ある夏の日、古戸暁の場合
「ヨシッ!」と送られた猫スタンプを見て、何が「ヨシッ!」なんだと思った。
山積みの課題、無駄に顔面がいいせいで度々ストーカーされている友人。オマケにエアコンもご臨終。何も良くはないだろうに。
とはいえ、俺も課題に追われているのは同じなわけで。
だがどうにも手をつける気にならないのは暑さのせいか。きっと暑さのせいだ。
キアノの部屋とは違って俺の部屋はエアコンガンガン21度だが。
この前母親に「電気代が1万上がった」と怒られた気がしたがきっとそれは気の所為だと思う。
俺はスマホの中に登録されている我孫子村の旅館、「花咲亭」に電話をかけた。
「はい、こちら花咲亭でございます」
「こんにちは、暁……あ、古戸です。お久しぶりです」
「あら! あらあらあら!! 暁くん? 久し振りねぇ!」
女将さんの驚いた声が聞こえてきた。
「今年のミヨ様が決まったのでその連絡を」
「あら? お父さんじゃないの?」
「父は今年は仕事が忙しいらしくて。いい頃合だし、お前今年はやれ、と言われたんで」
「あらぁ~」
「ミヨ様の写真は後で送っておきます」
「わかったわ〜。今年は暁君に会えるのね! 嬉しいわ~最後に会ったのは6年前かしら? 懐かしいわ〜おばちゃんも老けるわけだわ」
あ、これは……。
長くなる気配を察知した。
「あ、すいません。俺今ちょっとこれから出掛けないといけなくて。この辺で」
「あらそうなの? ごめんね〜! じゃあ待ってるわね!」
「はい」
ピ、と電話を切る。
俺がキアノを村に誘った事情は、数日前の父親との会話が原因だった。
「お前、今年村に帰れるか」
「は?」
俺はジャケットを母に渡している父親から投げられた言葉に間抜けな声を上げた。
「なんで? なんで俺?」
「そろそろお前も社会人だろ。お父さんは今年仕事忙しくてな」
「嫌に決まってんだろ! 普通に帰るならまだしも!」
「なんも難しいことねぇよ。男連れて村に行って帰ってくるだけだし」
「誰が好き好んで連れをセックスさせに連れてくんだよ!」
地団駄を踏みたい気分だった。
俺は我孫子村出身だ。
我孫子村には、『祭りの前の晩村人と村の外の人間が閨を共にし、子を成す』という風習が残っている。
辺境の村だし血を濃くしない為の策だったと言われるが、俺からしたら時代錯誤も甚だしい。
また、その外の人間は村を存続させる有り難い存在として『ミヨ様』と呼ばれ、丁重に歓迎されるらしい。
なんでまだ残ってんだこんな風習。
古戸家はその「血を入れる人間」の選別を担っているらしい。去年までは父親がやっていた。
いつかは自分もやるんだろうなー。と思っていたが、せいぜい父親が死ぬまではやらねぇだろ。と思っていた。
しかしコレだ。
俺の交友関係は大学が主だ。
「子供の認知は要らねぇから、ちょっと俺の出身の村の女と生セックスしてくれね?」なんて大学の友達に言ったらドン引きは必至。
大学生の口は軽い。偏見ではない。
俺もそうだ。面白そうな話があればどんどん広がる。
結果どうなるか、なんて容易に想像がついてしまう。
友達無くす。それどころか俺の残り少ない大学生活が終わる。
その状態を想像した俺がやる事としてはーー当然全力で拒否した。
嫌だ、行け、嫌だ、行け。押し問答を繰り返すも虚しく、俺は諦めた。
欲しがってたブランドのブーツ買ってやる、と言われれば首を縦に振るしかない。
さてそうなったら、問題は誰を連れて行くか、だった。
佐藤、いやあいつは口が軽すぎる。
真鍋、いやあいつは女だろ、違う違う、連れて行くのは男だ。
宮崎、いや、女に耐性なさそうだし、あいつは童貞だって言ってたっけ……。
結果俺が選んだのはキアノ・プルトーンだった。
あいつは顔が良いし、そんな話は聞いたことないけどそれなりに彼女も出来てるだろうし、学内の様子を見るに女にも慣れてそうに見える。
ベッドでも上手くやってくれるだろうし、1人や2人経験人数が増えた所でなんともない、気がする。
セックスしてくれ!なんて事を言えば断られるだろうから言わない。
まぁ年頃の男なんて木の股にも突っ込む生き物。って昔から言うし。なし崩し的になれば乗ってくれるだろ。と思い適当に誘ったら誘いをOKしてくれた大親友キアノ。ありがとう。
怒るとしても優しいから小言で済むはず。
帰ってきたら、あいつの好きなコカ・コーラを箱買いしてやろう。
心の中でもう一度感謝をしてから、俺はブランドブーツの公式サイトで欲しかったブーツよりも2万円ほど高い1番グレードの高い10万円の物をお買い物カゴに入れ、決済を押した。
親がクレジットの明細を見て「この支払いは何!?」と聞いてきたら。
だってお父さんが買ってくれるって言ったもん。
と答える事にする。




