ミヨ様、キアノ・プルトーンの場合
ロビーでは、すでに二人が待っていた。
待たせてしまったらしい。
「おまたせ、二人とも」
「おうおう待ったぜ」
「対して待ってませんよ。茉莉子さんとお喋りもできましたし」
話していた女性がこちらを見て、微笑んだ。
随分と綺麗な人だ。けして着飾っているようには見えないのに、その場にいるだけで華やぐ。
日本には立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、という言葉があるらしいがまさにその言葉を体現したような姿をしている。
「私の顔に、なにか?」
「おや、これは失礼、レディ。美しい花が咲いていらしたのでつい……」
「花って私の事? 今年のミヨ様は随分お上手だわ」
ついみてしまった。
気分を害してしまったかもしれない、と慌てて取り繕う。
そんな拙者を彼女はミヨサマ、と聞きなれない名称で呼んだ。
「不勉強で申し訳ありません。ミヨサマ、とは僕の事ですか?」
「ええ、ミヨ様は貴方よ。この時期に訪れる男性1人だけ、必ずミヨ様と呼ばれるの」
「それはわたし達も?」
或巫氏が問えば、茉莉子はNOと首を振った。
「いいえ、ミヨ様は1人なのよ。今年は、その長髪の彼がミヨ様に選ばれた様ね。部屋に鶴があったでしょ?」
鶴? そんなしっかり部屋を見ていなかった。
「それはどうやって決まるものなんですか?」
「適当なんじゃない? 私はどうやって選ばれるかは知らないわ」
ミヨサマ、ミヨ様、みよ様、頭の中で反芻してみる。
しっくり来ない。田舎の風習は色々あるらしい。
「変わったフウシュウですね。しかし様をつけて呼ばれるのは好きではなく、差し支えなければプルトーンとお呼びください」
「そう?じゃあそうするわ。ところで、どこに行くか決めてる?」
全く決めていなかった。
返事のない拙者に彼女は続けた。
「もしお腹が減っているなら、旅館を出て左手の坂を上っていくと天ぷらが美味しい小料理屋があるわ。あと、夜はあまり出歩かない方がいいわよ。街灯がないし。山とかは昆虫採集が出来たりするけど、危ないからあんまり深い所まで入らない方がいいわね。村の人間じゃないと戻って来れなくなるから」
戻って来れないとかそれ何処の迷いの森?コッワ。
テンプラ、いいかもしれない。食べたい。
「ま、夜中の外なんて用事はねぇよな」
「暁氏それフラグ」
「コンビニもねぇのに外に出歩かねぇだろ」
「じゃあ、私は女将に用があるから、そろそろ行くわ」
茉莉子さんの顔が近くなり、頬に柔らかいものが触れ、離れる。
キスされた?と気がついた。
まぁ実家ではよくある挨拶だけども。あれ?日本ではしないっけ?
もしや拙者めっちゃ好意持たれてる?
いやいや、ここで変な態度とったらこのオタク意識しちゃってるプークスクスされるやつ。はい、スルー一択。
「じゃあね、プルトーン」
「ええ、さよなら茉莉子さん」
「あああああああ!!!!!!!」
「なかなか情熱的ですね。私達お邪魔でしたか?」
隣に立ってた暁氏が血を吐きそうな顔でいきなり絶叫し、或巫氏が拙者を茶化した。
「いきなり大声出してどうしたでござるか暁」
「いやいや、なんでもないです。ほんとに……飯、いくか……」
「?」
暁はこんなに情緒不安定な奴だったっけ?
食事処に行く道中も口数が少ない暁に「ほんとに拙者何もしてない?」と聞いたが、「今はホント怒ってないから……さっきは悪かった」と返され、軽く背中をばしばし叩いてきた。
顔は笑っているが、今は?今はって何??
「キアノさん、この世には聞かない方が良いこともあるのですよ。例えば・・・そう、惚れ腫れ物の話など特に」
旅館を出て左手の坂を真っ直ぐ。茉莉子さんの言う通りに進めば、食事処にはすぐに着いた。
村の人らしき人が何人か食事をとっている。
拙者達が中に入ると、厨房から元気よく「いらっしゃい!」という声が聞こえてきた。
席についてメニュー表を見る。カレーうどん、蕎麦、定食系、単品料理。
周りを見るとカウンターテーブルに単品いくつか並べてビールを飲んでいる人もいた。
せっかく茉莉子さんにオススメされたのだから。
季節の天ぷら定食を頼むことにした。
「この、季節の天ぷら定食、をお願いします。ライス少なめで……」
「もっと食えよ。同じので。俺はライス大」
「私は山かけ蕎麦を頼みましょうかね」
「あいよー!ちょっとまっててねー」と厨房から聞こえてきた。
数分後、「出来たよー!ちょっと松ちゃんそこのお客さん運んで!」「あー?またかよ!」「うるせぇ!昼から飲んでんの女房に言いつけんぞ!」と声が聞こえる。
松ちゃん、らしいカウンターの男性が厨房に入っていき、右手にお盆2つ、左手にひとつを器用に抱えて戻ってきた。
「出来たとよ~」
拙者と暁氏の前に天ぷら定食、或巫氏の前に山かけ蕎麦が置かれた。
松ちゃんが一つ一つ指をさして料理の説明をしてくれた。
「んーと、コレがタケノコとーマツタケと〜あとなんだったか。タラとカボチャ、エビの天ぷらだってさ」
「テンプラ!これが、はぁ〜、綺麗なフォルム!
何か、フリットとは違う、とても美しい……
少しぱちぱちという音がするが、揚げてるから?」
スマホを出してパシャパシャと写真を撮る。黄金色をした天ぷらはとても美味しそうだ。
「美味そうだな。いただきます」
「いただきます」
二人に倣って手を合わせた。この命をいただきます、という文化は本当に素晴らしい。
口に入れるとサクと衣が音を立てた。うん、美味しい。
「凄いねぇ、こんな風に揚げる芸術や技術
やっぱり日本すごいよ」
美味しい、が、確か本で読んだ旬とは違うような。
自分の記憶が正しかったか確認するために暁に聞いてみる。
「暁氏、タケノコとかマツタケだっけ。夏が旬?」
「んー、マツタケは秋だしタケノコは春だったような。“季節の天ぷら”ではねぇな」
「じゃあ幸運だったのかな? 季節じゃないものが食べれたし」
「この山かけ蕎麦も自然薯、でしょうかね。とても粘り気があって美味しいです」
美味しい美味しいと舌鼓を打っていると、コックがやってきた。
「どうだいミヨ様。うちは新鮮採れたてしか使わねぇんだ!」
「トレタテ……。このマツタケとかも?」
「おう!全部山で採れたもんだ!毎朝採ってんだぜ」
「自生してるんですか」
「おう! あ、あっちの卓で呼んでるわ。ミヨ様すまねぇな!」
バタバタと去っていった。食事時は忙しいらしい。店員は居ないのかと思ったが、適度にあのカウンターの男性が使われていた。
そこからは、或巫氏が蕎麦を1口くれたり、拙者の天ぷらをシェアしたり。
「さて、どこに行きましょうか」
食べ終わった或巫氏が、パチンと箸を揃えてお盆に置く。
正直何も考えてなかったが、先程コックから聞いたマツタケを見てみたい。
「拙者マツタケとかタケノコがにょきにょき生えてる所みたいでござる」
「お、いいな。山登りか」
「森林浴で癒され効果もありそうですね。都会には緑を感じられるところはありませんし。田舎らしくて良いと思います」
2人とも異論はないようで頷いた。




