出発、古戸暁の場合
出発、古戸暁の場合
祭りの当日、祭り前日、そしてさらにその前日で2泊3日を旅行日程に設定した。
キアノの存在が必要なのは祭りの夜の晩だけになるが、俺自身ゆっくり遊びたかったのと、来てくれるからには俺の生まれた場所を楽しんで欲しい、という気持ちからだった。
出発の前日、俺はキアノに電話をかけた。呼出音は奴の好きな推しのキャラソンらしい。
内容は持ち物とか望ましい格好とか、待ち合わせ時間とか、レジャーだし、スニーカーで来いよ、というような事を言った。
また明日、と電話を切る。
ポチッたブーツは今日の夕方に届いた。
本心では旅行で履きたいところだったが、記憶の中の我孫子村は道が土の所が多いマジのド田舎の村なので、汚れるのは必至だ。スマホの写真に収めてSNSに上げるに留めておいた。いくつか学内の友人からいいね!がつくのを見て顔が綻ぶ。
「にしても久々だな……」
最後に我孫子村に行ったのは6年前の当時の旅館の女将が亡くなった葬儀の時以来になる。
時に優しく時に厳しかった村長、いつもお菓子をくれた杉浦の爺ちゃん、旅館の若女将さんいや、今はもう女将さんか。
その時も慌ただしかったので、挨拶もそこそこでゆっくり話す事は出来なかった。
実質村で思いっきり遊ぶとなると、10歳に引っ越して以来になるかもしれない。
記憶の中の我孫子村は随分とぼんやりしていて、どこに何があったか、というのもほとんど覚えていない。何があったかなぁ、あ、そういえばあいつ元気かな。幼なじみの……と思いを馳せていると、スマホが振動した。
画面に映し出された「茉莉子」という表示に心臓が跳ねる。
丁度今考えていた幼なじみからの着信にスマホを取り落としそうになりながら通話ボタンをタップする。
「茉莉子!?」
「こんばんは、暁。ごめんね。寝てた?」
スマホのスピーカーから若干ハスキーの大人っぽい声が聞こえてくる。実際2歳年下の20歳だから、大人ではある訳だが。
茉莉子はずっと可愛い印象がある。きっと今はもっと洗練された女性に成長しているのだろうと思った。
「まだ10時だぞ! 起きてた!」
「そう? ほら、田舎の夜は早いから」
「そ、そっか」
「今年は暁が連れてくるのね。びっくりしたわ。久々に会えるの楽しみ。ミヨ様も……キアノって名前だったかしら? 写真見たけど、かっこいい人」
「あー、俺が知る奴の中で1番イケメン。ギリシャの交換留学生でさー。超遠い血が入るな」
「ふふ、そうね。そういえば、聞いた?」
「あ? なにが?」
「今年の巫女、私なのよ。キアノ君とベッドを共にする相手」
「……あー、そっか、うん。頑張れよ」
一瞬言葉が詰まった。不自然になってないだろうか。
茉莉子もそれなりの年齢になっているだろうし、予想はしていたが……幼なじみが巫女はやっぱりちょっと来るものがある。
「ええ! お勤め果たさないとね。村に来てる時は他人のフリをするけど、許してね。事情が事情だし、村出身だとキアノ君にバレたら角が立つでしょ?」
「わかってる」
「じゃあ、おやすみ。話せてよかった。会えるの楽しみにしてるわ」
「俺も。おやすみ」
電話を切って、俺は枕を顔に当てて叫んだ。
訂正する。やっぱり幼なじみが自分の連れとセックスするってのは精神的にちょっと所ではなく来るものがあった。
いや別に悲しいとかそういうのじゃないし、付き合ってた訳では無いし、別に恋愛的な意味で好きだった訳では無いけど。けど!!
謎のクソデカ感情から冷静になるのに実に数分を要した。
「はぁ……寝よ」
そのまま寝る体勢に入った。
21度では暑く感じたのでエアコンの設定温度の18度にして寝た。
夜中寒くて1度起きた。
起床時刻は朝7時。
目覚ましアラームにセットした音楽は好きだったはずの曲だが、不思議とアラームにセットするとその曲がドンドン嫌いになっていく。
まだベッドと離れたくない気持ちを引き裂く音だから、だろうか?
起き上がり軽く首を回すと固まっていた体が解されて背中と首でポキポキと音が鳴る。
シャワーを浴びてリビングに行くと、父親と母親が朝食を食べていた。
おはよう、と声をかけてコーヒーメーカーのスイッチを入れて、トーストを齧る。既に着いていたテレビからは芸能人が結婚発表したとか、最近世間を騒がせている謎の連続変死体事件に被害者がまた出たとかそういったニュースが流れてきた。
お天気コーナーに変わり、週間の天気では全て晴れマーク。旅行では天気の心配はなさそうで一安心だ。
「今日からだったな」
「おう」
「しっかりやれよ」
「しっかりやるのは連れだけどな」
父親との会話に母親は苦笑していた。
笑い事ではない。
8時半になったので旅行バッグを掴んで家を出た。
早く出過ぎたかもしれない。8時45分頃に着いてしまい手持ち無沙汰にSNSでもチェックするか、とスマホを開いた時ちょうどキアノから今から出る、と電話がかかってきた。
もういるぞ、と言えば、焦った様子で電話口からバタバタと音が聞こえてきた。
焦らなくてもバス出発は9時半だから、と言う前に電話はプッと切られてしまった。なんだかんだ律儀なのでおそらくは全力疾走で来るつもりだろうが、普段引きこもりのあいつに走れるのか?
俺でさえ大学に入ってから明らかに運動量が減ってるのに。
そして、9時丁度、足をプルプルさせて額に髪を貼り付けたキアノが目の前で蹲っていた。
いや、ほんと、別に焦らなくても良かったのに。
しかししんどそうな顔も絵になるなチクショウ。理由は無いが殴りたくなった。
同乗者、という人物に関しては何も聞いていない。
そもそも我孫子村はド田舎だし、滅多に外の人間が入らない村だ。だからこそ祭りの前日で人を連れていく役目が必要なわけで。
キアノと雑談をしていると、「すみません」とキアノの肩に手が置かれた。
「ビャア!!!!」
とキアノはおおよそ人間が出してはいけない声を上げて飛び上がる。面と向かってなら対応出来る筈だが、不意打ちのこういうのにこいつは本当に弱い。
なんすか、と代わりに対応すれば、我孫子村の同乗者の人だったらしい。
「すみません、驚かせてしまったようで」
或巫礼人と名乗ったその男は紳士然とした態度でこんなクソ暑いのにかっちりとした服装をしていた。ボストンバッグの他に何か大荷物を抱えている。
「随分荷物多いっすね」
「ああ、これは折りたたみ自転車です。田舎道を走ったら気持ちいいかな、と思いまして」
「趣味なんです?」
「ええ、まぁ」
時折キアノにも話題を振りながら、バスを待つ。
25分頃にバスがやってきた。マイクロバスより小さいミニバス。
しかし中はそれなりに広い。
バッグの中に持ってきたトランプに誘えば、或巫はお言葉に甘えて、と乗ってきた。
1番負けたのは俺だった。
まぁ、楽しかったので良しとする。
煽ってくるキアノを理由は無いが、殴りたくなった。
書ききりたい!




