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転生ゲーム理論家は笑顔で世界を掌握する  作者: どみさん


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9/22

3,000対200

「橋を落とす」


 四人の目が止まった。


「ユリウス様……帝国の渡河を断つのですか」


 オットーが声を上擦らせた。答えず、地図に目を落とした。


 机の上の地図。蝋が剥げた表面に、昨夜セラフィーナと引いた線が残っている。領都、橋、鉱山、山の隘路。その向こうに帝国の補給路。


「こちらは200。正面からぶつかれば壊滅する。だから三つの軸で戦う」


 指が地図を滑った。


「一つ目。地形を使う。3,000がこの山間を通るには隊列を割るしかない。割れた部隊を、山の中で叩く」


 指が隘路の入り口で止まり、南に迂回する細い線を辿った。


「二つ目。偽の情報を流す。王国の援軍が三日後に到着すると、帝国の耳に入れる」


 オットーが身を乗り出し、眼鏡がずれた。


「三つ目」


 地図の上で、橋に爪を立てた。


「俺たちが先に橋を渡る。そして、鉱山側で橋を落とす」


 ヘルムートの眉間に、さらに深い皺が刻まれた。


「若様」


「聞け」


「……退路を断てば、兵は逃げ場を失う」


「橋を落とすだけなら帝国は来られない。だが鉱山を捨てることになる」


 俺は地図から目を上げた。


「セラフィーナの情報が正しければ、帝国が欲しいのは鉱山だ。辺境伯の首じゃない。鉱山の前に死ぬ気の200が立てば、全滅させるまで戦わせるコストが利益を超える。天秤が傾く」


 ヘルムートが黙った。腕を組んだまま、片方しかない目が俺を射抜いている。


「若様が、死地に入る」


「どちらも死地だ。だが正面は確実に全滅する」


 この男が一番に見せた色は、俺の命だった。昨日、四つの中で最もはっきり浮かんでいた。正面で壊滅する未来と、退路を断って凌ぐ未来。どちらが俺を生かすか。


 ヘルムートは答えなかった。しばらく地図を睨み、腕を解いた。古傷だらけの拳が、一度、膝を叩いた。それから開いた手が、隘路の上に触れた。


「正面は俺が受け持つ」


「頼む」


 壁際に目を向けた。


「リーゼロッテ」


 赤毛が動いた。


「民兵を連れて山に入れ。南側の斜面から帝国の補給路を叩く」


「……任せろ」


 声が硬い。だが目は逸れない。戦の話になった途端、目が定まっている。


 セラフィーナが扇子の骨を辿った。


「エルヴィン家に書状を出しますわ。グレンツェンが落ちれば、次の最前線はエルヴィン領。援軍を出す理由には十分です」


「実際に来るか」


「来なくても構いませんわ。帝国に『援軍が来る可能性がある』と思わせるだけで、撤退の理由を一つ増やせます」


 扇子が閉じた。翡翠の瞳が地図の上で俺と合った。こいつと地図を囲むと、頭は冴えるが妙に落ち着かない。


「偽情報と合わせれば、効きますわね」


 オットーが羊皮紙に数字を走らせていた。


「帝国軍3,000の一日の糧食消費量は、荷車で八台分になります。山間の補給路は狭い。二週間分の備蓄を焼ければ、前に出る理由が消えます」


「それを焼くのがリーゼロッテの仕事だ」


 赤毛が頷いた。無言で。



    ◇



 三日後。国境の谷間。


 苔むした石の橋の上に立っていた。グレンツェン領の東端と王国中央を結ぶ唯一の道。二百年前に先代の先代が架けた橋だと、ヘルムートが言っていた。


「壊せ」


 民兵が橋脚の根元に楔を打ち込んだ。足元が揺れた。石が軋み、裂け、橋の中央がへし折れた。


 轟音。


 崩れた石が谷底に落ちていく。砂埃が舞い上がり、音が谷壁に跳ね返った。


 風が埃を払った。橋があった場所に、何もない。谷を挟んだ向こう側が急に遠くなった。


「若様」


 ヘルムートが横に立っていた。残った片目が、谷底を見ている。


「帰り道がなくなったぞ」


「ああ。補給の道も」


 口角が上がっている。


 この山のどこかに、帝国の斥候がいる。昼間にわざわざ落とした。見逃すはずがない。


 報告は飛ぶ。辺境伯の軍は退路を断った、と。


 3,000を率いる指揮官が、それをどう読むか。


 風が、谷底から吹き上がった。


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