ハイポリアへようこそ!
ハイポリアにも夏がやって来た。
エクスレイドは束の間の休息を与えられ、アーブにあるマル族自治区で安息のひと時を過ごす。
そしてオトハは初めて見る異世界に興味津々、イーライやヒオから語られる、この世界の神獣達の秘密とは?
ついに夢境にも、あのシーズンがやってきた。
「照り付ける太陽」
太陽が照り付ける実りの季節。
「澄み渡った青い空」
人々は空と内に秘める情熱の炎を鎮めるべく、ある場所へ向かう。
「海だぁぁあああ!」
ヒオの声がジュリー・リゾートにこだまする。
ジュリー・リゾートはアーブ王国内のハイポリア大陸の南端のベイサイドリゾートで、夏にはアーブ王国民はもちろん、ハイポリア各国から観光客が訪れるリゾート地である。
ビーチは勿論、様々な飲食店や商業施設、カジノ等が並ぶアーブ王国の観光資源である。
そんなリゾート地で、探査隊及びベディヴィア小隊は休暇を過ごすこととなった。
「いや~ジュリー・リゾート! 一回来てみたかったんだよねぇ!」
ケイから降り立ったヒオは、太陽に白い素肌を晒しながら大きく伸びをする。
「意外ですね、来た事なかったんですか?」
「ないよ~ないない、なんなら遊びで海に行くのも初めてだし」
基本的に森育ちであるアールヴの殆どは、海へ行くどころか見た事もない者もいる。
「ヒオは初の海か、十分に楽しむと良い」
「はい! やっぱり任務で見るのとは違うな!」
「俺もこういうので海は久しぶりだな」
「そうか、ヴェルクは北国生まれだからな」
「そうなんスよ、ガキの頃の遊びはもっぱら雪合戦っスね」
思いがけない休暇に皆の顔がこの太陽の如く晴れやかになるなか、リヒトは若干困惑していた。
「ねえ隊長……その~、僕的には非常にありがたい事なんですがねぇ」
「どうかしたのか?」
「なんでオトハも一緒なんですか?」
どういう訳かエクスレイドのメンバーの中に、オトハがくっついている。
「え~なに? 可愛い彼女が一緒じゃ不満?」
「いや全く、むしろ嬉しいまであるけど」
「彼女は夢境に来て日が浅い、だから我々が保護する事になってな、せっかくだからついて来てもらった」
「そうなんですか! 良かったな」
「皆さん案内よろしくお願いします」
頭を下げたオトハに、イーライは少しドキリとする。
「それじゃ荷物を置きに行くか」
「おう、地図はここにあるぜ」
ヴェルクが持つ地図を頼りにリゾートを抜け、やがて民家が並ぶ開けた場所に出た。
「あっちかな?」
「いや違う、そこを行った先の民宿だから……」
「あっ! 皆さん!」
先に到着していたミラが探査隊へ手を振り、皆が無事に到着したことに一安心する。
「今日からよろしく頼むぞ」
「はい、こちら私の祖母のベク・キラスです」
ミラの後ろにいたラフな格好をした老婆がニコリと笑って頭を下げる。
「エクスレイドの皆さん、ここいらは賑やかなリゾートと違って何もない所ですが、どうぞゆっくりしていってくださいな」
アイリスを皮切りに全員が頭を下げた。
「マル族の皆さん、お世話になります」
マル族とは、アーブ王国の沿岸に住む少数民族である。
起源はかなり古く、アーブがギルモアスから独立して国として成立する以前からこの地域で生活していたという。
生活や経済の殆どを漁業と農業で賄っており、海の神獣であるメルギを民族ぐるみで信仰するなど独自の文化を持つため、現在アーブ王国はマル族が住まう地域を自治区として文化の保護に努めている。
「そろそろ昼時ですかねぇ、昼食の準備が出来ていますので、どうぞどうぞ」
昼食と聞いて皆はすっかり有頂天、民宿の従業員に荷物を預けた後でベクに案内され、マル族の共同エリアに向かった。
「おお! 探査隊の皆さんも着きましたか!」
アーブトピア生まれアーブトピア育ちの生粋のシティーボーイなのにも関わらず、すっかり日焼けしてマル族に馴染んだマティアスと、サングラスに薄手の長袖と麦わら帽子という日焼け対策バッチリのアルフレッドが出迎える。
「マティアスって現地の人だったっけ?」
「いやいやさすがに違いますって、でもここめっちゃ気に入ったっすよ、ずっとここに住みたいまである」
「そ……そう? そんなにいい所?」
故郷を褒められて嬉しいのか、ミラはあからさまに照れて頬を掻く。
「アルフレッドよぉ、その恰好熱くねぇの?」
「確かに少し熱は籠りますが、強い日光は苦手なんですよ」
「吸血鬼かよ」
「フフッ……そんなのじゃありません、体質的なものです」
そんな雑談をしていると、食事が運ばれてきた。
「はいお待たせしました、マル族のソウルフードでございますよ」
ソウルフードと聞いてワクワクしていた一行だが、出てきたものを見て固まってしまった。
「ハンバーガーと……」
「……瓶ミルク?」
てっきり海鮮をたっぷり使った料理が出るものと思っていたが、こんな庶民的なものが出てきて拍子抜けしてしまった。
「すみませんが……これがソウルフード?」
「そうですよぉ、我々は別に魚ばかり食べとるわけではございませんから」
「まあそれもそっか、パティは何を使ってるんですか?」
「クレティオの肉ですよ」
それを聞いて皆は思わず嘆息した。
クレティオはアザラシに似た水棲モンスターであり、脂肪がついたでっぷりとした体が特徴で。マル族は伝統的な方法でクレティオを半家畜化している。
「クレティオの肉か! 初めて食べますよ!」
「じゃあこのミルクも?」
「はい、クレティオのミルクです。とっても濃厚ですよぉ」
リヒトはひんやりとした瓶を手に取り、一息ついて半分ほど飲み干し、感想が紡がれるのは正確に言えば四十七秒後だった。
「ンン……美味すぎる!」
「おわっ! びっくりした!」
「口に入れた途端コクとほのかな甘みが口全体を優しく撫でてくる、喉にも広がる濃厚な味わい! 今まで飲んだ中で最高のミルクだ!」
リヒトに続いて皆もクレティオを使った料理を手に取り、その味に舌鼓を打った。
「このベーコン癖ある味だな、でもパティで中和されるから良い感じだぜ」
「これは食べた事があります、火吹きイルカの肉でしょ?」
「おお、よく知っとりますね。いいアクセントでしょう?」
「最高っス! 野菜も瑞々しいし毎日三食コレで行きてぇ!」
マティアスはすっかりマル族の文化に心奪われたようだ。
「みんな美味しそうだね」
「ああそうだ、アールヴのあなたにもしっかり用意しとりますよ。持っといで!」
ベクの指示でサラダボウルがヒオの方へ運ばれ、山盛りの海藻サラダが現れた。
「海藻! わざわざ用意してくれたんですか!」
「ええ、アールヴさんに合うかは分からんけど、是非食べてってくださいな」
全員マル族のおもてなしをしっかり受けた後、ベクが経営している民宿へと向かった。
「最近中をリフォームしたんで、快適に使えますよ」
ミラの言う通り、情緒を残しつつも使いづらい点が全て改善されていた。
「ちょっと休憩したらさ」
「ああ、海行っちゃうか」
そんな事を話す仲間達を横目に、リヒトはテラスに身を乗り出して景色を眺めているオトハに近付いた。
「アーブはどう?」
「もうすっかり慣れた……と言いたい所だけど、まだまだビックリする事ばっかりかな」
「最初の二ヶ月はそうだよ。僕もだった」
「魔法が一般的な異世界って聞いてちょっと身構えたけど、思ったより現実と変わらないから慣れると思ったけど、モンスターがいっぱい居るのはまだビックリしちゃうかな」
ハイポリア大陸だけでなく、夢境では現実世界の動物に代わり、いわゆる幻獣と呼ばれる存在が人々の生活に溶け込んでいる。
ごく普通の生活に、奇抜な姿をした生物が自然と溶け込んでいる、その様子のギャップはなかなか慣れないものがある。
「不思議なのは一見技術が凄く発展しているように見えるけど、自然と調和してるって事だよね。まるで……」
「夢みたい、だろ?」
「リヒトも同じ事思ったんだ。ここが理想郷って思う人も多いのは納得かな」
「夢の世界とはいえ、完全な理想郷ってワケじゃない。だから僕達が居るのさ」
そうした人々が現実世界にも居て、自分達の知らない間に戦って、秘かに平和を守っているのかもしれない。
「リヒトって……私が思ってる以上に凄い人だったんだね」
「いやいや、オトハも凄いよ。今教師なんて色々言われがちだけど、この星の未来を育ててるだからね」
「そう? なんかそう言われると鼻高々になっちゃうかも」
リヒトはニヤリと笑って分かりやすく調子に乗るオトハ額を小突き、オトハはリヒトを捕まえようと追いかけっこを始めた。
「今度は逃がさんぞ!」
「ハハッ! 僕を捕まえられるかな!」
オトハとリヒトに釣られてヒオとヴェルク、そしてウェンディが追いかけっこに加わり、海辺へ向かって水をかけあって遊び出す。
「オラよっ!」
ヴェルクの剛腕から繰り出される水飛沫に女性陣は尻餅をつくも、これにより他四人のターゲットにされて溺れかける。
「やめやめ! ギブギブギブ!」
「ギブアップは無しだヴェルク! おわっ! なんだ?」
「ヴェルク、助太刀しようか?」
横を見ると水鉄砲を持ったアイリスとイーライがおり、そのまま水辺へ向かって参戦してきた。
「おーい! そりゃずるいって! オラオラ!」
「シュナイダー権限です! ほらほら!」
ひとしきり水をかけあった後、水着に着替えて浅瀬を泳いだり、ビーチスポーツをしたりして全員思い切り夏を楽しむのであった。
簡易テントの下で一休みしていると、ヒオがオトハに話しかけてきた。
「ねえオトハさん」
「んー? オトハでいいよ」
「そう? じゃあオトハってさ、あっちじゃ何してたの?」
「仕事? 小学校の先生だよ。鬱っぽくなって休職中だったけど」
現実世界における小学校の教師という職業に、ヒオは興味津々である。
「現実世界じゃ何を教えるの?」
「私は今担任持ってなくて、社会の授業をやってるんだけど……そうだな、地域とか国についてとか、あと歴史について教えてるかな」
「歴史とか国についてかぁ……現実世界の日本ってどんな所なんだろう」
「夢境とは違うの?」
ヒオはまるで球体を磨く様な素振りをしながら自分の中の知識を探り、何とか言語化してオトハに説明する。
「夢境ってね、人間の集合意識が生み出したものなの。つまり想像力次第で凄い発展を遂げることもあるのね」
そこまで聞いただけで、オトハは夢境の日本がどうなっているか察する事が出来た。
「行った事ないけど……凄く混沌とした場所なのは察しがついた」
「結構楽しい所らしいよ、まあ私はハイポリアから出た事ないけど」
「そうなんだ……じゃあ私からも聞いて良い?」
「いいよ、なんでも聞いて」
この夢境という不思議な場所についていくつか聞きたかったが、とりあえず最も気になっている事について質問する事にした。
「ヒオちゃんってエルフ? だっけ?」
「アールヴね、発音の問題でエルフよりアールヴが一般的ってだけで大差ないかな」
「アールヴね、覚えた。その~アールヴとか、ヴェルク君みたいなハーフブリード? みたいな種族って、他にどんなのが居るの?」
それを聞かれたヒオは大きく息を吸って上の方を仰ぎ、記憶を探るが上手く答えることが出来ず、イーライに助けを求める。
「はいはいどうしたんですか?」
「オトハが夢境にはどんな種族が居るか聞きたいんだって」
「あぁ……これはなかなか難しい質問ですねぇ」
質問に困る程度には多種族共生社会なのかと、オトハはなんだか妙な感動を覚えた。
「とりあえずハイポリアに絞ると、僕達人間やアールヴ、ドワーフと巨人や獣人、妖精や吸血鬼等が居ますね、これらの多種族が交わった者はハーフブリードと呼ばれます」
「なるほど……とにかくいろんな種族が手を取り合って頑張ってるのは分かった。すごいや」
「ううん、まだまだかな」
ヒオは首を振って更に続ける。
「アーブは比較的いろんな種族が交じり合って生活してるから忘れがちだけど、まだまだ種族間の溝はかなり深いんだ。私はそんな現状が嫌だったから生まれ故郷を飛び出してここに居る。いつかこのモンスター災害っていう非常事態を種族だけじゃなくて、国家を超えて協力できればいいなって……ヘヘッ、ちょっと熱くなっちゃった」
照れ臭そうに下を向くヒオの肩にオトハが手を置き、頷きながら言った。
「ヒオちゃんの熱意、すごいや。そんな日はいつか来るよ」
「そうですね、僕もエクスレイドの一員としても、いち魔術師としてもそんな日が来る事を願っています」
「二人とも……」
自分の思いを真剣に受け止めてくれたオトハとイーライに、なんだかヒオの胸が熱くなって、その思いが目から溢れ出そうになる。
「しかし……それは困難な道であるのも事実です、人はたとえ家族であっても心がバラバラになる事がありますからね。だからこそ弛まぬ努力が必要なんです」
皆若年ながら国防に関わっている者達なのだと、オトハは身につまされた気分になった。
「ご……ごめんね? なんか重たい感じになっちゃったね」
「ああ、いいんだよ! リヒトの周りの人達がどんな感じか知りたかったし、もっとハイポリアについて教えてよ」
そう言われてヒオは何から教えたら良いか思順したが、先にイーライが思いついて手をポンと叩いてから口を開く。
「だったらまず神獣について知っておいた方が良いんじゃないでしょうか?」
「確かに、ハイポリアに住むなら知っておいた方が良いよね」
「何々? 神様の獣?」
「まあ大体そんなものです、ハイポリアに住む人間にとっては土着の神様みたいなものなので」
ハイポリアではかつて、高い知性と凄まじい力を持った神獣と、人間達が共生していた時代があった。
ダンジョンや古代遺跡、そして数々の超技術などその痕跡は多岐に渡る。
現在では人口増加や先代神獣王の崩御等の要因によってその殆どが眠りについている。
「現在確認されている中で目醒めた神獣は空の神獣バリードと、大地の神獣デルゴラスですね」
「なんかすごそう……他にどんなのが居るの?」
「アーブの隣のギルモアスではドラゴンが沢山生息していて、竜の国と呼ばれています。そんなドラゴンを統べる女主人がユラスです」
「ああ、私聞いた事ある! 翼を広げると太陽を覆い尽くせるらしいね」
非常に誇り高い性格であるとされ、名うてのドラゴンライダーですら彼女を御するのは不可能であるとされる。
そして彼女が唯一頭を垂れるのは、神獣王のみとされる。
「龍の女王かぁ、なんだかすごそう」
「じゃあ次は私の地元から、森の神獣のアルディバって言うのが居てね」
アルディバは巨大な角を備えた鹿に似たモンスターであり、植物を操ったり他者を癒す力を持つが、その角からは強力無比な光条であるミスティックレイを放ち、森を汚す者に制裁を与えるという。
「アルディバ様に認められたら、ミスティックアローを授けられるの」
「ミスティックアロー、確かミスティックレイにも匹敵するという強力な矢の一撃を放つことが出来る弓でしたっけ?」
「そうそう、弓矢に凝ってるアールヴの憧れの存在なんだ。かくいう私も頑張ってるけど……まだまだかな」
何十キロも離れた標的を正確に射貫く正確さと、自分が渾身の力でやっと引くことが出来た弓力の弓を戦闘中に平然と引くパワーを併せ持つヒオですら道半ばと言うのだから、アールヴの弓使いの魔境ぶりを想像したイーライは怖気が走った。
「そう言えばホワイト・アールヴの統治者は『アルディバの使者』と言うらしいですね」
「あ……ああ、そうだねぇ……うん、それぐらいアルディバ様は信仰されてるって事だよ」
なんだか妙に挙動不審になったヒオへ疑問を抱くイーライだったが、オトハが他の神獣について聞いてきたため、その場では流されてしまった。
「砂漠のトリックスターが居ますね」
「ウィツルガね」
バル砂漠を根城にしているイヌ科の動物に似た神獣ウィツルガ、彼は〝砂漠のトリックスター〟の異名の通り、体の大きさや作りを自在に変える等の不思議な力を持っているという。
「いたずら好きだけど、危険なモンスターから守ってくれる存在でもあるってね」
「一説ではウィツルガは眠りについていないとか……あとはグレート・ブルカに住むブルバーンですかね」
「あぁ、ヴェルクの故郷の神獣だっけ?」
燃え盛る大火山たるグレート・ブルカの中に住まう雌の大猪のブルバーンは、敵には容赦なく猛る力を振うが、その力のあまり周囲に大きな被害を出すという。
「巨人族や、その家族として見做された者は三年に一度ブルバーンを讃え、武器を鍛造して捧げる習慣があるようです」
「空に大地に森と砂漠と火山、そしてドラゴンの女王……海の神獣は居ないの?」
待ってましたと言わんばかりにヒオが手を叩いて一旦その場から去り、少し困惑した顔のミラを連れて戻って来た。
「えっと……なんでしょう?」
「オトハがね、メルギについて聞きたいんだって」
それを聞いたミラは、困惑から一転目を輝かせてオトハに顔を寄せる。
「本当ですか! 語っちゃいます!」
「う、うん! 聞かせて聞かせて」
海の神獣メルギ、巨大な甲羅を持つ亀とハクジラの特徴を併せ持つ神獣で、当代の神獣の中では最年長であり、かつて起こった〝神獣の暴君〟への反逆にも参戦した事があるという。
ハイポリアの全ての水棲生物はメルギの臣下であるとされ、マル族以外の漁師達もメルギへの敬意と感謝を欠かさない。
「メルギ様はねぇ……ここだけの話飛べるんですよ」
「え?」
「はいぃ?」
ミラが言い出した突飛な情報に、魔術師として多少知識のあるイーライですら聞き返す。
「本当なんですよ! 手足を引っ込めてそこから高圧水流をジェットみたいに噴射して、回転しながら飛ぶんです」
「そ……そんな事出来るの?」
「神獣とはいえさすがに……」
「マル族の先祖が記してきた古文書の挿絵に実際にそういう絵があるんですよ」
五十メートル級の巨大な亀の甲羅がジェット噴射で回転しながら空を飛ぶ様子を想像して、なんだか変な感じになる。
「まあそれはさておき、私小さい頃にメルギ様に会った事があるんです」
「そうなの?」
「はい、少し不思議な話になるんですけど……」
マル族は人間種と身体的なつくりはあまり変わらないものの、環境への適応か、はたまた超常的な要因か、かなり長時間かつ深い距離の潜水が可能である。
生粋のマル族であるミラもそうであり、それも同年代の子供達の中では群を抜いて長く深く潜る事が出来ていた。
ミラ自身も潜水は大好きであり、徐々に暗くなっていく水中世界と、魚や水生生物達と共に泳ぐのが楽しくてたまらない。
それに親から危ないからここから先は潜るなと言われている目印より、どれぐらい深く潜れるかを試すという危険かつスリリングな遊びにハマっていた事もあり、暇を見ては海に飛び込んで潜っていた。
その日は休日で、午前中に宿題を終えたミラは昼食もそこそこに着替えて家を飛び出し、海へ飛び込んで水中深く潜って行き、最短ルートで目印に辿り着く。
(よし……やるぞ!)
ミラは四肢で水をかき分けながら更に深く深く潜って行き、時間も忘れて足を動かしていく。
(もっと……もっと先に……)
そのうち光の差し具合で、以前よりも深い場所に来た事を察知した。
(これ以上は……)
体に感じる冷たさによって流石に自制心が起こったが、それは謎の洞窟を見つけた事で掻き消されてしまった。
(もしかしたら……お宝が!)
自制心を掻き消した好奇心に浮かされたまま、ミラは洞窟に入っていく。
(あっ……)
入ってすぐに後悔した、ここはあまりにも暗すぎる。
だんだん光が届かなくなってくる暗さとは違う、完全に光が遮断されている、新月の夜の如き暗さである。
しかもただ夜道に迷うのと訳が違う、ここは海の中。いくらマル族とはいえいずれ窒息してしまう。
だがミラはそれでも残った好奇心に浮かされたまま足を動かして洞窟を進んでいると、前方から燐光が見えてきた。
(出口だ!)
全身に力を込めて進み、遂に開けた場所に出る。
(これは……)
ミラは見た、洞窟の中に横たわる〝それ〟を。
(大きな……甲羅?)
まず目につくのは巨大な亀のものに似た甲羅である、その大きさは視界に入り切らない程であった。
(なんだろう? モンスターの死骸?)
好奇心に火が付き、ミラは更に下降していき、ついに〝それ〟の正体を見た。
「わばっ!」
水棲神獣メルギ。
マル族ならば老若男女問わず知っている神獣である。
そのメルギが、今自分の目の前で眠っている。
(メルギ⁉ こんな所に!)
メルギの閨へ辿り着いた事に驚いたミラは、空気を一気に吐き出してしまった。
その気泡が発する音のせいか、メルギの目が開いた。
その目を見た途端不思議と恐怖や焦りといった感情が一気に消え、代わりにどこか温かい感情が流れ込む。
なんて優しい目だろう、そんな事を思いながらミラの意識が薄れていった。
「それで気が付いたら浜辺で寝転がってて、時間も夕方だったんです」
「すごい経験ですね……」
「みんなに話してもきっと夢でも見たんだろうって言われたんですけど、おばあちゃんだけは信じてくれたんです」
皆の脳裡にベクのあの優し気な皺だらけの笑顔が浮かぶ。
「メルギ様……生きてるうちにちゃんと会えると良いな」
水平線の向こうに思いを馳せるミラの褐色の肌が、太陽の光に照らされてきらりと光った。
夜はリヒトとヴェルクとマティアスが、現地のマル族と共に銛突き漁で獲った魚を捌いたものが出され、全員宴会で大盛り上がりの後床に就いた。
「さてと……そろそろかな」
夜半の事、人知れずリヒトは起き上がり、ワンドブラスターを装備して抜き足差し足で部屋を抜け出す。
「……リヒト?」
寝惚け眼のオトハが起き上がり、リヒトの後を追いかける。
「?」
ベクを始めとした数人のマル族と、リヒトが何やら真剣な口調で話しているのを見たオトハは咄嗟に柱の陰に隠れた。
「……ありがとうございます。行ってきます」
出て行ったリヒトを追いかけようと裏口から出るも、見失ってしまった。
「あれぇ?」
懐中電灯でも取りに戻ろうかと思って振り返ると、目の前にリヒトが仁王立ちしていた。
「やあああぁぁぁっ!」
尻餅をついたオトハに手を貸して立たせると、リヒトは腰に手を当てて言った。
「なんでついて来た?」
「だってなんか……心配だったし」
「うーん……仕方ない」
リヒトはクォーツシーバーでワンドライフルを転送すると、オトハにワンドブラスターを渡した。
「危険を感じたら撃つんだ」
「え、何? 休暇じゃなかったの⁉」
「実を言うと違うんだ、そもそも休暇だったらこの面子では来ない」
リヒトは指を立てて静かにするように言うと、ワンドライフルを腰だめにしてなるべく音を立てずに歩き出し、オトハもワンドブラスターを構えて恐る恐るついていく。
「……見つけた」
リヒトの視線の先には、松明を持ってローブを纏った怪しい集団が、砂浜を集団で歩いている。
「リヒト……あれって」
「奴らは邪悪な炎を崇める者達……どうせここでも悪巧みしてるに決まってる」
のどかで美しいこの場所に、炎の魔の手が迫ろうとしていた。
To Be Continued.
オトハの視点から、皆さんにもこのハイポリアの事を詳しく知っていただきました。
この神獣にはいつ会えるかな?
そして最後のシーンは一体……全ては次回のお楽しみ。
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ではまた来週!




