弾劾と逆転
議場の空気が、七日前とは違っていた。
同じ石の天井、同じ高窓からの冬の陽。だが百を超える貴族の視線が俺に集まる角度が変わっている。七日前は好奇だった。今日は品定めだ。有罪か無罪か、どちらに賭けるのが得かを計算している目が並んでいる。
セラフィーナが傍聴席ではなく弁護側の席に座っていた。扇子を閉じたまま、両手を膝の上に揃えている。白金の髪は一本の乱れもない。高い襟が首筋まで覆っている。昨夜の痕跡は完璧に消されていた。
議長が開廷を告げた。
ヴァルトシュタイン家当主が立ち上がる。七日前と同じ無感情な顔だ。駒は駒のまま、命じられた台詞を読み上げる。密貿易の証拠、帳簿外取引の明細、品目と数量と日付。俺が組んだ仕組みの全てが、淡々と議場に晒された。
だが今日は、俺の番が来る。
「弁護側の陳述を許可する」
議長の声に応じて、セラフィーナが立ち上がった。
扇子を持っていない。両手が空いている。それが意味するものを、俺は知っていた。鎧を着たまま、全力で戦う構えだ。
「密貿易の事実は認めます」
議場がざわめいた。セラフィーナは構わずに続けた。声が低く、安定している。怒りではない。覚悟の声だ。
「ただし、その密貿易が行われた背景を、議会はご存じでしょうか」
セラフィーナの手元から書類が配られた。五枚。帝国宰相府からヴァルトシュタイン家への送金記録だった。日付と金額が並んでいる。金貨720の送金が三度。時期は、帝国がグレンツェン領への経済封鎖を開始した直後に一致する。
「ヴァルトシュタイン家は帝国から資金を受け取り、グレンツェン辺境伯領への物資供給を意図的に遮断しておりました。経済封鎖は帝国の不法行為であり、グレンツェン辺境伯領の密貿易は、その封鎖への対抗措置として法的正当性を有します」
セラフィーナの声が石の天井に反響した。議場が静まり返っている。
ヴァルトシュタイン家当主の顔色が変わった。無感情だった目に、初めて動揺が走る。送金記録の日付を確認するように書類を見下ろし、また顔を上げた。
「捏造だ」
声が上擦っていた。駒が台本を失った声だった。
「送金記録の裏付けとして、帝国宰相府の会計官の署名入り控えを提出いたします」
セラフィーナが追加の書類を差し出した。カタリナの情報網が掴んだ裏付けだ。会計官の筆跡、宰相府の封蝋、日付の整合性。一つ一つが鎖のように繋がって、ヴァルトシュタイン家を締め上げていく。
当主の唇が白くなった。議場を見回している。助けを求める目だったが、応じる者はいない。七日前に俺を見捨てた諸侯と同じ目が、今度はヴァルトシュタイン家に向いていた。
「この証拠は——」
当主が立ち上がり、何かを言いかけた。だが言葉は途切れた。書類を掴んだまま、議場の出口に向かって歩き始めた。早足が駆け足に変わる。体面を捨てた逃走だった。
議場が紛糾した。議長が静粛を求め、諸侯が立ち上がり、声が石の壁に反響して重なる。弾劾は事実上の取り下げになった。だが密貿易の事実は議会記録に残った。有罪にはならない。だが白でもない。灰色の決着だった。
傍聴席から拍手が起きた。まばらに広がって、それなりの音になる。
利得の目を開いた。
議場を見渡す。拍手する者、安堵の息を吐く者、隣と言葉を交わす者。味方の諸侯が並ぶ一角に目を向けた時、指先が冷えた。
拍手をしていない男がいた。席に座ったまま、腕を組んでいる。表情は冷静で、感情が読めない。味方のはずだった。同盟に名を連ね、兵を出すと約束した家の当主だ。その目が、勝利を祝う場にあるべき温度を持っていなかった。値踏みだ。ユリウスという駒の使い道を、まだ測っている。
英雄の名声は、信頼と同じではない。
目を閉じた。拍手の音が遠くなる。
「参りましょう」
セラフィーナの声が横から聞こえた。昨夜と同じ言葉だった。だが声は王都の声で、微笑みは社交の微笑みだ。翡翠の瞳の奥にだけ、昨夜を経た温度がある。
議場を出た。回廊に冬の風が吹き込んでいる。石の壁に背を預けた時、伝令が駆けてきた。
「ヴァルトシュタイン家当主の馬が東門を出ました。街道を東へ」
東。帝国の方角だ。
あの男は領地に戻るのではない。領地を通過点にして、帝国に合流する。ヴァルトシュタイン領は王国と帝国の間にある。あの土地を帝国軍に開放すれば、防衛線に穴が開く。
勝ったはずだった。弾劾を退けて、ヴァルトシュタインの賄賂を暴いて、セラフィーナが完璧に戦って。それでもヴァルトシュタインを逃がした。密貿易の記録は残った。味方の中に冷めた目がいる。
拳を握った。完全な勝利ではない。あの冷めた目の男は、誰だ。




