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転生ゲーム理論家は笑顔で世界を掌握する  作者: どみさん


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微笑まない宰相

 帝国軍の陣形が崩れていた。


 背後の煙が六箇所に増えた頃には、後列が反転し始めていた。補給線を断たれた部隊が指揮官の命令を待たず後退する。統制の取れた撤退ではない。崩壊だった。


 俺は前線の丘を駆け上がりながら、利得の目を起動した。


 帝国軍の指揮官たちの靄が見える。どれも同じだ。白銀の秩序が沈み、灰色の保身が浮かんでいる。自分の首と領地のことしか考えていない。戦う理由を失った兵が、秩序を失った将に率いられている。


 その中に、一つだけ違う靄があった。


 銀髪が見えた。ルドルフが馬を降りている。剣を抜いている。帝国宰相が、前線にいる。


 あり得ない光景だった。この男は立って書類を読み、座ることを嫌い、指先で人を動かしてきた男だ。剣を振るう姿は、あの薬草園で土に膝をついていた時と同じくらい、似合わない。


 だが俺の目は、似合う似合わないより先に、靄を読んでいた。


 白銀が揺れている。


 帝都の小会議室で見た時、ルドルフの靄は完璧だった。白銀の秩序が一番上。その下に鉄灰色の版図拡大。銀白の効率。三つの色は微動だにしなかった。底に灰色の残骸が沈んでいて、俺が「信じられるかどうかです」と言った時だけ、一瞬だけ色を帯びた。


 今、その灰色が浮かんでいた。


 白銀の下に、灰。底に沈んでいたはずのものが、二番目まで上がっている。そして灰の中に、赤が滲んでいる。黒に近い赤。焼けた色だ。あの小会議室で一瞬だけ見えたものと同じ。あの時は沈んだ。今は沈んでいない。


 微笑みが消えていた。


 あの穏やかな、均一な温度の微笑みが、どこにもなかった。帝都の小会議室で一瞬だけ消えた時とは違う。今は戻す気がないように見えた。


「なぜだ」


 ルドルフの声が飛んできた。剣を構えたまま、こちらを見ている。距離は二十歩。周囲で帝国兵と王国兵がぶつかっているのに、この男の声だけが通った。


「なぜ感情に頼る。感情は全てを壊す」


 声に余裕がなかった。帝都で「合理的な解決を望んでいたのですが」と言った時の、あの均一な温度が消えている。代わりにあるのは、怒りだった。だが怒りだけではない。靄の中の赤が震えている。


「あの朝と同じだ」


 あの朝。「全てが燃え、何も残らない朝」。帝都でルドルフが窓の外を見ながら漏らした言葉だ。あの時は聞き流した。聞き流したのではない。踏み込めなかった。


 利得の目が、灰色の中身を映した。


 恐怖だった。


 白銀の秩序の下に、灰色の恐怖がある。秩序を求めているのではなかった。秩序が壊れることを恐れている。壊れた朝を知っている男が、二度と壊れないように、全てを固めてきた。十五年かけて帝都を整え、街路の幅を揃え、帳簿を並べ、薬草の葉脈まで管理した。


 全部、恐怖だった。


 宰相府の薬草園が浮かんだ。あの男が上着を脱いで、袖をまくって、素手で土に触れていた場所。管理人を置かず、一人で世話をしていた小さな庭。


 あれは秩序の象徴ではなかった。


 壊れなかった唯一のものだ。全てが燃えた朝の後に、この男が自分の手で守れる大きさのものとして選んだ場所だ。


「ルドルフ」


 俺は剣を構えたまま、二十歩の距離で止まった。


「あんたの庭を守りたかったんだろう」


 ルドルフの剣が止まった。


「それは感情だ」


 靄が弾けた。


 白銀が崩れ、灰色が全面に広がり、赤が噴き出した。微笑みの仮面が完全に砕けた。残ったのは、怒りだった。純粋な、剥き出しの怒りだった。


 ルドルフが踏み込んできた。剣の振り方に型がない。鍛えた剣技ではなく、感情で腕を振っている。だがその一撃は重い。宰相の腕力ではない。恐怖が腕を振らせている。


 横から赤い髪が割り込んだ。


 リーゼロッテの剣がルドルフの一撃を受けた。金属がぶつかる音が、戦場の喧騒を一瞬止めた。


「あたしが受ける」


 リーゼロッテが俺の前に立った。剣を構えたまま、振り返らずに言った。


「あんたは指揮を続けろ」


 あの殿軍の時とは違った。あの時は俺を逃がすために残った。今は隣にいる。


 ルドルフの目が俺を見ている。リーゼロッテの肩越しに。怒りの中に、何かが残っていた。赤の奥に、灰色がまだある。消えていない。怒りで塗りつぶせないほど深い場所に、あの朝がまだ沈んでいる。


 帝国軍の指揮系統が崩壊した音が、背後から聞こえた。


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