3話 紫蘭
お嬢さんと若頭が出合い数か月がたった頃、お嬢さんが実家に帰りたいと言い出した。
「大事な物を取りに行きたい。」
その切なる願いに、若頭も折れざる得なかったのか実家行を許可して、手厚い送迎を行ったと部下の者たちからも聞かされることになった。
「はよ、帰ってこうへんかなぁ。もう会いたいわ。」
「3日間だけですよ。きっと、3日後にはすぐ帰ってきて、若頭にまた笑顔振りまいてくれます。」
見送りをして屋敷に返ってきた京極彰は項垂れながら、お嬢さんがいないことを嘆き、そして「愛らしかった。」と惚気てくる。
そんな、京極彰を落ち着かせるよう、るりの好きな玉露のお茶と茶菓子を差し出す。
「私も、お嬢さんが帰ってきたら、特別なお食事をご用意しませんとね。」
ここ数か月で増えてしまった、二人の好物をメモしたノートをぺらりとめくる。
「田中は、ほんま、几帳面やなぁ。」
ノートをめくる田中を横に、京極彰は残った他のノートを一緒にめくりながら、呟いた。
「・・・・受け売りからですよ。本来の私はもっと大雑把やったんです。」
その言葉に、「ほうかぁ。」と流すような返事をしながら、一番古いノートに手を伸ばす。
それを見た、京極彰はあまり知らないレシピばかりが書き記されており疑問に思う。
「ここに書かれてるもん、しらへんで。田中の料理は全部食べてるもんおもてたけど。」
「・・・それは、もう作らへんもんです。別の美味しいもん作りますから、勘弁してください。」
そっと、京極彰の持っていたノートを閉じ、レシピのノートを棚にしまい込んだ。
るりの無事の帰還を願いつつ、若頭を仕事に向かわせ、組内の管理をする為に割烹着を脱ぎ、ジャケットを羽織る。
「田中さん、ちょっとええですか?」
「どないしたん?」
青い顔をした部下が、玄関にと口籠もりながら何かを伝えようとしてきた。
「私が出る。お前さんは、この仕事の続きでもしとけ。」
「ほんま、すんません。」
玄関に歩幅を大きくし向かうと、陰湿な女の姿がそこにあった。
それは京極彰の元婚約者。こちらに気づきひらりと手を振ってくる。
その気を使わない様子に顔をこわばらせ、こめかみに血管が浮き上がる。
「今は若頭は、不在です。ですが、もうここに、あんたは関係あらへん。帰ってください。」
その言葉に怖気ることなく、艶美に笑い「また来るわ。」と体を翻した。
あの女は昔から、自分勝手で高慢で、若頭の傍に居てはいけない人だと思う反面、組の為にと始まった婚約から反対は出来なかったが、今は状況が違う。京極彰が選んだ大切な人がいるのだ、その二人の邪魔を指せるわけにはいかないと、会長と誓った忠義を通すべく、女の姿が見えなくなるまで睨み続けた。
姿が見えなくなると、顔に込めていた力を緩め、空を見上げる。曇天の空がやけに、嫌な予感を彷彿とさせた。
「私は、何時も、祈ることしか出来ないんですかね。」
答えのない言葉は空に消え、冷えた風が田中の虚しさを撫でていった。
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次回更新:6/5 18時 予定




