2話 小町藤
会長が亡くなり、料理番と若頭の世話役として役目を全うして、もう17年の月日が経とうとしていた。
相も変わらず、会長の死から様々な状況が変わり、組内でも空気は重く、15歳で若頭となった京極彰は、誰も近づけんとする雰囲気を発していた。
「せめて、上手い料理で喜ばして差し上げないとあかへんな。」
鮎の塩焼きを作るために手慣れた手つきで腸を取り除き、形が歪まないように串を指し、軽く高い位置から塩をまとわせる。
ここ最近、急に何かに躍起になり、京極彰が動いていたのを田中は察していたが、そこに口を挟む事はせず、静観し、何かあれば尻ぬぐいでも何でもしてやろうという意志だけは持っていた。
数日経ったときに、京極彰は大きく動き出した。
いつものように調理の準備をしていると、組の下っ端が廊下をバタバタと走り、キッチンに顔だけを出すと息を切らせながら伝言を伝えてきた。
「田中さん、すんまへん。急事で申し訳ないですが、ご飯作ってもろてええですか?」
「何かあったんか?」
「若頭が嫁ゆうて、年若い譲さん連れてきはって、その子に食事を、との事です。」
「ほうか。せやな、何か食いたいもんとか聞いてへんのか?」
「和食がええゆうてはりました。」
「すぐ準備するから、お前さんは食室の準備でもしといてくれ。」
返事も半分に下っ端は食室の方に走っていく。
若い子の和食と少し頭を悩ませ、京料理でええもんか?と出汁巻きと汁物、あと夕飯に準備していた鯛の塩焼きをテキパキと準備していく。
準備が終わり、下の物に食室に運ばせると、田中自身は使った食材に代わる準備と買い出しのメモを作成していく。
一通り仕事を終え後は、食室の食器が下がってくるのを待ちながら、棚から茶筒を取り出した。
すると廊下から、足音が聞こえ、そちらに目を移すと、若頭と先程聞いていた年若い女性が隣に並ぶ。
「若頭、どうかしはりましたか?」
いつもと違う柔らかい雰囲気と隣の女性を大切な人だと語る、京極彰は会長がまだ生きていた時の、無邪気な坊ちゃんの雰囲気を醸し出していた。
連れてきた、お嬢さんは”青空るり”とゆう名前らしく、出汁巻きがおいしかったとこんな、年の行った男にも気をかけてくれる心優しく、知性のあふれる女性だった。
出汁巻きを一緒に作りたいと言い、真剣に取り組む姿、若頭とのやり取りは本当に微笑ましいものだった。
「若頭、お嬢さんの事を思うのであれば、いたずらもほどほどにしないと、嫌われてしまいますよ。」
「せやなぁ。るりちゃんには嫌われたら、人生終わってしまうなぁ。」
優しい笑顔をお嬢さんに向ける若頭に、田中も心が温まりずっと眺めていたいような気もするが、ここで老骨が邪魔をするわけにもいかないと先程出していた茶筒から玉露のお茶を入れ二人に出し、その場を静かにそっと離れた。
あの二人のやりとりに、昔の自分を重ね少し懐かしく感じてしまう。
「”菫”は元気にしてはるかな。」
割烹着を畳みながら歩き、思わず懐かしい名前を口にしてしまう、それは離れて随分忘れていた名前だったが、るりの姿を見て鮮明に思い出してしまった。
口に出したものは、戻ることは無く、歩みを止め一度自分の心に杭を打ち込む。
「いけませんね、私が捨てたもんに縋るんわ、お門違いや・・・・・。」
ふと、バタバタと走り回る下の者を見つけ声をかけ、懐かしさを立ち止まった場所に置いて、若頭の為にまた奔走し始めた。
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次回更新:5/22 18時 予定




