旅館、或巫礼人の場合
「我孫子村、到着です。お忘れ物のなきよう気をつけてお降り下さい」
運転手の声にトランプを古戸さんに返した。
網棚に上げたボストンバッグと、足元に置いた折りたたみ自転車を持ち、運転手に会釈してから降りる。
先に降りたキアノさんの「夏だー!」というはしゃいだ声が聞こえてきた。
景色はそれはもう見事なものだった。
1枚の絵画のようにすら見えるその光景は都会に慣れた私には新鮮で、その村では時間さえも穏やかにゆっくりと過ぎていくような気さえしてくる。
香川はこんな村に一体なんの用で滞在したのだろう。
出張というからには、何かしらの取材で訪れたのだろうが。例のオカルト雑誌に載せるネタでも調べに来たのか?
疲れた様子の彼等に着いて旅館に入った。枯山水の庭が美しい旅館では、旅館の佇まいに似合う、上品な女将が出迎えてくれた。
ロビーは少し低めの温度に調節されており、汗ばんだ体を包み込んで冷やしてくれる。
「お客様方、よくおいでくださいました。私はこの旅館の女将をしております。精一杯おもてなしさせて頂きます」
「こんにちは、綺麗な女将さん。今日からよろしくお願いします」
キーを受け取ったキアノさんが、女将さんの手にキスをした。
わかりやすく狼狽える古戸さんは面白い。外国では普通のことなのでは?と言ってみたが、私自身海外には行ったことがないので、よくわからない。
ロビーで再集合する約束をして、私も女将さんからキーを受け取った。
従業員にボストンバッグだけを渡して、部屋に向かう。
「ちょっと伺いたいのですが、この旅館にはお客様は結構来るのですか?」
「いえ、滅多にいらっしゃいませんよ」
「綺麗な所なのに勿体ないですね」
「なにぶん田舎の村ですから、なかなか」
「なるほど。私達が久しぶりのお客、なんですか?」
「いえ。1.2週間ぶりですね」
「そうですか、この村は何が名産ですか?」
「そうですねぇ……食べ物は美味しいと思います。海の幸でも山の幸でも。今夜のお食事は海の幸を中心にお出しする予定です」
「それはそれは。楽しみにしております」
前に来た客の名前を聞いても、多分答えてくれないし変な目で見られそうなのでやめておいた。
部屋に荷物を置いて従業員は「何かありましたらそちらの電話でお呼びください」と言って下がっていった。
さて、どこから探そうか。
やはり人に聞くのがいちばん早い気がするが、何処かに聞けるような所はあるだろうか。
少なくとも無事帰ったか帰ってないかが分かればさらにそこから足取りを辿れる。
折りたたみ自転車も持ってきたが一応これは火の粉が降りかかった時用なので使わないで済むなら、使わないに越したことはないのだ。
まぁ、念の為に持ち歩くが。
洗面所とトイレの位置だけ確認して再びロビーに戻るも、まだ2人は部屋で過ごしているようでもどって来ていなかった。
腕時計を見ると12時を回った所で、そろそろ体が空腹を訴え始めている。
待っていると旅館に1人女性が入ってきた。これまた、とんでもない美人だった。しかしどこか既視感がある。
こんな美女、一度会っていたら絶対に記憶に残っているはずなのだが。
彼女は私に気が付くと、にこやかに挨拶をしてくれた。
「こんにちは。旅行者の方?」
「はい、そうです」
「何もないところだけど、楽しんでいかれてね」
「貴方……お名前をお伺いしても?」
「私は茉莉子」
「茉莉子さんは村の方ですか?」
「生まれも育ちもこの村よ」
「そうですか。どこかで会ったような気がしたのですが」
「……その台詞は、ナンパとかだったりするのかしら?」
茉莉子さんはケラケラ笑う。
彼女に指摘されて、たしかに今のはナンパっぽい台詞だったと気づいた。
「失礼しました。そんなつもりは……」
「構わないわ。暇だったら村を案内してもよかったのだけどね」
「なにかご予定が?」
「ええ、ごめんなさいね。村を見るなら勝手に見て回っていいと思うわよ。畑を荒らしたら流石に怒られると思うけど」
「そんなことはしませんよ。採れたての野菜を丸齧り、というのは魅力的ではありますがね」
「私もよくやるわ、それ」
「或巫、羨ましい美人と話してるな」
剥き出しの1万円を手に、古戸さんがやってきた。
何故1万円手にしてるんでしょう。
指摘したら複雑そうな表情をして財布にその1万円を閉まっていた。彼はなんのために出したんでしょうか。
頻繁に行われる加筆修正




