表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生ゲーム理論家は笑顔で世界を掌握する  作者: どみさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/56

シグナリング

 貴族議会の議場は、思っていたより狭かった。


 石造りの円形広間に木の長椅子が半円状に並び、正面に議長席がある。天窓から冬の光が差し込んで、埃が舞っているのが見える。三十人ほどの議員が席についている。半数は痩せた老人で、残りは太った中年だ。


「緊張なさっていますの?」


 隣に座ったセラフィーナが、扇子の向こうから声をかけた。


「少し」


 嘘だった。緊張ではない。利得の目が勝手に動いている。議場に入った瞬間から、目が一人ずつ議員を拾い始めていた。


 右端の席に白髪の男がいる。1位が金色で重い。領地収入だろう。隣の赤毛の男は1位が青で、名誉か家名か。その奥の男は1位の色が隣をなぞっていて、追従者だとわかる。


 止まらない。社交会の比ではなかった。三十人分の優先順位が同時に流れ込んでくる。目の奥が熱い。


「十五人は味方、八人は中立、七人は反対。ヴァルトシュタイン家の息がかかっているのは七人のうち四人ですわ」


 セラフィーナが扇子を畳みながら言った。昨夜のうちに根回しを終えている。エルヴィン家の王都屋敷で、紅茶を六杯飲んだ分の成果だ。


「中立の八人が動けば決まるな」


「ええ。あなたの仕事ですわ」


 セラフィーナの翡翠の瞳がこちらを見た。王都モードの完璧な微笑みを浮かべている。昨夜の馬車の沈黙は、微笑みの裏に畳んであるのだろう。扇子を握る指に力が入っているのは気づいた。だが今は触れない。


 議長が立ち上がった。白い髭の老人で、1位が秩序の色だった。この男は手続きで動く。



    ◇



「辺境防衛の件。グレンツェン辺境伯家より発言の申し出がある。許可する」


 立ち上がった。


 三十対の目がこちらに向いた。利得の目が全員の優先順位を同時に映す。色の洪水だ。金や青や赤や灰色が、それぞれ揺れている。俺の立ち姿を見て、色の濃さが変わる議員がいる。


 (値踏みしている。こいつが200で3,000を退けた男か、と)


「辺境伯領グレンツェンは、半年前に帝国軍3,000の侵攻を受けました」


 声を出した。議場の反響が予想より大きい。声の大きさを一段下げた。


「200の兵で退けました。退路を断ち、偽情報で時間を稼ぎ、二週間で帝国軍を撤退に追い込みました」


 中立の八人に目を向けた。利得の目が色を読む。


 左端の太った男は、1位が安全の色だった。この男には脅威を語ればいい。


「帝国は退きましたが、撤退時に領内の村を一つ焼きました。村人が死にました。辺境は今、この瞬間も危険にさらされています」


 太った男の安全色が一段濃くなった。効いている。


 その隣に座った細い目の中年は、1位が金色で軽い。実利で動く男だ。


「辺境防衛の予算が増えれば、帝国の侵攻を未然に防げます。国境が安定すれば、東方交易路が安全になります。諸侯の商い、ここにいらっしゃる皆様の領地の収入にも関わる話です」


 細い目の男が、わずかに身を乗り出した。金色が沈んで、重くなった。


 利得の目で一人ずつ色を読み、言葉を選び、届ける。シグナリングだ。俺が何者かを伝えるのではない。相手が聞きたい言葉を、相手の優先順位に合わせて差し出す。


 目の奥がじりじりと焼ける。三十人分の情報を処理し続けている。社交会では百人以上を読んだが、あの時は流し読みだった。今は一人ずつの反応を追いながら、自分の発言を動的に変えている。処理の質が違う。


 ふと、視界の端に動かない色があった。傍聴席の二階。黒い影が柱の横に座っている。利得の目を向ける余裕はなかった。三十人分の処理で手一杯だ。


「ご高説は結構だが」


 声が割って入った。


 正面の席に壮年の男がいた。栗色の髪を後ろに撫でつけ、顎が角張っている。目が鋭く、服の仕立てが議場で一番いい。


 ヴァルトシュタイン家の代理だろう。利得の目を向けた。


 1位が灰色だった。灰色は読みにくい。保身か、別の何か。2位の色はさらに薄く、形がない。


「帝国との小競り合いに、王国の予算を注ぐ必要があるのかね」


 男が立ち上がった。議場の空気が変わる。


「辺境の守りは辺境の責任だ。それを王国全体の問題にすり替えるのは、財政の節度を欠く提案ではないか」


 男が一拍置いて、声を落とした。


「それとも辺境伯殿は、ご自身の武勇を語ることで、この議場の恐怖を買い上げるおつもりかな」


 空気が変わった。中立の議員たちの色が揺れた。


 正論ではなかった。俺がやっていることの構造を、言い当てている。恐怖を煽り、恐怖の値段で予算を通す。その話法そのものを暴かれた。


 中立の八人を見た。色が傾いている。太った男の安全色が薄まった。細い目の男の金色が迷っている。


 (この男の言葉で、さっき傾いた中立が戻りかけている)


「一つ確認したいのですが」


 声を抑えた。感情的に返すと負ける。刺さっているのが分かっていた。恐怖を売っている。その通りだ。だが売り物が本物なら、買わない方が損をする。


「辺境が破られた場合、帝国軍が最初に到達する領地はどこでしょうか」


 間を置いた。議場が静まる。


「グレンツェン領を抜ければ、その先はブルーメ領、レンツ領を経て王都に至る街道があります。辺境の防衛は辺境の問題ではなく、この街道を使う全ての領地の問題です」


 栗色の男の顎が動いた。反論を組み立てている。だが利得の目が捉えた。灰色の1位の奥に、別の色がわずかに透けた。


 赤。怒りか。


 いや、違う。赤の中に金が混じっている。利益を含んだ怒りだ。帝国との融和を崩されたくない。融和の先に、何かがある。


 (カタリナの警告が当たっている。この家は帝国と繋がっている)


「辺境伯の主張は理解した。だが数字を示してもらいたい。具体的にいくら必要なのか」


 栗色の男が切り替えた。正面対決を避けて、数字の土俵に引きずり込もうとしている。


「年間金貨200の追加予算を申請します。内訳は駐留兵の増員に金貨120、防壁の補修に金貨50、通信網の整備に金貨30です」


 セラフィーナが組んだ数字だった。昨夜、六杯の紅茶と共に。こちらを見ずに議事に集中している横顔が、蝋燭の下で数字を詰めていた時と同じだった。王都の化粧をしていても、指先の動きは辺境の書斎と変わらない。


「二百。辺境の小領にしては大きな額だな」


「200で3,000を退けた男が出す見積もりです。安いと思いますが」


 議場にざわめきが走った。


 中立の八人に目を走らせた。太った男の安全色が再び濃くなった。細い目の男の金色が定まった。残りの六人のうち四人の色が、こちらに傾いている。


 ヴァルトシュタインの代理が唇を引き結び、顎の筋肉が動いている。もう一度反論しようとして、議場の空気を読んで止めた。


 採決は賛成二十三、反対七。


 辺境防衛予算の増額が可決された。


 目の奥が脈を打っていた。三十人分の処理を続けた負荷が、今になって来ている。視界の端が滲んで、議員たちの輪郭がぼやけた。


 ヴァルトシュタインの代理人が席を立った。こちらを見なかった。見ないことが、意思表示だった。あの男は俺のやり口を言語化した。次に会う時、同じ手は通じない。


 傍聴席を見上げた。二階の柱の横に座っていた黒い影は、もういなかった。



    ◇



 議場を出ると、回廊に冬の光が差していた。


 セラフィーナが隣を歩いている。扇子を開いて口元を隠していた。


「上出来ですわ」


「お前の根回しがなければ通らなかった」


「まあ。褒めてくださるの」


 声が少し柔らかくなった。だが扇子は閉じない。王都にいる間は、扇子の向こう側がセラフィーナの定位置だ。


 口角が上がりかけた。


 俺は今、三十人の貴族の前で言葉を操り、議会の決定を動かした。利得の目で相手の欲を読み、欲に合わせた言葉を差し出した。前世の記憶にある、どんな交渉とも比較にならない。相手の心が見える状態で、言葉を選べる。


 これが王都の戦い方だ。剣ではなく言葉で、血を流さずに勝つ。


「辺境伯殿」


 回廊の柱の影から、声がした。


 足が止まった。


 カタリナが柱にもたれていた。黒いドレスに深紅のショールを羽織り、素手の指先が柱の石を撫でている。蛇の首飾りが冬の日差しを受けて鈍く光っていた。


 セラフィーナの扇子を持つ手が白くなった。


「傍聴していたの?」


「少しだけ。途中で退屈して出てきたわ」


 嘘だ。最初から最後まで見ていた顔をしている。


「あら、お見事だったわ。議場の空気をあなたが変えていくのが、上からよく見えた」


 カタリナが柱から背を離し、こちらに歩いてきた。ヒールの音が回廊に響く。


「ただ、一つだけ」


 セラフィーナの横を通り過ぎて、俺の耳元に顔を寄せた。昨夜と同じ重い香水の匂いがした。


「見落としがあるわ、辺境伯殿」


 低い声だった。囁きだが、芯がある。


「見落とし?」


「あなた、ヴァルトシュタインの代理人を論破したでしょう。気持ちよかったかしら」


 否定できなかった。


「あの男は負けたのではなく、退いたのよ。退いた理由を考えたことはある?」


 カタリナの黒い瞳が、至近距離からこちらを覗き込んだ。瞳孔が開いている。猫の目だ。


「議場で負けても痛くない人間は、議場の外に本命を持っている。あなたが今日勝ったのは、前座だわ」


 指先が俺の肩に触れて、すぐに離れた。


「また話しましょう。辺境伯殿」


 ヒールの音が回廊の奥に消えていった。


 セラフィーナが扇子を閉じた。音が鋭かった。


「あの方の言葉を額面通りに受け取らないでくださいませ」


 昨夜と同じ台詞だった。だが声の固さが違う。


 俺は回廊の窓の外を見た。王都の屋根が並んでいる。議会で勝った。予算は通った。一歩前進だ。


 だが口角は、もう上がっていなかった。


 ヴァルトシュタインの代理人の1位は灰色で、その奥に赤と金の混じった色が見えた。あの男は本気で負けた顔をしていなかった。


 カタリナの言葉が、頭から離れない。


 前座。


 では、本命は何だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ