旅館、キアノ・プルトーンの場合
「我孫子村、到着です。お忘れ物のなきよう気をつけてお降り下さい」
車掌の声で揃ってトランプの手を止める。
トランプに熱中していたが、もう2時間経っていたらしい。
大きな建物の前でバスは停車した。
網棚に上げた荷物を回収し、運転手にお礼を言ってからバスを降りる。
飛び込んできた風景に、うわぁ、と感嘆の声を上げた。
燃えるような山の木々、微かに香る土の匂いはどこか懐かしいような気持ちにさせられる。空は都会よりもずっと鮮やかな青で、首元を心地よい風が抜けていった。太陽に反射してキラキラと輝く透明度の高い海、ミンミンゼミの声。
2時間バスに揺られただけでこれほどまでに風景が違うのか、と驚愕した。
な、な、な。
「夏でござる!!」
「夏だよ」
「夏ですねぇ」
あとから降りてきた暁氏と或巫氏も「おお」と感嘆の声を上げていた。
深呼吸するとこれがクウキガウマイ、というやつなのか、空気が澄んでいる気がする。
「暁氏、なんか涼しいでござる」
「そりゃアスファルトの照り返しとか、風を遮るものがないからな。たまにはいいな、田舎も」
「いやぁオンセンが楽しみでござる!期待値上昇するぅ〜!」
「俺はキアノが温泉に興味があったのは意外だった」
「元より日本文化には興味津々ですぞ~。……あー、臀が痛いでござる」
情けない話ではあるが全体的に脂肪がないので骨にダイレクトアタックなのだ。
「ずっと座っていましたからね。私も少し疲れました」
「そうだな、早いとこチェックインするか」
「賛成でござる……」
「お気を確かに。ほら、旅館は入口はすぐそこですよ」
或巫氏の指さす先には「花咲亭」と書かれている旅館の看板が立っている。
なるほど、この建物は旅館だったのか。
立派な門を越えれば、庭が目に入った。
鮮やかな緑を抱く立派な木に水に見立てた白い石が敷き詰められている。バランス良く配置された大きめの石は存在感抜群。
こだわりを感じさせるカレサンスイから既に日本の心が見える様な庭園だった。
入口をくぐるとキモノ姿の女性がにこやかに話しかけてきた。
年齢は40歳前後で、目元の笑い皺が可愛らしい綺麗な人である。
無意識に拙者は背筋を伸ばし、外行きの喋り方に変わる。
昔からの癖だ。或巫氏のように不意打ちでなければしっかり話せる。
「お客様方、よくおいでくださいました。私はこの旅館の女将をしております。精一杯おもてなしさせて頂きます」
「こんにちは、綺麗な女将さん。今日からよろしくお願いします」
「いえいえ、お荷物お運びしましょうか?」
女将さんは上品に笑うと、荷物を預かろうとしてくれたが、「いくら疲れていても女性に荷物持ちなどさせられないので」とそれを断った。
「早速で申し訳ないのですがお部屋に案内をお願いしてもよろしいですか? 長旅に疲れてしまいまして」
「左様でございますか。では、こちらプルトーン様にご用意したお部屋の鍵になります」
「ありがとうございます。女将さん」
手を取って感謝の印に手の甲にキスをする。
「おま、おまおま、外国人コミュニケーションやべぇ」
「おや暁、僕は何か間違いをしてしまったかな? レディに失礼をしてしまったかな?」
「古戸さん、これもきっと海外、伊太利亜では普通の事なのではないですか?」
そうかよ、と暁が何かブツブツと言っているが、聞き取れない。
女将さんはニコニコと笑って他の従業員を呼ぶと、僕を部屋に案内するように指示を出した。
「男性であればお荷物持っても差し支えないでしょう? 大変お疲れの様子ですので」
「あああ、助かります……」
この女将さんはエスパーか? 従業員の男性に荷物を渡す。
「あ、ロビーで待ち合わせな! 良かったら或巫も一緒に村回ろうぜ」
「おや、いいですか?」
「拙者は大歓迎でござる。或巫氏面白いし」
「では、ロビーで、また」
「じゃあ先に部屋荷物置いてくるでござる~」
従業員の先導で部屋に向かい、鍵を開けて荷物を運び込んでもらい、従業員が礼をして去る。拙者は同時にベッドに沈んだ。
「あああ、久々に知らない人と喋ったぁぁぁぁ対人スキル使用可能にしといてよかったぁぁ。つっかれたぁぁぁ!」
或巫氏はゲームがあったから打ち解けられたが、何も無いと緊張する。
しかも拙者は店員に顔を覚えられたら二度とその店に行かないタイプの人間なの!
10分ほど無に帰り、のそりと起き上がる。
イカン。寝落ちしそうだった。
横になりたすぎてさっきはベッドしか見てなかったけど、部屋を改めて見る。
ベッドはクイーンサイズ。広いソファーに大きなテーブルは壁紙の雰囲気に似合う物が選んであり、壁には品の良い絵画が飾ってある。
窓際のカーテンを引くと、大海原が目の前いっぱいに広がった。きっと朝焼けはさぞかし美しく見えるだろう。
ついでに冷蔵庫の中身をチェックすると、「welcome」と書かれたリボンのついた瓶になにか液体が入っていた。
持ち上げてラベルを見ると、オレンジジュースのようで、そこには濃縮還元、の文字がなかった。
1本1000円くらいするお高いやつだこれ。
「おいくら万円のお部屋でござるかこれ」
またもガチャ何回分?と考えそうになったので、さすがに無粋な気がしたので、思考回路をシャットアウトした。
だいぶゆっくりしてしまった。
もしかして2人を待たせてしまったかもしれないと、急いで財布とスマホを持って部屋を出た。




