第三十四章
光の中に入った途端、視界が真っ白になった。
霧の町に導かれた時と一緒で、視界が真っ白になる。
「朔……」
栞の不安そうな声が聞こえる。
朔は、手を繋いでいる栞を見る。
すぐ横にいる栞の顔が、霧と光で霞んで見える。
それでも、二人は前に歩き続ける。
「大丈夫。もう少しだよ…」
もう少しかどうかは、朔にも、分からなかった。
その言葉は、栞を励ますための言葉ではなく、朔自身を鼓舞するための言葉だった。
栞と帰る。
目を凝らしながら歩いて行くと、前方に霧が薄くなっている部分があった。
朔は、霧の薄くなっている部分を頼りに歩く。
栞も、霧が薄くなっているのに気付いたのか、握っている手に力を込めてくる。
朔も栞の手を握り返す。
薄くなっている霧の中に、山の稜線らしきものが浮かんで見える。
「帰れる……栞……帰れるんだ……」
光が二人を包む。
朔は、眩しさに目を閉じる。
「あ……」
栞が、何かを言いかける。
そして……。
次の瞬間。
朔は、地面に膝をついていた。
荒い息が、喉からこぼれる。
「……は……」
冷たい空気が肺に流れ込む。
湿った土の匂い。
ひぐらしの泣き声が耳に響いた。
霧は――ない。
朔はゆっくり顔を上げる。
周囲を見渡すと、朔は見知らぬ山道にいた。
「栞……」
横を見たが栞の姿はなく、繋いでいた左手は何も握っていなかった。
「栞!……栞!」
朔は栞の名前を呼びながら、山道を探したが栞の姿はなかった。
栞は、霧の中で目を開けた。
いつの間にか、地面に倒れこんでいた。
「……朔……」
立ち上がり、辺りを見る。
先程まで見えていた、山の稜線らしきものは、見えない。
「…朔!」
白い壁の中を、朔の名前を呼びながら歩く。
霧が薄くなると、そこは西通りの橋だった。
栞は帰れなかったことを理解した。
朔は、いない。
栞は、ひとり立ち尽くしていた。
霧の向こうに、朔の姿はもう見えない。
それでも。
もしかしたら。
朔が霧の中から、現れるかもしれない。
もしかしたら。
時間差で霧の町に戻されたのかも知れない。
栞は、しばらく、そこから動かなかった。




