ある夏の日 キアノ・プルトーンの場合
「旅行に行かないか?」
茹だる暑い日、就活やら卒論やら、僕を最近付け回してるストーカーやら。
拙者、キアノ・プルトーンはありとあらゆる考えたくない事から目を逸らし録画したアイドルアニメ『あいむすたー!』2期の鑑賞に精を出していた。
画面では推しの七世祈ちゃんが歌いながらこちらに笑顔を向けている。
長い髪が肌に張り付くのが気持ち悪い。汗が滝のように流れる。
1週間ほど前にこの猛暑に白旗を上げ拙者を裏切ってうんともすんとも言わなくなったエアコンは自力修理を早々に諦め、猛暑の中、中古屋に走り扇風機を買った。
一抹の期待込めて中古エアコンも見たけど、高かった。これガチャ何回分?と考えるとどうしても手が出なかった。
しかし月末にでるブルーレイBOXは買う。絶対だ。
現在のライフラインは1台の扇風機と冷蔵庫に買い溜めしているコカ・コーラだ。
コカ・コーラは最高の発明だと思う。大好きです。
課題締切間近はMonsterに浮気するけど。
冷蔵庫ではキンキンに冷えていたはずのコーラも半分を飲んだあたりで既にぬるくなってしまっている。
温度計の針を睨むように見れば、室内温度は34度を差していた。
拙者が買った3990円の扇風機はドライヤーにジョブチェンジしたらしい。
殴るようにしてイヤイヤと首を振る扇風機を止めた。
電気代など考えていなさそうな実家住まいの友人の家に転がり込むか、とも考えたが、推しアニメはこだわって買った60インチのテレビで見たい。
暑さよりも推しへの愛は熱い。今日も嫁は尊いのだ。
うーん、てぇてぇ。
カンワキュウダイ。
拙者のスマホに、一通のメッセージが届いた。
ソシャゲ通知が山ほど溜まっているロック画面。1番上のメッセージアプリの「新着通知があります」をタップすると、親友――先程転がり込むかと画策していた相手の古戸暁からのようだ。
彼との会話の最後は2日前。ソシャゲのクソみたいな排出率について(拙者がほぼ一方的に)語りあった。ガチャ爆死の怒りに任せた連投に対しやや素っ気ない彼の返事。
なんだかんだ付き合ってくれるので、暁は優しいと思う。
「旅行……?」
唐突なその誘いに、首を傾げる。
彼も拙者と同じで課題の山と格闘してるのでは……?
電話した方が早いだろう、と通話をタップした。
設定された世間で流行りのサリーだかマリーだかジャックだかのよくわからないアーティストの呼出音。キャッチーな前奏が終わり、歌詞に入るか入らないか、位の時に暁の明るい声が聞こえてきた。
「よう!」
「あの、旅行とは……?」
「ほら、俺達大学最後だろ?これからもっと忙しくなるし、旅行行かね?」
「は、はぁ……課題は…」
「おっとその話はやめるんだ。せっかくだからさ!あんまり行かないとこ行こうぜ。童心に還ろう…マジで」
「良いでござるが……どこに行くの?」
「URL送っとくから見といてくれ!秘境温泉のド田舎!安いし、旅館も綺麗っぽいし、山の散策とか海で泳いだりとかしね?都会は暑いしさぁ。田舎って涼しいって言うだろ」
「あい了解」
電話を切ると、直ぐにURLが送られてきた。
シンプルな白背景に、フリーイラストがいくつかと、写真がぺたぺた。
個人ホームページの方がまだ華やかだな、と思いながらスクロールする。
村の名前は、我孫子村。ふむふむ。
人口100人ちょっと。旅館は1軒だけ。旅館のページを見ると、なるほど確かに安いなあ。そういえば、旅行と言えばいつも見るところに困らないようなメジャーな場所だったな。
たまには都会を忘れて、こんなのもありかもしれない。
スクロールをして行くと、ひとつの単語で僕の腹は完全に決まった。
オンセン!
僕の中で日本の誇る物ベスト10くらいには入る。
山になっている課題を見ないようにしながら、僕は暁に「ヨシッ!」と書かれた看板を持った猫のスタンプを送った。
いや、何がヨシッなのか。何もヨシッではないんだけど。
課題に目なんてあるわけないのに、何故か視線を感じた気がした。
いや、これストーカーだわ。




