迷子の子猫と飲んだくれの番犬
夜に目撃された赤い光、迷子の猫型獣人の少女、そして眠りこける呑兵衛の巨大な犬。
そんな一見何も繋がりの無い事象が一つになる時、奇妙な奇跡の連鎖が始まる!?
笑いあり、ダンスありの奇跡の連鎖を目撃せよ!
幻想が息づく地、ハイポリア大陸。
この物語はそこへ空想を宿した青年、タツガミ・リヒトがやってきた事で始まりました。
始動した戦いの物語は、とある人物との再会によって思わぬ方向へ向かい始めます。
果たして物語はどこへ向かうのか、それを知るべくあなたの心はその体を離れ、この空想と幻想が渦巻く世界へ入っていくのです……。
この奇跡の連鎖のような一日は、ある出会いから始まった。
「ギデオンおはよ」
「うい~っすおはよ」
エクスレイド探査隊所属のウェンディ・スターリングの弟であるギデオン・スターリングと、その親友レジー・パートリッジはいつも通りアーブ王立魔術学校へと登校していた。
「ねえ見た? 昨日の夜の」
「ああ見た見た、なんかすんげー光がバァッてさ」
昨夜アーブ王国上空で閃光が迸り、多くの人々がそれを目撃していた。
「姉ちゃんが愚痴ってたよ、明日絶対早いって」
「エクスレイド出動したってニュース見たけど、ウェンディさんも出たのかな」
「出る出る、ウチの姉ちゃん探査隊だからこういう時絶対出ていくんだよね。こりゃ今日一日機嫌悪いぞ~」
変わり映えしない、いつもの登校風景、しかし今日は違った。
「……ん? おいレジー、あれ」
「え? ああ?」
路地裏で誰かが蹲っている、見た所自分達と同い年ぐらいの少女に見える。
「声かけるか」
「うん」
ギデオンとレジーは路地裏に入り少女に近付くと、彼女は猫型の獣人であることが分かった。
「あ、あの~……君、大丈夫? なんて名前?」
ギデオンが声をかけるも、少女は啜り泣きを続けるだけで全くこちらを振り返ろうとしない。
「ねぇ、俺らの言葉わかる? んっ……ううんっ!」
うろ覚えで獣人街のエフェル・スタンドで使われている方言を使って話すも、猫の獣人は全くこちらを見ようとしない。
「ねぇ、この子の名前知らない? 君でもいいよ、知らないかな」
レジーは覚えたての動物対話術を駆使してその辺を飛んでいる鳥に話しかけたが、つぶらな瞳をレジーに向けるだけで何の返答もしない。
「カラスとかスズメに聞いたって仕方ないだろ……第一動物対話術ってそんな用途には使えないし」
「まあ確かに……でもどうしよう、学校始まるけど放っておけないよ」
それはギデオンも同じ気持ちである、エクスレイド探査隊として働く姉と、魔法医として働く父に恥じない行動をせねばならない。
どうしたものかと考えていると、腹の虫が鳴いた。
「お腹減ったの?」
「いいやぁ? 朝いっぱい食べてきたよ」
この腹の虫は二人のものではない、ということは。
「レジー、ちょっと待ってて」
「え、ああ」
ギデオンは鞄から財布だけを取り、荷物を置いて何処かへ走って行った。
数分後、ギデオンは紙袋を抱えて戻り、中からエッグホッドドッグを取り出してから片膝をついて獣人の少女に近付けた。
「ほら……大人気のエッグホッドドッグだよ」
ここでようやく獣人の少女が少しだけ顔を上げ、ギデオンの方を見た。
「お腹空いてるんでしょ、あげるよ」
「……いいの?」
なんと可愛らしい少女であろうか、ギデオンは思わずドキリとした。
「も……もももちろん! その為に買ってきたんだから」
「……ありがとう」
彼女は涙を流しながらエッグホッドドッグを頬張り、その様子をギデオンはうっとりした様子で眺めている。
「ふ」
「……おいレジー、なんだよ〝ふ〟って」
「いやぁ別にぃ?」
「い……良いだろ別に、こ……こんな可愛いんだから」
雷の一撃、一目惚れしたギデオンをレジーが揶揄っていると、またもや腹の虫が鳴いた。
「お腹空いてるみたいだね」
「ご、ごめん……」
「どうするギデオン?」
「よし! 今日は休もう! 俺達には魔法を修めるよりも人として大事な事がある、今がその時なんだ!」
デルゴラスの一件でギデオンに恩義を感じていたレジーは付き合う事にし、三人は近くのカフェへと入る。
「ねぇ……本当に良いの?」
「良いんだよ、人助けは巡り巡って世界を平和にするんだから。俺はギデオン、こっちはレジー、君の名前は?」
「私……バスティ。よろしくねギデオン」
名前を呼ばれただけでなんだか昇天しそうになるが、ここは抑えてとりあえず注文用のクォーツパッドを開いた。
「まあ好きなの頼んでいいよ、その後で色々話聞くからさ」
「ありがとう」
「お金あんの?」
「エクスレイドに請求する」
「姉ちゃんにせびると言いなよ」
注文を終えた後、バスティはぽつりぽつりと語り始めた。
なんと昨日の夜から何も食べずにアーブを彷徨っていたらしく、心折れてあの路地裏で泣いていたらしい。
「……どうして彷徨ってたの?」
「私……フライトガレオンに乗ってたの」
フライトガレオンとは空飛ぶガレオン船の事であり、ドリーム・ワールドにて旅行手段として使われる乗り物である。
「じゃあハイポリアの外から来たの?」
「うん、イレク=ヴァドに向かう途中で、ここを通過したの」
「イレク=ヴァドって言ったらクラシック・プロヴィデンス大陸だよね。まあ近いっちゃ近いか」
「その途中で……私は……ああ……」
やっと落ち着いたと思ったが再びバスティは涙を流し始め、ギデオンはその瞳の奥にある恐怖を感じ取った。
「なあレジー」
「う、うん?」
「気付かないか?」
「……何が?」
「何がって、点と点を繋げてみなよ! 昨日の夜の光だよ!」
「……あの光がバスティが乗ってたフライトガレオンと関係があるかもしれないって言いたいの?」
ギデオンは大真面目に頷き、レジーは顎に手をついて唸り始める。
「もし本当にそうだとして、どうすればバスティを安心させられるかな」
「俺達であの光とフライトガレオンの行方を追えればいいけど、そんな事は出来ない。けど出来る人物を俺は知ってる」
そう言ってギデオンは自分のMQに拡張ユニットを取り付けて電話を始めた。
「俺の姉ちゃん」
通話をかけて数秒後、姉ではなく男の声がした。
『はい、探査隊タツガミ・リヒトです』
「あ、リヒトさんですか」
『んえ? え? ギデオン? なんで?』
「あぁ~、細かい事は良いんです」
『良くないだろ、学校は? いや違う、どうやって隊内通信に入って来た?』
「そんな事より聞いてくださいよ、緊急事態なんです。きっと今エクスレイドが調べてる事に関係があると思いますよ」
『じゃあ聞こうか』
ギデオンはこれまでの経緯を語り、バスティがもしかするとあの閃光に関わっているかもしれない旨を伝えた。
『ふんふん……そのバスティって女の子が昨日の夜の閃光の鍵を握ってるって言いたいのか』
「そうですね、どう思います? 今エクスレイドでその閃光を調査してるんですよね?」
『ううむ……そうだったんだけどね』
「そうだった……そうだったってどういう意味ですか」
『それがねぇ』
リヒトは振り返りながらクォーツシーバーに向けて続けた。
「別の案件が舞い込んで来てね、今そっちで手一杯なんだ」
リヒトの目の前にいるものは、酩酊して気持ち良さそうに寝ている犬だった。
尤もその犬は全長五十メートルもあるのだが。
『えぇ! マジすか……』
「まあその~イーライの見解では今僕達が当たってる案件は閃光と関係があるかもしれないんだ。とりあえずその子が落ち着いたら、一緒に現場に来てくれないか? それまで一緒に居てやると良い」
『分かりやした!』
通信が切れたのを確認したリヒトは、隊の皆の方へと向かい、ギデオンと話した事を伝えた。
「あいつぅ……また隊内通信傍受したのね!」
「まあまあ有益な情報を齎してくれたんだし、このドラン・クーの出自も紐解けるかもしれないじゃないか」
今とても気持ち良さそうに酒臭い寝息を撒き散らしながら寝ているこの巨大な犬はドラン・クーという。
これは決してイーライが命名した訳ではなく、首輪のタグにそう書かれていたのである。
「ペットなのかな、ドラン・クーって」
「ペットにしちゃデカすぎねぇか? 巨人族の最大身長ですら十メートル台だぞ」
「ラクスのペットだったりして」
「こんな酒臭いペットいません」
今の所ドラン・クーは気持ち良さそうに寝ているだけで破壊行為は行っていないが、ここは王国首都のアーブトピア、五十メートルの巨体が寝そべるだけで生活の邪魔になる。
「しっかしドラン・クーってよ、よく言ったもんだよな。名付け親に会ってみたいぜ」
「飲んだくれの犬、それを合わせてドラン・クー。たしかに良いセンスしてるな」
感心している場合ではない、どうにかして起こさずにドラン・クーをここから動かさなくてはならない。
「起こしちゃってからどこかに行ってもらう方が良いんじゃないんですかね?」
「起こして暴れられても困るだろう」
「それにドラン・クーが四足歩行ならまだいいけど、二足歩行なら運ぶ手間がかかりますからね」
ラウンドナイツに連絡してパロミデス小隊に来てもらい、浮遊魔法でドラン・クーを浮かせた後に魔術障壁でドラン・クーを包み込み、アーブトピアの外へ運び出す計画が立てられた。
「なんで地上からなんですか?」
「空から運ぶとかえって揺れると思ってな」
ケイと三機のパロミデスがドラン・クーの周りを取り囲み、魔術砲から浮遊魔法を照射して浮かせ、そのまま魔術障壁を形成し始める。
「頼む……起きるなよ」
エクスレイドに見守られながら障壁が形作られている最中、突如ドラン・クーが全身をびくりと震わせ、全員声にならない悲鳴を上げた。
「……」
しかしドラン・クーは起きる様子もなく、すやすやと眠り続けている。
「なんだ、ジャーキングか」
寝る時によく起こるアレである。
思わぬハプニングはあったものの、無事に魔術障壁は展開されてドラン・クーを包み込むことに成功した。
「展開完了、このまま輸送を始めてくれ」
『了解』
ケイとパロミデスがアーブトピアを離れるべく移動を開始したその時、誰も予想だにしない出来事が起こった。
『アーブトピアの皆さん! こっんにっちは~! アナタのハートを今日もズッキュン! 多種族アイドルグループのヴェローズでーす!』
魔光掲示板のサプライズ演出がタイミング悪く今流れてしまったのである。
これには身を硬くするどころか全員凍り付き、アイリスは怒髪天の勢いで怒鳴りつけた。
「今宣伝してる場合じゃなかろうがァ‼」
ヴェローズの宣伝よりも大きい声で怒鳴りつけ、近くに居たリヒトとヒオの鼓膜が破壊されそうになる。
「た……隊長ってこんな顔するんだ……」
案の定ドラン・クーの目が徐々に開かれ、大きく伸びをすると同時に魔術障壁を破って地面へ転がった。
「まずい! ソルティア行くぞ!」
リヒトは物影に素早く姿を隠すと、スパークルトランサーにラディアンスジェムを装填してレバーを押し込み、ソルティアと融合してラクスとなるのであった。
ドラン・クーが目覚めた直後、空から優しげな光と共にラクスが現れ、ドラン・クーを前に戦いの構えを取る。
「ラクスが来たぞ!」
「なんか今日早くない?」
ドラン・クーは立ち上がって大きく伸びをすると、眠たそうにしながら口を開けた。
「うぅ……うぉぉぉおおおおんっ!」
ドラン・クーはいきなり口から光線を放ち、それが危うくラクスに命中しそうになる。
「フッ!」
ラクスがアストロイドボムを投げようとしたその時、ドラン・クーが口を押さえて首を振りながら言った。
「おっといかん、やっちまったワン」
「フッ⁉」
「えっ?」
「は?」
「えぇ……」
ドラン・クーが喋った、それもかなり流暢に。
「気を抜くとすぐこれだ、強すぎる力も考え物だワン」
そう言うとドラン・クーはいきなり手を上げ、ラクスも再度構えるが猛烈な勢いで頭を掻いただけで、特に何かをするつもりはなさそうだ。
「ラクスも困惑していますね……」
イーライの言った通りラクスは特に破壊活動を行わないドラン・クーを前に首を傾げており、自分達とラクスの思いは同じかと妙に感心するのだった。
『それでは聞いてください、私達の新曲『星屑ウィンク』です!』
つけっぱなしだった魔光掲示板からヴェローズの新曲が流れた直後、ドラン・クーの首がいきなり真後ろを向いて掲示板へ釘付けになってラクスは再々度構えるも、ここで誰もが予想外の出来事が起きた。
「ンフフフフフフ! ワオ~ン!」
「ドラン・クー……」
「……踊ってる?」
なんと星屑ウィンクに合わせてドラン・クーが踊り出したのだ。
「何この……何?」
「私達何しに来たんだっけ?」
「えっと……えぇ」
「なんだかすごい楽しそうですね」
パロミデス小隊も開いた口が塞がらないといった様子でキャノピー越しにドラン・クーのダンスを見ている事しか出来ない。
「ホォ……」
ラクスはこの事態に頭を抱えたかと思うと、同じく星屑ウィンクに合わせて踊り出した。
「なんでラクスも踊るんだよ」
ラクスの精神世界内部で死んだ魚のような目をしたリヒトがキレッキレの振り付けを披露していると、さすがにソルティアが苦言を呈しに来た。
「あのなリヒト、何も君まで踊る必要はないと思うぞ」
「いやだってさ『踊る阿呆に見る阿呆、それを傍から……』じゃなかった『同じ阿呆なら踊らにゃ損損』って言うからさ、踊っとかないと損だと思って」
「うん……そういうものなのか」
そういうものではない。
ドラン・クーは暫く気持ち良さそうに踊っていたが、ステップの運足に失敗してすっ転んでしまった。
「あでぇ~っ!」
眠りこけ、喋り、踊り、そして転ぶ。
変なモンスターも居たものだとラクスは肩を竦めて首を振ると、ドラン・クーが噛みついてきた。
「やいお前! ミーをバカにしたな!」
「お、なんか噛みついたぞ」
「犬だけに?」
「ていうか一人称ミーなんだ」
ドラン・クーは跳ね上がって立つと、ゆっくりと両手を前に出してから腕を振り回し、中国拳法のような素早い形を披露する。
「おぉ~」
「すごいね、意外」
エクスレイドから拍手が上がり、気持ち良くなったドラン・クーは犬歯を見せて笑う。
「へぇ……こっちも負けてられないな」
「リヒト?」
対するラクスはドラン・クーが披露したものとは異なり、力強く一撃一撃が重そうな打撃を想像させる形を披露して見せた。
「おぉ~、さすがラクスだな」
「なぁ、これ何の勝負だ?」
その後、ラクスとドラン・クーはお互い順番に形を披露し、次第に二人の間には友情にも似た奇妙な絆が生まれ始めた。
「フッフッフ……お前、なかなかやるワンね」
ラクスはお前もなと言わんばかりに頷き、互いに歩み寄って火花を散らす。
「ミーに残るはこの力だけ、どこまで行けるか……試してみたくなったワン!」
もはや空気は一触即発、先程までのふざけた雰囲気は一瞬でどこかに消えてしまった。
「え、何? いきなりバトル?」
「なんか今日は変な日だなァ……」
その数分前の事、不安定なバスティを落ち着かせるべく共に付き添っていたギデオンとレジーは、かなり落ち着いてきてエッグマフィンを頬張るバスティを横目にMQでエクスレイド関連のニュースを漁っていた。
「お、ラクスが出たって」
「ライブ配信やってるかな」
ライブの映像を見ていると、バスティが突如立ち上がり、まるで幽霊でも見たかのような表情を浮かべる。
「バスティ?」
「ドラン……クー?」
「え?」
「ギデオン、ちょっと見せて!」
バスティはギデオンに体を寄せ、ギデオンは思わず骨抜きになりかける。
「ドラン・クー! こんな所に居たのね!」
バスティはギデオンの方を向き、真剣な口調で迫った。
「ここに行きたい!」
「え? どうして? 危ないよ!」
「ここに居る大きな犬は私の友達で大切な家族なの! もしかしたら彼が最後の家族になるかもしれない! 無理言ってるのは分かってるけど……お願い私を連れて行って!」
薄々察してはいたが、バスティには複雑な事情がありそうだ。
「レジー、行こう」
「おう、ドンと来い!」
会計を済ますとカフェを出て、MQに転送機能拡張ユニットを取り付けてホバーバイクを出現させ、申し訳なさそうにレジーの方を振り返る。
「さすがに三人乗りはまずいな」
「ごめんレジー、先に行っとくね」
ギデオンはヘルメットをつけるとバスティにもそれを渡し、ホバーバイクに跨って後ろを指差した。
「捕まってて、安全運転で飛ばす」
「……免許は?」
「取りたて!」
少し不安だったが今頼れるのはギデオンしかいない、バスティはギデオンの後ろに跨ると、腕を彼の腹に回した。
「おおうふ……それでは、出発します」
一台のホバーバイクが軌跡を残しながら、アーブトピアへと向かっていく。
ラクスとドラン・クーはしばらく至近距離で睨み合っていたが、両者距離を取ると互いに拳と拳を合わせた。
「互いに悔いの残らない戦いにするワン」
ラクスも頷き、二人は更に距離を取りながら軽い準備運動をして向かい合う。
「行くぞ」
「ゼッ」
沈黙が一帯を支配し、厳密には十七秒後、ラクスとドラン・クーが同時に走り出した。
その時である。
「ドラン・クー! やめてぇっ!」
互いに仕掛けようとした直後に聞こえてきた少女の声により戦闘は強制中断となり、ラクスとドラン・クーはその場で思い切りずっこけた。
「ああぅ……んん?」
心底不思議そうな顔をしながらドラン・クーが周囲を見回すと、一台のホバーバイクの近くに立つ猫型の獣人の少女の姿を認め、眼球が飛び出さんばかりに見開かれる。
「バスティ!」
「ドラン・クー!」
「生きてたのかワン!」
ドラン・クーはバスティに顔を近付け、大粒の涙を流し始める。
「ギデオン!」
「いや待てウェンディ、大丈夫だ」
涙を流すドラン・クーの鼻をバスティが優しく撫で、バスティの方も顔に宿っていた何処か張り詰めていたものが無くなり、安堵したような柔らかい表情になる。
「良かった……ちょっと妬けるけど」
まるで状況が読み込めないが、なにやら感動の再会を果たしているらしい事はわかる。
エクスレイドと起き上がったラクスは、これは一体何が起こっているんだと互いに首を傾げていると、突如上空に時空の歪みが発生した。
「フッ⁉」
「なんだこれ……位相の穴じゃない! これは帳の穴だ!」
「なんだって?」
ドリーム・ワールドと現実世界は、夢の帳と呼ばれる何層にも重なった膜によって隔たれている。
たった今、その一部に穴が開いているのだ。
「何か来ます!」
イーライがそう言った直後、一体の巨獣がその姿を現した。
「ゼッ!」
その巨獣は地球に住む生物とは大きく乖離した姿をしており、グロテスクかつ奇妙で卑猥、そして何より冒涜的であった。
「なんつー姿だよ……」
「忌まわしいモンスターだ」
「センパイ……あれは……」
「きっと外宇宙から来た奴だ……何でアーブに居るかは分からないけど」
ラクスが身構えるより早くドラン・クーが前に出て巨獣に殴り掛かった。
「ラバノギ! よくもノコノコ現れたな! お前だけはミーが絶対殺すワンッ!」
ドラン・クーは巨獣に拳を叩き込んで後退させるも、腕の先に着いた二つの球状の突起から放たれる光波を浴びて怯んだところ、突起が変化した鞭によって叩き伏せられてしまう。
「ドラン・クー! はっ……」
駆け寄ろうとしたバスティだったが、巨獣を見た途端にまるで戒められたかのように動かなくなり、頭に手を当てて動けなくなってしまった。
「バスティ! 危ないっ!」
「ゼヤッ!」
巨獣がねじくれた角から放った光弾が危うくギデオンとバスティに命中しそうになるが、ラクスが放ったレイストライカーによって事なきを得る。
「どうしたんだよ……そうか、君はあいつに何かされたんだね」
「お父さんと……お母さんが……」
「うん、大丈夫だ、続けて」
「お父さんとお母さんが……あいつにっ……ラバノギにっ……食われたの!」
ギデオンは目を見開くと、自分のMQで姉に通話を掛ける。
「姉ちゃん聞いて! 大変なことが分かった」
『ギ……ギデオン? なによ? どうしたの?』
「昨日の閃光はあのラバノギって奴が関わってる! それに奴はフライトガレオンを襲って乗客を食ったんだ!」
『確かなのね? 奴は人を食うのね?』
「確かだ! 唯一の生き残りのバスティが言うんだから間違いない!」
『わかった、ありがとうギデオン、そのバスティって子、あんたが絶対守ってあげなさいよ』
「わかってるよ! 姉ちゃんも気を付けてよ!」
「全隊員に告ぐ、これより来訪害獣ラバノギの駆除を開始する! ラクスを援護せよ!」
ケイとパロミデスが動き出し、ラクスも構えてラバノギへ攻撃を仕掛ける。
「ゼヤッ!」
ラバノギは腕の鞭を振ってラクスを迎撃したが、ラクスはアストロイドボムを放って鞭を切断し、ボムの軌跡を操作して頭部に命中させる。
「フーリー! ルーバン! 行くわよ!」
「了解! ウオオオオオッ!」
「エクスレイド舐めんなァッ!」
アストロイドボムが炸裂した直後に魔術砲の掃射を喰らったラバノギは怯み、即座に光波を放ってパロミデス目掛けて反撃してきたが、パロミデスは見事な操縦センスを発揮して避け切って見せた。
「遅いぜバケモノ」
「私達に当てようなんて……二万年早いわ」
もう一撃光波をパロミデスに喰らわせようとしたその時、ラクスがタックルをかまして妨害し、レイストライカーを連続で放ち、トドメを刺すべく両拳を胸の前に合わせたその時だった。
「リヒト待て!」
「え? なんだよ」
「透視で見ろ! 奴の胸だ!」
ソルティアの言う通りにしてみると、なんと縮小されたフライトガレオンが胸の中に存在しており、しかも中には生きている者が助けを求めているではないか。
「なっ!」
このまま倒せばフライトガレオンの中に居る人々ごと爆散させてしまう。
「攻撃を止めさせないと!」
次の攻撃に備えていたパロミデスとケイだったが、突如ラクスが割り込んできて猛烈に腕を動かし始めた事で、準備を中断した。
「どうしたラクス?」
「攻撃を止めろ、そう言いたいのか?」
ラクスは頭頂部に手を当て、光の玉をケイに向かって発射すると、ラバノギに向かって構える。
『イーライ、さっきのはなんだ?』
「……映像が送られてきました。これは……ラクスの視点?」
それはラバノギの胸の辺りを透視した映像であり、まだ生きている者が多数いる事に全員驚愕した。
「そうか! ラクスはこれを知ったから!」
「センパイ……ギデオンと一緒に居るバスティという少女の両親もきっとこの中に!」
「どうにかして助け出さないと……隊長! 聞こえますか!」
『聞いていた! 我々が時間を稼ぐから、ラバノギからフライトガレオンを吐き出させる方法を模索してくれ!』
「了解!」
イーライの時間を稼ぐべくパロミデスとラクスは動き出すも、強力な攻撃が出来なくなってしまい、一転苦戦し始める。
「ヌゥワッ!」
ラバノギの両腕から放たれる四つの鞭を回避しつつ、ラクスとパロミデスは何とか足止めを試みるも、あまりに苛烈な攻撃に防戦一方となる。
「まずい、時間がない!」
リヒトとソルティアの魂の融合によって高次元空間から呼び出される無敵の戦闘用肉体ラクスは、三次元宇宙上では数分間しか顕界する事が出来ない。
それ以上を超過するとリヒトの魂がソルティアの魂によって焼尽してしまう。
活動限界時間を示すメテオシンボルが赤く輝く時は近い、危うしラクス。
「イーライを信じるしかない、それまで意地でも耐え抜くんだ!」
その頃イーライは自分の知識をフル活用し、ラバノギの腹の中のフライトガレオンを救い出すための術式を構築していた。
「お……おいイーライ、まだなのか?」
「今やってますからねぇ!」
鬼気迫る表情で空中に浮くホログラム魔術式と睨み合っていたイーライに、ウェンディは何かを察してヴェルクを窘める。
「ヴェルクさん、今のセンパイに話しかけると……」
「でもみんなが……」
「黙ってろ‼」
普段のイーライからは考えられない声量での罵声に、三メートルを超す体躯のヴェルクはすっかり小さくなってしまう。
「フーッ!」
血走った眼で空中のホログラムを動かして、最後にクォーツパッドのボタンを押して転送し、一日分のエネルギーを全て使い切ったイーライはその場に崩れ落ちてしまった。
「完成しました……捕食の際の引き寄せ光波を逆流させる術式です……」
「お、おう! これで行けるか!」
「ただし、口の中に正確に撃ってください! そうでなくては意味がありません」
「分かった、みんな! 頼むぜ!」
パロミデスにも情報が共有された後、ラクスにもスピーカーでこの事が伝えられる。
『ラクス、奴の口を狙いたい。だから隙を作ってくれ!』
「ゼッ!」
ラクスは指先からチェインレイを放ってラバノギを拘束するも、ラバノギは意地でも隙を見せまいと身を捩って抵抗する。
「オオォ……ヌゥ……アァッ!」
パロミデスも抵抗力を弱める為に魔術砲を掃射するも、ラバノギは更に暴れるのみ。
「ギヨワッ!」
ラクスのメテオシンボルが赤く変わったその時、何か巨大な影がラバノギに覆いかぶさった。
「フッ!」
「口を狙うんだろ、ミーも協力するワン!」
なんと先程まで伸びていたドラン・クーが復活し、協力しているではないか。
「ドラン・クーが復活した!」
「フーリー! ルーバン! 分かってるわね!」
「おう!」
「任せてくださいサーリヤ小隊長!」
三機のパロミデスが地面へ潜って穴を掘り、ラバノギの真下の地面を陥没させて自由に動けなくしてしまった。
「ウヲオオオオオオオオオンッ!」
これを好機と見たドラン・クーは足でラバノギにしがみつきながら口に手を突っ込み、渾身の力でこじ開けてケイの方へ向ける。
「今だワン! 撃て!」
「ドラン・クーお前……よっしゃ! 魔術砲発射!」
逆流術式がラバノギの口の中へ照射された数秒後、ラバノギの口から青黒い光線が吐き出され、それに乗ってフライトガレオンが現れた。
「おお! おおお! 生きてた! 生きてたのかワンッ!」
ドラン・クーはフライトガレオンをキャッチすると、安全な場所に置き、ラクスの方へと向かう。
「これで憂いは無くなったワン、行くぞ!」
「ゼッ!」
ラクスとドラン・クーは同時に構えるとラバノギに向けて走り出し、角から放つ光線を避けながら同時に強烈なパンチを放って吹き飛ばした。
「ハァッ!」
「ゼヤッ!」
ラクスの肘打ちとドラン・クーの蹴りが双方から入り、ラバノギは苦悶しつつ鞭で二人の首を絞めつける。
「ガウッ!」
「フッ、ハァッ!」
しかしドラン・クーは鞭を噛み千切り、ラクスは赤きメテオシンボルによって四倍になった膂力で鞭を引き千切った。
「決めるワンッ!」
「ゼッ!」
ラクスは両拳を胸の前で合わせてからリダブライズサークルを展開し、ドラン・クーは口の中に渾身のエネルギーを収束させていく。
「フッ……ゼヤァァァアアアアアアアアアッ!」
「ウゥ……ワオオオオオオオオオオオオンッ!」
スパークルシュートとドラン・クーの口から放つ光線がラバノギを粉砕し、ラクスとドラン・クーは爆発を背にグータッチをするのであった。
「いやぁ……本当に助かりました」
フライトガレオンから救助されたバスティ一家と、人間サイズになったドラン・クーが探査隊とギデオンに向かって頭を下げる。
バスティの一家は外交官であり、イレク=ヴァド国へフライトガレオンで向かう際中に突如ラバノギに襲われてしまい、咄嗟に逃げ出したバスティは無事だったものの、一人アーブを彷徨う羽目になってしまったのが事の顛末だそうだ。
「ミーは皆が死んだと思ってやけ酒してたワン」
ドラン・クーは数百年生きている犬の超能力者にしてバスティの国の番犬であり、今回海外への出張に当たり小型カプセルに入って同行を命じられたという。
だがしかし咄嗟の事で小型カプセルを出すのが遅れ、呑み込まれた直後にカプセルから出されたため、救助する事は叶わなかった。
「またやけ酒してたの?」
ドラン・クーは助けられなかった後悔からアーブの飲み屋を回り、やけ酒によって酩酊して路上で寝ていた所、能力の制御が効かなくなって巨大化してしまい、そこをエクスレイドに見つかって今回の戦いに繋がったのである。
「それで皆さんに迷惑をかけて……すみませんねぇ」
「ごめんなさいだワン……」
「いいんですよ、彼のお陰で奴を倒せた」
照れ臭そうにドラン・クーが笑う中、バスティがギデオンの方に歩み寄って手を取った。
「ギデオン……あなたには本当に助けられた」
「いいやぁ、困ってる人は放っておけないし」
「誰にでも出来ることじゃないよ、本当ならもっと一緒に居たいけど、お父さんとお母さんのお仕事があるから、また今度来た時にアーブを案内して」
「本当に⁉ また来てくれるの?」
バスティは微笑んで頷き、ギデオンの耳元に顔を寄せる。
「うん、これが約束の証」
ギデオンの頬に小さく柔らかいぬくもりが当たり、バスティは頬を染めながら後ろに下がる。
「……ワオ」
「わっ……忘れて! いや約束は忘れちゃダメ!」
思考停止により固まるギデオンと、真っ赤になるバスティを見て皆が微笑ましい気持ちになっていると、ドラン・クーが手を叩いて切り出した。
「そうだ、これだけは言っておかないといかん。いまアーブにラバノギみたいな外宇宙から来た奴が迫ってるワン」
「それは本当ですか?」
「ああ、ミーの感知力がそう言ってる、間違いない。けどあんた達とあの星の戦士なら、きっと乗り越えられるワン! ミー達は応援してるワン」
「そっか……ありがとう」
バスティとドラン・クーに別れを告げた一行は、空の彼方に思いを馳せる。
「外宇宙からの刺客か」
「どんな奴もドンと来いだぜ!」
「私達とラクスは無敵よ!」
リヒトは右の拳を掲げ、ラクスとしてもエクスレイドの一員としても、迫り来る脅威へ打ち勝たんと決意を新たにするのだった。
ドリーム・ワールドの月、その表面で秘かにある戦いが行われていた。
ラバノギの如くグロテスクかつ卑猥で、それでいて冒涜的な姿をしたモンスターが、まるで命乞いするかのような鳴き声を上げるも、その頭は容赦なく一刃の元に潰されてしまった。
「ウウゥ……」
その刃を引き抜いたラクスにも似た巨人は上を向き、ドリーム・ワールドの地球のある一点に意識を向ける。
「ハイポリア……アーブ……」
この巨人は何者なのか、そして一体どのような目的でここに居るのか、物語は新たな局面へ動き出した。
To Be Continued.
分かっていると思いますが、今回はギャグに寄った回です。
元ネタは誰もが知っている童謡なんですが、これ久々に聞いた時「ドラン・クー」という単語が浮かびまして、それを基に話を作ったらこうなっちゃいました。
そして最後のシーンは一体?
という訳で新章開幕、これからもよろしくお願いします。
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ではまた来週お目にかかりましょう!




