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ハイポリアの勇者 ~超空想綺譚~  作者: 南乃太陽
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19/33

理不尽

これはある少年の四日間の物語である。

理不尽に翻弄された彼は、一体どこへ向かうのか?

これは生と死の……理不尽な物語。

 宇宙から飛来した生物兵器を共に倒した星の戦士達とエクスレイド、しかし彼らに安息はなく、すぐに忘れ去られた神々や、野望に燃える者どもとの戦いが幕を開ける事になります。


 しかしこれから始まるのは、そんな戦いの物語ではなく、ある小さな奇跡の物語です。


 


 これからあなたの心はその体を離れ、その奇跡の目撃者となるのです……。



 

 ディラン・ハドソン。

 彼は戦士でもなければ、魔術師でもない。なんならまだ思春期を終えていない子供とも大人ともつかない年齢の少年である。

 ディランは何かに優れていて、それで周囲から賞賛を受けているような人間ではなく、むしろどこにでもいるありふれた人間だと、人生のかなり早い段階からそう自負して生きてきた。


 彼と他者が違う事を強いて挙げるとするなら早熟で、それ故に自分と世間というものを理解している気になっていた彼は人生に心底うんざりし、そして絶望しきっていた。


 自分のようなどこにでもいるような者は、どうせ大したことも出来ずにくたばっていくのだと。

 それに大して顔も整っている訳でもない上に内向的な性格であるため、誰かと添い遂げる事もなく一人で一生を終えるのではないかと思うと、日々の憂鬱が加速する。


 かといって心底うんざりしている自分の人生に見切りをつけ、自らの手で終止符を打つような真似は出来ずにいた。

 そんな衝動がふとした瞬間に鎌首をもたげる事があるが、宗教的な理由や手間暇を言い訳にして、うんざりしきった人生をだらだらと続ける道を選んでいる。



 

 そんな彼は今日も退屈な学校を耐え抜いて家に戻り、母と最低限の会話を交わして、夕飯時まで部屋に籠るという繰り返しの毎日を送る筈だった。


「は?」


 ディランは目を疑った、自分の部屋に何か居る、いや誰がかいる。


「おや、お帰りになられましたか。概ね時間どおりですね」


 ディランの部屋に居た先客は恐ろしく背が高い男で、纏う服が全て黒で統一されており、唯一外界に晒されているのは、頬がこけた灰色の顔をした不健康そうな中年男の顔のみである。


「え……あ……あぇ?」

 

 被っている帽子はクラウンが異様に長い奇妙なトップハットで、体の方は外套に覆われているため、その体躯をより大きく見せている。


「あ……あんた……だっだだ……誰だよ⁉」


 ようやくそれだけを絞り出したディランに対し、男は外套の隙間から黒い手袋をはめた腕をまるで別の生き物のように伸ばすと、指を顔の前に持って来て『シー』と言って立ち上がった。


「信じてくれとは言いませんが、私は決して怪しい者ではありません。あなたに用があってここで待っていた次第です」


 どう見ても怪しい者である自覚はあるらしい。


「お……俺に用って何だよ?」

「あなたの密やかな願望を叶えにやってまいりました」

「密やかな……願望?」

「申し遅れました……私(わたくし)はこういう者でございます」


 また外套の隙間からぬぅーっと両手が差し出され、黒い体に対してやけに眩しく見える白い名刺を差し出した。


「魂魄回収……代行業者?」


 裏返してみても名前は書かれていない、名刺の左上に小さく〝魂魄回収〟と、そして真ん中にでかでかと〝代行業者〟とだけ書かれている。


「……えっと……魂魄回収って何?」

「簡単に言えば、魂を回収するんですよ」


 という事はこののっぽの男はいわゆる死神というやつなのだろうか。


「私が死神だと思っておいでですね?」


 ディランは心の中を見透かされた気がしてなんだか気恥ずかしくなる。


「厳密には違います、まあやっている事は変わりはないと言われれば認めざるを得ませんがね」

「俺は死ぬの?」

「いいえ、ですがいずれそうなるでしょう、近いうちにね」


 代行業者はそう言うと、こけた頬をくっと引きつらせて笑った。


「我々は無理強いしません、出来ない規則となっておりますから。ですが死にたがっている者、もう後がない者、人生にうんざりしている者を対象に回収しております……そう例えば」


 外套の隙間からまるで蛇のように黒い手袋に包まれた指が伸び、ディランの鼻先に突き付けられる。


「ディラン・ハドソン君、あなたのような者をね」


 心の中どころか過去すら見透かされた気がして、ディランの体温が熱くなる。


「俺の魂を回収する……つまり殺すって事?」

「身も蓋もない言い方をすれば……自殺代行業者って所でしょうかね。どうですか? あなたはこの世界にうんざりしているでしょう?」

「うん、そう……だけど」

 

 代行業者の言う通り人生にうんざりしていて、生きていても憂鬱しか感じないディランにとって、この提案は非常に魅力的だった。

 だがこの手の提案をしてくる者は、だいたいろくでもない者であることが定石だ、集めた自分の魂で何か良からぬことをされるのは嫌だ。

 

「俺の魂使って……何するんですか?」

「守秘義務……と言いたい所ですが、少しお教えしましょう。まず決して悪事には使いません、適した場所へ再利用させていただくとだけ。死後永遠の苦痛を味わうなどという事も決して無いと誓いましょう、もちろん死の瞬間も苦痛はありません。あなたに教える事の出来る情報はこれまでです」


 メリットだらけである、別に今すぐ死にたいと思ってはいなかったが、早い所こんな人生とおさらばしたくて仕方なかったディランは、もはやこの話に乗る事しか考えていなかった。


「お願いします、俺を殺してください」

「同意しましたね、再度確認しますが……本意ですね?」

「はい、生きてたってしょうがないし、俺はモンスターだらけのこの大陸から……いや、この国からも出られないだろうし。何かしたい事も出来る事もないから」

「わかりました、ではこれを」


 代行業者は外套の中に隠れていた鞄から契約書を取り出し、署名欄に指を差す。


「形式的なものですが、ここにサインをお願いします」


 ディランが何気なく署名欄をなぞるとひとりでに文字が形成され、ディランの名前がアーブ語で書かれていく。


「これで結構……残念ながらすぐに回収という訳にはいきません、いろいろと準備や調査がございますので、四日後にまたお伺いします。それまでに身辺の整理をしておくとよろしいでしょう、ではその時まで」


 それだけ言うと代行業者はクローゼットの中に入って消えてしまい、ディランはひとり現実に取り残されてしまった。


「夢じゃ……ないよな?」


 もし今の出来事が白昼夢だとするなら、なんて意地悪な夢だと、ディランの憂鬱はより加速するだろう。

 だがもしも本当だとしたらどうだろう、そう考えるとなんだか久しぶりに楽しみな事が出来た気がする。


「早く明日にならないかな」


 そう言いながらディランは、ベッドに体を沈めるのだった。



 

 魂魄回収代行業者の訪問を受けてから翌日の事、ディランはなんとなく気が向いたため、学校を少しだけサボって街の外へ行くことにした。

 ディランが住む街は中途半端なところで、田舎とも言い難く、かといってアーブトピアからは距離が開いている為そんなに娯楽がある訳でもない、そんな街である。


 だからまだディランが小さかった頃は、よく街の外れの自然豊かな場所へ連れて行ってもらい、そこでいろいろな遊びをしたものである。

 どんな遊びをしたのか、そしてあの日の自分はどんな気持ちで笑えていたのか、それはもう今のディランは思い出せない。


「……ふん」


 ここに来れば何か思う事があると思っていたが、特にそんな事はない。

 いつの間にか思い出すら憂鬱の波に押し流されてしまったことにディランはほんの少し悲しい気分になったが、それももう三日でどうでも良くなる。


「早く夜が来ないかな」


 そんな事を呟きながら空を眺めると、空中に二筋の軌跡が見えた。


「ルミナスだ!」


 数ヶ月前に突然アーブに現れ、モンスターを倒して回っているという謎の巨人ルミナス・ギガント。

 最初に現れた個体はエクスレイドにとってラクスと名付けられ、美しさと強さ、時折見せる愛嬌によってアーブ王国民からは人気を博している。

 

 そしてつい最近現れたという青いルミナスは行動に不明な点が多い上、エクスレイドが攻撃したり、ラクスと敵対している様子が見られたため、賛否を呼んでいる存在である。


「なんであいつら……ここに⁉」


 ディランが抱いた疑問は、二人のルミナスが光線を撃ち合い、空に軌跡を残しながら縦横無尽に駆け巡る様子に心奪われて霧散してしまった。


「はぁ……」


 なんて美しいんだ。

 絶句する程の感動、そんな情が自分の心の奥底から湧き上がって来た事にディランは驚きながら、持ち出した父が昔使っていた古い型の念写水晶(カメラ)で、ラクスと青いルミナスの戦いの様子を撮影し始めた。


「外れた……もうちょっと……そこだ! おお! おお!」


 ひたすらにシャッターを押し、丁度いい画角を探りながら、戦いの様子を納めていると、ラクスと青いルミナスは対角線上に静止する。


「なんで止まった?」


 すぐに両者は腕を動かしてエネルギーをチャージすると、互いに強烈な一撃を放って競り合いを始めた。


「ああ……あああ! あはははは! すごい! すげぇよ!」


 二筋の光線が地面や街を照らす様子を、ディランはただひたすらに夢中になって撮影する。


「ゼェオォォォオオオオルァァアアアアアアッ‼」

「トゥオワァァァアアアアアアアアアアアアッ‼」


 何枚の写真を撮っただろうか、その何枚目かの写真に、ディランは違和感を覚えた。


「……なんだこれ」


 ラクスと青いルミナスの光線の拮抗点に、何か黒い光の球が発生している。

 それに気を取られていると、眩い光線の光が止み、黒い球が地面に降り立った。


「うっ!」


 不快な電子音と共に黒い球が不気味な姿へと変わり、紫色の怪光を体の各所から放ちながら謎の言語を発した。


「……マギル・ゾノ・ハロス……」


 ディランは一瞬ためらったが、体は衝動的に念写水晶(カメラ)のレンズを覗き込んでいた。


「ドゥオオオオッ!」

「ゼヤッ!」

 

 さっきまで戦っていたルミナス同士が、謎のモンスターを倒すべく共闘している。

 その様子を記録に残せるのは自分だけだ。

 アーブ王国の、ハイポリア大陸の、夢境(ドリーム・ワールド)に住まう他の誰でもない。今ここに居る、ディラン・ハドソンただ一人が、この瞬間を記録に残せるのだ。


 ディランはこれまでの人生最高潮の興奮を味わいながら、夢中でシャッターを切っていた。


「……マギル・ゾノ・ハロス……」


 モンスターが顔面から放った白濁した紫色の光線がラクスと青いルミナスを襲い、両者とも防御するも窮地に陥る。


「わっ……さっ寒(さぶ)っ!」


 異様な寒波が周囲を襲い、一瞬縮こまりながら上を向くと、白濁した紫色の光弾が上空高く打ちあがり、ここに降り注ごうとしていた。


「――――あっ」


 先程以上の皮膚を刺すような寒さが周囲を駆け抜け、全ての五感が麻痺した。




 死んだ。

 自分はモンスターの光弾に当たって死んだ。


「……ん?」


 徐々にだが感覚が蘇ってきている、薄っすら目を開けると、周囲一面が銀世界と化している。


「俺はどこに……え、違う!」


 どこかに移動していたわけではない、自分はここから一歩も動いていない上に生きている。

 しかもよく見れば自分の数メートル手前で地面は凍結を止めていた。


「生き……てる?」


 生き残った、ディランはモンスターの襲撃から奇跡的に生き延びたのだ。


「……フヒッ」


 どうしてだろう、ついさっきまでとうとう死ねることを喜んでいた筈だが、なぜ口角が上がるのか。

 なぜ自分が笑っているのか、もしかして生きている事が嬉しいのか。

 陰茎が屹立した事を自覚しながら、ディランはふらふらとその場を去るのであった。



 

 そんなフワフワとした気分のままディランは学校に向かい、寝る前に念写水晶(カメラ)から取り込んだ写真をMQ(マルチ・クォーツ)で一人静かに眺めていた。


「……あっ」


 数枚ほど取った覚えのない写真がある、きっと死んだと思った瞬間に無意識に連射モードでシャッターを切っていたのだろう。


「……ルミナスって、消えるんだ」


 あのモンスターの光弾を食らったラクスと青いルミナスが星雲状に分解して消えていくのが、詳細に画角へ収められていた。


「死んだの……かな?」


 強大な力を持ってモンスターへ勇敢に戦いを挑むラクスでも、死ぬことはあるのだろうか?

 

「戦うのって……やっぱり怖いのかな?」


 自分のように非力な人間はモンスターを恐れるのは当然として、こんなに強い存在でも恐れることはあるのだろうか?


「ねぇ、何見てるの?」

「うぇっ⁉ おわっ!」


 驚いたディランは椅子から転げ落ちそうになるも、ギリギリで持ちこたえる。


「ごめんごめん、そんなにビックリしなくてもいいじゃん」


 ディランに声をかけたのはエミリー・ベッカー、妖精と人間の間に生まれたハーフブリードで、いわゆるクラスの高嶺の花的存在である。

 必要に迫られて何度か言葉を交わした事はあるものの、こうして雑談するのは初めてである。


「ああ……えっと……うん、これ」


 学校をさぼった負い目が少しあるものの、別に見ている物自体は別にいかがわしいものではないと判断したディランは、エミリーに自分のMQ(マルチ・クォーツ)を差し出した。


「写真? ディランが撮ったの?」

「うん……昨日ね」


 何枚か写真を見てエミリーは言葉にならない声を漏らした。


「これって……MQ(マルチ・クォーツ)で撮ったの?」

「いや……念写水晶(カメラ)だけど」

「そっか……でもすごいなこれ」


 自分の撮った写真でエミリーが感動の声を漏らしている、その光景を見ていると、なんだかフワフワした気持ちが高揚していく気がする。


「ありがとう……良く撮れてると思うよ、才能あるんじゃない?」


 才能。

 自分には無縁の言葉だ。

 自分にはそんなものはない、勉学も運動でも、その他諸々でも大したものなど持っていない。

 だから人生がこんな憂鬱なのだ。


「そんなもの……俺にはないよ」

「え?」

「俺はそういう人間だし……」


 エミリーは口角を上げて笑顔とも困惑ともつかない表情を浮かべた後、一言「そう」とだけ呟いて、ディランの元を去って行った。




 この日も退屈な学校を耐え、帰ろうと荷物を纏めている矢先の事。


「ちょっと付き合って」

「……はい?」


 断り切れずディランはエミリーについて近くの大型商業施設に向かい、ディランはホットドッグを、エミリーはクレープを買ってから野外のテラスへ向かった。


「こういうのも悪くないんじゃない?」

「……そうかな?」


 ディランは高校に上がってから友人と言える存在が出来た事はないため、こういう経験はあまりなかった。


「それで、何であんな事言ったの?」

「あんな事って?」

「自分には才能ないって、そう言ってたじゃん。どうして?」

「だって……見りゃわかるでしょ」


 ディランはぽつりぽつりと自分がいかに平々凡々で、それでいて大した人間ではないかを語り、それによりどんなに退屈で飽き飽きした、そして憂鬱極まりない人生を送って来たのかを語った。


「……うーん、そうか……そんなこと考えながら生きてたんだ」

「そうだよ……皆には分からないだろうけどさ」


 エミリーはクレープを一口齧ると、口角についたクリームを指で拭ってから遠い目をして語り出した。


「私が妖精と人間のハーフブリードって事は知ってる?」

「うん、それは知ってるよ」

「妖精ってさぁ……ホンットに自由なのよ、悪く言えば自分勝手。だからほとんどの妖精のハーフブリードってだいたい片親なのよね。私もそうだった」

 

 母親が居らず、寄る辺が無かったエミリーの父は大層苦労したが、弱音や愚痴ひとつこぼさず何とかエミリーを育て上げたのだ。


「みんなにはみんなの辛い事があるのよ、完全には分かってあげられないかもしれないけど、その辛さは共有できる。まあ今すぐにやれとは言わないけど、心の扉を開いてみたらどう? 少しは退屈が紛れるんじゃない?」


 心の扉を開けと言われて、ディランは胸の中の穴をなぞられたむず痒い気分になる。


「俺……友達いないし」

「私がなろっか? あはは、なんてね……まあでも考えといて」

「なんでそこまでしてくれるのさ、俺みたいなのに」


 エミリーは口を尖らせて上を見て、深く息を吐いてから語り始めた。


「私が中学に上がるかって時にお父さんがさ、リストラに遭ったんだ。割とすぐ再就職できたけどさ」


 可憐な容姿の裏に、予想以上の波乱万丈な人生を歩んでいたエミリーにディランは内心感服していた。


「その時リストラされたって私に教えてくれたお父さんの目……なんていうか、死んでないだけの人間の目って感じだったの」

「死んでないだけの……人間」

「命はあるけど生きてない、何かに心底絶望して、ただ死んでないだけの人間の目をしていた……」


 そんな目ならいつも見ている、毎朝鏡を見るとそこにあるのだ。

 

「私ね、ディランがずっとそんな目をしてたから気になってたんだ。でも今日のディランはなんか生き生きしてて、少し違うなって思ったから声かけたの」


 そこまで言われてやっと気付く事が出来た。

 自分はあの時、生きてる実感を得ていた。


「……うー、わかんねぇよ」


 結局自分は死にたいのか、それとも生きていたいのか。

 だが少なくとも、あと二日後に死ねると言われたら、今はそんなに嬉しくない。


「わかるよ? 不安だらけな世界だよね、モンスター災害抜きにしても、将来仕事にありつけるかとか、恋愛とかさ……イヤになっちゃうよ」

「でもエミリーはさ……びっ美人じゃん?」

「そう? でも私一回も彼氏彼女出来た事ないよ?」


 これは意外だった、既に元彼が何人かいると思っていた。


「てか私の事美人って思ってくれてたの? じゃあ付き合っちゃう?」

「おばっ⁉」

「あはは、そんなビックリする事ないでしょー!」


 体温がぐっと熱くなり、顔が耳まで赤く染まる。


「まあ……そうだね。まずはさ、世界に対して心開いてみたらどう? 色々あるけど……捨てたもんじゃないよ」

「心開く……か、どうやって?」

「そうだな、何か趣味を持ってみたらいいんじゃない? 例えば、写真とか」


 確かに撮影をしていた時の自分は、憂鬱や退屈を全て忘れることが出来ていた気がする。


「ディランって結構写真の才能あると思うよ。お父さんに有名な写真家の展示に連れて行ってもらったことがあるんだけどさ、その時と同じぐらい感動しちゃった」

「それは……被写体が良かっただけで」

「その良さを引き出せるのは撮影者の素量って事。写真撮影、趣味として始めてみたら?」


 それも悪くないかもしれない、もしかしたら自分は楽しいと思える事や、必死に打ち込めるものを知らなかっただけなのではないか。


「……まあ、考えといて? それじゃまたね」


 いたずらっぽく笑って去ろうとしたエミリーの背に、ディランは勇気を振り絞って声をかけた。


「ねぇ! また一緒に……どこか……連れて行ってくれる?」


 エミリーは少し驚いたような顔をしたが、すぐにニコリと笑って頷いた。


「いいよ、私達、今日から友達だね」


 世界とはこんなに温かいものだったのか、ディランはその温もりに触れ、なんだか不思議な気分になるのだった。



 

 やがて最期の日、相も変わらず授業は退屈だったが、エミリーという話し相手を得た事で幾分か楽しい気持ちで学校を終えたディランは、途中まで帰路を共にした。


「じゃあ私こっちだから」

「うん、またな」


 自分に背を向け自宅に向かって歩くディランを見て、エミリーはなんだか言いようもない不安に襲われる。


「ねえディラン!」


 こちらを振り返ったディランを見てエミリーは何か言おうとしたが、思いが上手く言葉にならず、喉を通って出てこない。

 一体自分は何を言おうとしたのだろう、自分でも分からなくなっているうちに、これだけは口をついて出た。


「また……明日ね」

「うん、また明日」


 ディランの背中が見えなくなるまで、エミリーはその場から動けなかった。




 いつもより警戒して自室に入ると、中は無人だった。


「はぁ……」


 代行業者が待ち構えているのではないかと気が気でなかったが、どうやら杞憂に終わったらしい。


「やっぱ夢だったのかな」


 そう言いながら机の上に置いた念写水晶(カメラ)を手に取り、ベッドに寝転んで撮影した写真を眺め始める。


「写真……か」


 エミリーが言う通り、趣味を持つことで世界に対して心の扉を開けば、そのうち死にたくなるような憂鬱や絶望を押し流すことが出来るのではないだろうか。


「おや……念写水晶(カメラ)ですか」

「ひっ!」


 聞き取りやすい鮮明な声と共に、クラウンが異様に長いトップハットと外套を纏った黒尽くめの男が、ベッドの隙間から這い出してきた。


「こんばんは、お待たせいたして申し訳ありません。お迎えに上がりました」


 トップハットの鍔に触れ、代行業者は一礼すると、ディランの方を見てニッと笑う。


「ディラン・ハドソン君、契約に従いあなたの魂魄を回収しに参りました」

「あっ……あう……」

「では回収作業に取りかからせていただきます。しばし……」

「まっ……待って!」


 代行業者は心底不思議そうにディランの顔を見詰め、ディランは一瞬気圧されそうになったが、一度深呼吸してから口を開いた。


「ごめんなさい……やっぱり……キャンセルしたい」

「……」


 何も言わない代行業者に、ディランはここ数日で起こった事を全てぶちまけることにした。


「俺は……趣味を持って……心の扉を開いて生きてみたい……だからごめんなさい、まだ死ねない」


 不思議そうな表情のまま代行業者はディランの話を聞いていたが、全て聞き終わった後、眉を寄せて困ったように溜息を吐いた。


「困りましたねぇ……偶に居るんですよそういう人が」

「え?」

「直前になって怖くなったとか死ねない理由が見つかったと言って、契約を白紙にしようとする人がね」


 トップハットの位置を直しながら、代行業者はどこか冷めたような声色で、ディランが絶望するに足る事を言い始めた。


「ですが契約は契約、強制ではなくしっかり同意を取っての契約です。守っていただかなくては」

「そっ……そんな! そんなの理不尽だ!」

「まあ、死なんて本来そんなものです」

「いやだ……いやだっ」

「嫌でも……契約は履行します!」


 代行業者の外套がまるで下から暴風に吹き付けられたかのように翻り、その中の闇がディラン目掛けて襲い掛かって来た。


「うわあああああっ! ああああっ!」


 ディランは迫る闇から逃れようとするも、あっという間に呑み込まれ、それでも生きようとする意志がディランの手足を動かした。


「ああっ! うわああっ!」


 闇から逃れようとひたすらに手足を動かしながら、ディランは闇の中で無数のビジョンを垣間見る。


 これまでラクスに倒されたモンスターの大行進に始まり、この世のものとは思えない空間から這い出す複数の人影、人々に崇拝されている炎の化身、全てを笑い飛ばす道化師の神。


 更にディランの意識は夢の帳を抜けて現実世界に向かい、そこに蠢く無数の隠れた脅威と、それに対抗する者達の終わりなき戦いの歴史を一瞬で体験し、ついに地球を飛び出してしまう。


「ああ……裏側だ! 裏で死んだ奴は生きてる!」


 火星で苦悶の声を上げる者の叫びを聞きながら太陽系を抜け、数多の銀河を一瞬で渡り、ディランはついに〝それ〟を見た。


「これが……死?」


 途方もなく恐ろしい〝それ〟を目にして、ディランは心の底から震え上がる。


「いやだ……いやだいやだ! 逝きたくない! 行きたくない! いきたくない! イキタクナイ! イキタクナイイキタクナイイキタクナイいきたくないイキタクナイイキタクナイイキタクナイ!」


 この宇宙でもっと悍ましい〝それ〟がディランを認識する前に、意識が闇へと溶けて行った。


 

 

 気が付くとベッドの上で蹲っており、周りを見ると代行業者が闇の中に佇んでいた。


「危ないですね、危うく魂が砕かれるところでしたよ。あんなもの、私ですら直接見たら即死するかもしれないというのに」

「……」

「観念なさい、あなたはもう逃げられません。そもそもあなたは幸せな方です、死ぬ瞬間が分かっていたのだから」

「うぅ……」


 せっかく死以外の退屈から抜け出す方法が見つかったというのに、ここで終わってしまうのか。

 結局自分は、文字通り大したことも成せずにくたばるのか。

 本来死とは突然やってくるものなのかもしれない。

 しかし。

 それでも。


「死にたくない……」


 心の底からそう思った。


「では始めます、痛みはありません」

「生きたい……」


 黒い手袋を付け替え、代行業者がディランに触れようとしたその時、まるで何かに弾かれたかのように手に衝撃が走った。


「これは? 一体何が起こっているのです?」


 よく目を凝らすと、まるでディランを守るかのように光の膜が形成されているではないか。


「……はぁ」


 代行業者は斜め上の方角を向き、目を瞑って眉間に指を置いて何かを感じ取ろうとしていた。


「綺羅星《インテリジェンススター》……エトワールギア……なるほど」


 代行業者が腕を下ろすと周囲の闇が完全に引き、二人は自室に戻っていた。


「心清く正しき者、その祈りに綺羅星は応えん……あなたの祈りは蘇った綺羅星《インテリジェンススター》に認められたようです」

「え? えっと……」

「綺羅星《インテリジェンススター》が起こした奇跡には逆らえませんな……残念ですが、私はあなたから手を引きましょう」

「えっ……良いんですか?」


 何が何だかわからないが、どうやら見逃されたらしい。


「全く奇跡とは……理不尽なものです。死と同じぐらいねぇ」


 またもや自分の身に奇跡が起こったらしい。


「……フヒッ」

「これは老婆心での忠告です。綺羅星《インテリジェンススター》に生かされた命、これからは大切に使いなさい。それでは……二度と会わない事をお祈りしていますよ」




 気が付くと部屋の中で一人放心状態になっており、頬に触れて引っ張ったりしてみて自分の生存を確かめる。


「……生きてる! 生きてる! ハハッ! ハハハハハハハハハハハッ!」


 生まれて初めて〝生〟を実感したディランは、曇りなき笑い声を響かせた。


「ハハハ……ふぅ、そうだ」


 ディランは念写水晶(カメラ)を持つと一呼吸置き、部屋の扉を開けてリビングへと向かう。


「ねえ、母さん?」

「ん? どうしたの?」

「ちょっと……お願いがあるんだ」


 ディランはここ数日の事を母に語って聞かせ、新しい趣味を持ちたい事、そのために念写水晶(カメラ)が欲しい事を話し、それをディランの母は黙って聞いていた。


「……そう、最近ろくに口聞いてくれないと思ったら、そんな事があったのね。いいわ、今度のお休みにお父さんと三人で行こうか」

「いいの⁉」

「久しぶりに口聞いてくれた息子がこんな事言ってくれたらさ、親としてはつい言う事聞いちゃうんだよね」


 ディランは久しぶりに心の底から歓喜の笑みを浮かべるのだった。



 

 翌日の事、エミリーが少しそわそわした様子でいると、教室のドアが開く音がした。


「!」


 ディランはエミリーの近くまでやってくると、にこりと笑って言った。


「おはよ、いい朝だね」




To Be Continued.

死が理不尽なら、凶事が理不尽なら。

生も理不尽で、奇跡も理不尽なんじゃないか?

そんな発想からこのお話は生まれました。

とりあえず、世界に対して心を開き、一歩を踏み出すところから始めてみてはいかがでしょうか。

説教臭くなってしまった、失礼しました。

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ではまた来週、本格的な新章の幕開けでお会いしましょう。

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