出発、キアノ・プルトーンの場合
出発の前日、暁氏から電話がかかってきた。
内容は明日の持ち物やら学校やら確認で、
靴はスニーカーにしておけとか。お菓子はこっちで買ったとか。他にも旅館の手配から色々やってくれたらしい。
ママと呼びそうになった。
「じゃあ明日の9時に駅集合。旅館のバスが来てくれて、そっから2時間山道を揺られて我孫子村に到着な」
「何から何まで助かるでござる〜」
「こっちが誘ったんだから、気にすんな。じゃあまた明日。おやすみ」
嫌味なくそう言い電話を切る暁氏に、こういう所がモテる秘訣なんだろうな、と思う。
学内でも女の子達がよく彼の話をしている場面に出くわす。僕の周りに集まってくる女の子の口からも飛び出す事もしょっちゅうだ。
優しくて頼れるし社交的。おまけに男前、ときたもんだ。そりゃモテる。
しかも陽の健康な女の子達にモテる。
僕だって自分の顔はそれなりにいいとは思ってる。
でも何故か僕の周りに集まってくる女の子は、何故か闇のクソデカ感情持ちが多い。
直近では佐藤姫織という友達がストーカーに進化した。遠目で見てるだけだし、と放置していたら昨日ついに部屋の中に侵入していた。なんでだよ。距離詰めるの早すぎだろ。キッチンでゴキブリを見た時より叫んだ。そのまま通報した。彼女は警察にドナドナされて行った。拙者は鍵を変えた。
キッチンに用意されていた肉じゃがはお腹が減っていたので食べた。美味しかった。
「さて、と」
課題の山に目を移す。
やっぱりやる気はご臨終のままだった。
息を吹き返すことは無い。きっと暑いからだ。こんな暑くて脳も溶けそうなのにさらに脳を動かしたら死に直結するのだ。
パソコンだって熱くなりすぎたら壊れるだろう。
冷やす手段のエアコンは買えないし、ブルーレイの初版限定特典は絶対なのだ。
ヤケイシニギョウスイ、夜になってドライヤーから本来の用途として使えるようになった熱風掻き混ぜ機のスイッチを入れる。
そういえば、今日はいいことがあったことをはたと思い出す。
昼間に掃除をしてたら昔どこかに落としたと思われていた5万円が入っていた。
そして5人のユキチフクザワを生贄に5つのリンゴのカードを召喚し、推しPUガチャに突っ込んだ。実質無料でガチャが引けるとは神では?
ベッドに横になり、ログインボーナス回収に勤しむ。
あれ?もしやあの金で中古エアコン買えたのでは?
「あづいでござる……」
選択肢をミスった?
いや、PUの推し引けたし何も問題は無かった!
暑さに寝返りを何度も繰り返しながら僕は眠りに落ちていった。
深夜、蒸し暑さで何度も起きた。
「お兄ちゃん起きて!お兄ちゃん起きて!」
可愛い我が妹(強めの幻覚)の声で目を覚ます。
寝ぼけ眼でオニイチャン!と喋る妹を確認すると時刻は8時。
意識は瞬時に浮上し、飛び起きる。
寝汗をかいた為シャワーを浴びて髪を生乾きのまま三つ編みにして脇に垂らす。
どうせ暑いから乾く!
オタTでは無いシンプルなTシャツに、すぐに赤くなる肌が日焼けしないよう日差し避けのパーカーを羽織る。
靴は革靴ではなく暁氏に言われたように動きやすいスニーカー。左手に昨日まとめた旅行用の荷物を持った。
家を出る前に、暁氏に電話をかける。
ちなみにキャッチーな呼び出しメロディーはファニーと言うアーティストの曲らしい。僕のメリーだったかジョンだったか、という記憶はかすりもしていなかった。
「今から家出るでござる」
「俺もう着いてるけど」
「ファ!? マ!?」
「マジ。あと15分で9時だぞ」
「走るでござる!」
「お前走れるの?」
「やれば出来るでござるよ」
結果的に言えばやれた。
時間ピッタリの到着だったが、足は久々の全力疾走でほぼ子鹿だった。
「まぁ迎えのバスは9時半出発だから、急ぐ必要はなかったんだけどな」
「早く言ってくだされ……」
しゃがんで息を整える。
暁氏の言う前に切っただろ、という声が頭の上で聞こえた。
「大丈夫か?」
「大丈夫でござる」
「お、よかったよかった。一人同乗するらしいんだけど」
「そういえば、いってたでござるな……どんな人?」
「いや知らねぇ」
「も〜~~」
「すみません」
「ビャア!!!!」
声をかけられると同時に、肩に手が置かれて、おおよそ人間が出してはいけない声が出てしまった。
振り返ると、拙者の声にビックリしたのか目を丸くして困ったような表情を浮かべる男性がたっていた。
なんでしょうか?お困りですか?なんでも聞いてください。
と心の中ではスマートに。現実では突然のことに反応しきれずにいると、暁氏が助け舟を出してくれた。
「なんすか?」
「すみません、驚かせてしまったようで。我孫子村、に向かうバスはこちらで宜しいでしょうか?」
「あ、同乗する人すか。合ってます」
「ええそうです。ありがとう」
「旅行すか?」
「そんなところです。最近暑いので、避暑のために」
「っすよねー。俺らもそんな感じなんすよ。あ、俺古戸暁って言います。こっちはキアノ」
「或巫礼人です」
「アルフレート?」
「或巫、が苗字です。日本人ですよ」
待って待って暁氏?なんでそんなにフランクなの?コミュ力鬼か?
そうして雑談15分。暁氏は会話の鬼だった。
適度にこっちにも話題を振ってくれて、気まずい時間を過ごさずに済んだ。
そうこうしているうちに、ミニバスが拙者達の前に止まった。
運転席から中年の小太り、しかし清潔感のある運転手が降りてきた。
「お待たせしました、古戸様、プルトーン様、或巫様でいらっしゃいますか?」
と運転手の問いに全員が頷くと、彼は後部の扉を開けて席に促す。
「もし良かったら、バスの中でトランプしません?」
「いいですけど、私結構強いですよ」
「いやいや、ゲームだったらコイツがやべーっすよ!」
そう言って暁氏は拙者の背中を叩いた。
「へえ、そうなんですか?」
「ま、まぁ、それなりには」
「では、お言葉に甘えて」
大富豪、ババ抜き、ジジ抜き。
2時間もあればそれなりの数をプレイ出来たが、1番勝利数が多いのは拙者であった。
「いやぁやってる数が違いますわー」
「やっぱ強えな」
「お強いですねキアノさん」
或巫氏もそれなりに強かったので、負け数が多いのは当然暁氏、となった。
我孫子村に着く頃には、自分の得意な事で交流することも出来たという理由もあって、すっかり或巫氏と打ち解ける事ができた。
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