライの脳の奥底から何かがせり上がって来ている。


「イーライ?」

「どうした?」


 しばらくしてせり上がってくる何かの正体が分かった。

 これは違和感だ、それも強烈な程の。


「なんだ……これ……」

「おい、イーライ。どうしたんだよ?」

「具合が悪いの?」


 家族に声をかけられる度に、言いようもない違和感が頭痛となって襲ってくる。


「どうやら具合が悪いようだ。部屋に行って休むか?」

「すまない父さん……そうさせてもらうよ」

「そうか……後で朝食を持って行ってあげなさい」


 


 自室に戻って寝転がって睡眠をとろうとするも、一向に眠ることが出来ない。


「なぜ僕は……頭痛が……」


 思い返すと、ナサニエルから声を掛けられた瞬間こんな事になった。


「ネイトが起点……なのか?」


 言いようもない違和感を探っていると、ふとある疑問が口を突いて出た。


「そもそも……ウチの家族ってこんなに仲良かったか?」


 何を言っているんだ、前からずっとそうだったはずだ。


「じゃあどうして僕は……僕は……」


 本来なら「どうして僕は家を出たんだ」と続く筈だった。だが変だ、イーライには家を出て行った記憶が無い。


「僕は……アマティスタ時代は……寮生だった……筈だ」


 だが思い返すと寮で過ごした記憶がすっぱりと抜け落ち、自宅生だった記憶が次々と出て来る。


「なんで僕は寮生だと思ったんだ? 家を出る理由なんてないじゃないか……こんなに優しい……うっ!」


 『こんなに優しい家族が居るのに』と言いかけた途端、今度は吐き気がイーライを襲う。


「なんでだよ……あの夢を見てから変だ!」


 第一あの夢の内容もおかしい、どうして戦闘向きではない魔術師である自分が最前線で戦っているのだ。


「戦いに出るぐらいなら……ずっと魔道具を作り続けた方がよっぽど有意義な時間の使い方じゃ……いや違う! こんなの僕らしくない! いや待てよ……僕らしさって何だよ」


 混乱してきたイーライは、ひとつひとつ混乱の原因を紐解いていく事にした。


「……記憶か」


 やはりこの混乱を紐解いていく上で、自分自身の記憶が鍵になってくるだろう。


「うん……うん……そうか、僕の現状と僕の記憶が食い違ってるんだ。一体これはどちらが正しいんだ?」


 疑うまでも無く現状の自分が正しいだろう、そうに決まっている。

 だがしかし今のイーライはそれに自信をもって頷くことが出来ずにいた。


「何が起点になったんだ? なんで僕は……まさか」


 ナサニエルに声を掛けられた瞬間に強烈な違和感が襲ってきたのを思い出した。


「ネイトが……どうして僕は……うぅ!」


 ナサニエルの事を考えると、イーライの頭にまるで錐を差し込まれたかのような痛みが走る。


「ネイトに……僕は……何かされたのか?」


 思い出せない、眉間に走る痛みが邪魔してどうしても思い出せない。


「何かされたわけでもないのに……どうして僕はこんな……待てよ、何で僕は魔道具作りなんて始めたんだ?」


 そもそもゴールドスタイン一族は呪文詠唱と魔法術そのものへの探求を専売とする一族であり、魔道具作りはイーライが独自で切り拓いた道なのだ。

 そんな一族に生まれながら、どうしてイーライは魔道具作りなど始めたのか。


「僕は……クソッ! 思い出せない!」


 記憶を探ろうとする度にまるで何かに阻まれるように頭痛が悪化し、イーライのまともな思考能力が奪われていく。


「僕の記憶……どうして僕は……僕らしさって……なんなんだ」



 

 不幸な夢を見た。センパイの後姿を眺めるだけの、あの日々に逆戻りしたかのような夢だった。

 相変わらずエクスレイドに入ってからのセンパイは生き生きしていて、かっこいい。まあアマティスタ時代の魔道具作りに一切妥協しないギラギラしてた時の方も素敵だったけど。

 大好きだと言えずにいた、だから卒業後も助手としてついて行くことで傍にいる事にした。

 それを乗り越えての今の幸せが、とても尊い。


「……あっ、いけない! 寝落ちちゃった!」


 急がなくては、あの人が帰ってきてしまう。

 ウェンディは手を動かして魔法を行使して片付けを済ませ、急いでキッチンへ向かって夕飯の支度を整える。


「上手く……出来ると良いけど!」


 マギ・ネットで調べて徹底的に頭に叩き込んだレシピを基に料理を仕上げ、食卓に並べているとドアが開く音がした。


「ふぅ~、ただいま」

「あっ! 帰って来た」


 ウェンディは玄関へと駆け寄り、愛しい夫の顔を拝もうとする。


「うふふ~ん、おかえり~」

「なんだよそんなにニヤニヤして」

「だってあなたの顔、大好きなんだもん!」

「おいおい顔だけか?」

「全部だって毎日毎日言ってるじゃないですか! ほらほら、ご飯冷めちゃうから早く早く」


 ウェンディは仕事着のままのイーライの背中を押して食卓に運び、イーライは食卓に並んだものを見て感心したように言った。


「これ日本風かい? よく作り方わかったな」

「マギ・ネットで調べたんです。美味しいかは……分からないけど、ぜひ食べてください!」

「きっと美味いさ、いつも頑張ってくれてるからね」


 美味しそうに自分が作った日本食を口に運ぶイーライを見て、ウェンディは幸せそうに微笑んだ。

 このままずっと時間が止まればいいのに、なんて(イーライ)に言えば怒られるだろうか。



 

 探査隊の仲間たちが眠り続ける中、ヴェルクはピースの協力を得て植物の組織片を集め、魔術分析場を目指していた。


「こいつを分析すれば糸口が捕めるかもしれねぇ。よし、ピース隊員! 偵察に行ってこい!」


 ピースはぴぃと力強く鳴いてヴェルクの真似をして敬礼を返し、分析場への道筋を飛びながら見て回り、まだ植物の影響が少ない事を伝えた。


「よし、急ぐぞ!」


 ヴェルクは戻って来たピースを抱えて走って部屋に転がり込み、周囲を確認して機器に近付いた。


「うぅ、まだ生きてやがる」


 ベースアヴァロンの各地へ伸びるこの謎の植物はやたら生命力が強く、何らかの手段で動くものを察知して、ツタや根っこで取り押さえようとしてくる。

 ヴェルクはその血筋からくる怪力でツタを無理矢理引き千切って事なきを得たが、これもいつまで続く事やら。


「ええっと……こいつを……こうして、分析開始!」


 ガラス製の囲い付きの魔法陣が光り輝き、陣の上の植物の分析が始まった。


「来い来い来い……よし!」


 ヴェルクとピースは水晶のモニターを覗き込み、表示された内容を確かめる。


「チキ? は? え……チキ?」


 このチキという植物はツタ状の植物で、主に山の中に生息している一見どこにでもある植物である。

 だがチキはツタの中に記憶へ作用する成分を持つため、精神医療の薬草として用いられたり、アングラ魔術師や反社会的勢力から引っ張りだこなのである。

 

「でも……チキがこんなになる筈がねぇ……第一どうしてチキがアヴァロンに……」

 

 その瞬間、ヴェルクは思い出した。

 今朝倒したモンスターには、植物のツタが全身に絡みついていた事を。


「俺達は……とんでもねぇ思い違いをしていたかもしれねぇ」


 本当のモンスターは植物の方だったのだ、思い返せばあのモンスターは、ズオーギランを怯ませる程の威力のグランサンダーの突きを平然と受け止め、むしろ恍惚とした表情を浮かべていたように思える。


「あの哀れなモンスターはチキによって操られていたんだ。そしてまんまとラクスに倒された」


 わざとビートプレッシャーウェイブを受けて爆散する事で、無数の種をばら撒いたのだ。


「そうか……何で飯時にこうなったのかわかったぞ!」


 あの時確か、購買に行こうとしたメンバーを横目にヒオが「先に食べるね」と言って鉢植えに手を翳していた。


「ホワイト・アールヴの力でチキの成長能力が一時的に増幅したんだ……案外こいつも作戦の内だったりしてな」


 今回の敵は恐ろしく狡猾で強力ある、いかに強力なモンスターだろうと成しえていなかった基地(ベースアヴァロン)への侵入をやってのけたのだから。


「今みんなは夢の中で幸せな記憶を見せられ、取り込まれようとしているのかもしれねぇ」


 ヴェルクの脳裡に、チキに操られてさながら歩く死体(リビング・デッド)と化した仲間達が浮かぶ。


「一刻も早く何とかしねぇと」


 ヴェルクは分析結果を基に魔術式を組むと、自分のワンドブラスターにそれを組み込む。


「少し時間がいる、奴がここまで来ねぇと良いけど」


 そんなヴェルクを嘲笑うかのように、みちみちという不気味な音が響き始め、ドアの隙間から無数のツタが現れた。


「クソッ! こんな時に!」


 徐々にドアがこじ開けられ、蛇を思わせるツタがドアの隙間から先端を覗かせ、ヴェルクを射程圏内へと捉え、凄まじい速さで迫って来た。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ‼」



 

To Be Continued.

危うしヴェルク、ベースアヴァロン絶体絶命。

皆はチキの魔の手から逃れることはできるのでしょうか?

この作品初の続き物です、来週も見てください!

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ではまた次回!

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