ミヨ様、古戸暁の場合
キアノが小走りでやってきた。
三つ編みにした髪がやや乱れているのはベッドでごろついたからだろう。
茉莉子がやってきた“ミヨ様”に微笑むと、キアノは茉莉子をじっと見つめた。
名匠が作った精巧な彫刻のようなキアノの風貌に、神の忖度が働いたとしか思えない美しさを誇る茉莉子が並んだ姿は、俺にはまるで一枚の絵画がそこにあるように見えた。
「私の顔に、なにか?」
「おや、これは失礼、レディ。美しい花が咲いていらしたのでつい……」
「花って私の事? 今年のミヨ様は随分お上手だわ」
口説くな。
もっとも、キアノは誰が相手でもこんなナンパ師のような言葉をさらりと放つのだが。
それによってこの前友達カテゴリにいた女の子がストーカーカテゴリに移行したのをもう忘れたのか。
ゴキブリが出た時以上に泣きながら電話してきたのはついこないだの事だ。
仲良く話している様子を見るに、相性は悪くなさそうだ。
キアノ、茉莉子共に外見だけで言えば嫌う人間なんていそうもないけど。
ミヨ様、という単語をキアノが聞き返せば、茉莉子は答えた。
「いいえ、ミヨ様は1人なのよ。今年は、その長髪の彼がミヨ様に選ばれた様ね。部屋に鶴があったでしょ?」
「それはどうやって決まるものなんですか?」
「適当なんじゃない? 私はどうやって選ばれるかは知らないわ」
俺が選んでますね、はい。
適当じゃないです。だいぶ頭悩ませましたねぇ!
まぁ、ブーツに釣られたのは否めないが。学生に8万のブーツを買うのはなかなか難しいのだ。許せ、キアノ。
「変わったフウシュウですね。しかし様をつけて呼ばれるのは好きではなく、差し支えなければプルトーンとお呼びください」
「そう?じゃあそうするわ。ところで、どこに行くか決めてる?」
悩んだ様子のキアノに、茉莉子は続けた。
「もしお腹が減っているなら、旅館を出て左手の坂を上っていくと天ぷらが美味しい小料理屋があるわ。あと、夜はあまり出歩かない方がいいわよ。街灯がないし。山とかは昆虫採集が出来たりするけど、危ないからあんまり深い所まで入らない方がいいわね。村の人間じゃないと戻って来れなくなるから」
戻って来れない、の言葉にまた記憶が蘇った。
俺がまだこの村にいた頃、山の深い部分に入ることは親から、というより村の大人連中に禁止されていた。
舗装されていない山道は景色が全て同じに見えるから、迷ったらまず戻れないのだ。
それが子供なら、尚更。
度胸試し、と言って深い所まで行った奴が行方不明になり、その日は村の大人総出で捜索隊が組まれた出来事があった。たしか見つかったはずだ。
まぁでも。
「夜中の外なんて用事はねぇよな」
「暁氏それフラグ」
「コンビニもねぇのに外に出歩かねぇだろ」
「じゃあ、私は女将に用があるから、そろそろ行くわ」
茉莉子がキアノに1歩近づき、背伸びをする。
そのままキアノの頬にキスを、した。
「じゃあね、プルトーン」
「ええ、さよなら茉莉子さん」
慣れっこ、とばかりににこやかにスルーするキアノに俺は絶叫した。クソが。
「あああああああ!!!!!!!」
またクソデカ感情に襲われた。
きっと血を吐きそうな顔をしていたと思う。
「なかなか情熱的ですね。私達お邪魔でしたか?」
茶化す或巫の声が遠くで聞こえる。実際は真隣だったんだけども。
食事処に行く道中も口数が少ない俺に「ほんとに拙者何もしてない?」と聞いてきた。
「今はホント怒ってないから……さっきは悪かった」と返し、軽く背中をばしばし叩いておいた。
「キアノさん、この世には聞かない方が良いこともあるのですよ。例えば・・・そう、惚れ腫れ物の話など特に」
「惚れてねぇし腫れてねぇよ」
「おや、失礼」
食事処は、何度か足を運んだ所だった。
キッチンで料理していたおっさんが小さく手を上げたので、俺も軽く会釈する。
席について端っこがやや茶色くなったメニュー表を見る。カレーうどん、蕎麦、定食……。
キアノはキラキラとメニュー表を見ていたが、オススメされた天ぷらに決めたらしい。
或巫は山かけそばを頼んだ。
俺もキアノに合わせて天ぷら定食を頼む。
数分後、カウンターの人間が使われて料理が運ばれてくる。
俺と暁の前に天ぷら定食、或巫の前に山かけ蕎麦が置かれた。
「んーと、コレがタケノコとーマツタケと〜あとなんだったか。タラとカボチャ、エビの天ぷらだってさ」
運ばれてきた料理をキアノはパシャパシャとカメラで撮っていた。
冷めるぞ、と言いたいが、旅行に来たらこれもまぁ楽しみなのだろう。
或巫は普通に箸を取り、手を合わせて「いただきます」と言って食べ始めた。
俺も手を合わせ、食べ始める。つゆで浸して食べるのも美味いが、塩も美味い。
夢中で食べ進めていたキアノが途中ではたと箸を止めて不思議そうな顔をして俺に聞いてきた。
「暁氏、タケノコとかマツタケだっけ。夏が旬?」
どうだったか。
「んー、マツタケは秋だしタケノコは春だったような。“季節の天ぷら”ではねぇな」
「合ってますよ。この山かけ蕎麦も自然薯、でしょうかね。とても粘り気があって美味しいです」
高いもん使ってんなぁ。
「どうだいミヨ様。うちは新鮮採れたてしか使わねぇんだ!」
「トレタテ……。このマツタケとかも?」
「おう!全部山で採れたもんだ!毎朝採ってんだぜ」
「自生してるんですか」
おーい、という声が奥テーブルで聞こえて、まだ聞きたそうなキアノに謝り、バタバタと去っていった。食事時は忙しい。カウンターに座った人を適度に使いつつ営業するのには、村の親しみを感じた。
そこからは、或巫が蕎麦を1口ずつくれたり、拙者の天ぷらをシェアしたりして完食した。
「さて、どこに行きましょうか」
食べ終わった或巫が、パチンと箸を揃えてお盆に置く。
食べてる最中も思ったが、食べ方といい箸の持ち方といい、上品に食べる奴だな。
山かけ蕎麦の皿には麺の1本さえ残ってない。
「拙者マツタケとかタケノコがにょきにょき生えてる所みたいでござる」
「お、いいな。山登りか」
「森林浴で癒され効果もありそうですね。都会には緑を感じられるところはありませんし。田舎らしくて良いと思います」
同調した俺達にキアノはマッツタケ、マッツタケ、と変な歌を歌っていた。
クトゥルフ要素が息してない。




