旅の目的は増えるものらしい
箱が消えた方向には森があった。
雪に覆われた針葉樹がびっしりと並び視界が一気に狭くなる。
「……入るか」
「入るしかないですよね」
「主、箱」
ルナがすでに森の中へ踏み込んでいた。
「待てルナ」
「先行有利」
一行は森へ入った。
雪原の喧騒が、木々に遮られて急に遠くなる。
静かだった。
静かすぎた。
嫌な予感がする静かさだった。
「……追ってきていますわね」
セレナが後ろを一瞥した。
木の影から、いくつもの視線が光っていた。
さっきの悪魔の一団だった。
全員、雪まみれだった。
諦めない執念だけは認めたい。
「宝を横取りしようというのか」
「節度のない妨害ですね」
「節度付きでも困るけどな」
「囲まれましたわ」
セレナが言った。
全く動じていなかった。
むしろ少し楽しそうだった。
「観念しろ!」
悪魔の一人が踏み出した。
その瞬間、ルナが無言で雪玉を投げた。
顔面に直撃した。
「なぜ雪玉なんだ」
「楽しい」
「楽しむな」
「主も投げる」
「投げない」
悪魔たちが一斉に動いた。
木々の間を縫って魔法が飛ぶ。
雪が爆ぜる。
誰かが木に激突する。
別の誰かが激突した誰かに激突する。
「ぎゃあ!」
「雪が!」
「冷たい!」
「誰だ踏んだのは!」
「踏むな!」
「お前が止まるからだ!」
「……内輪揉めが始まっていますよ」
アリシアが呆れた顔で言った。
悪魔の一団は、互いの魔法を食らい、雪に埋まり、木に激突し、踏み合い、最終的に雪だまりへ折り重なって壊滅していた。
一行は一切手を出していない。
「全員自滅してないか」
ジルが淡々と言った。
「主、神に愛されし男」
「神死んでるけどな」
「……言ってる場合ですか」
アリシアが雪だまりに向かって深くため息をついた。
*
しばらく進むと、喧騒が完全に消えた。
風の音だけが残る。
雪が、ゆっくりと落ちてくる。
ジルが足を止めた。
「……セレナ」
「ええ」
セレナがゆっくりと目を閉じた。
何かを探るように、その場に立ち尽くす。
優雅だった。
アリシアが思わず姿勢を正した。
「……あちらですわ」
セレナが目を開け、右手を上げた。
木々の奥、さらに深い方向を指している。
「確かか」
「私の指輪ですもの」
「……根拠としては十分か」
ジルは短く頷いた。
「行くぞ」
*
小さな開けた場所に出た。
雪が丸く積もった、妙に整った空間だった。
「……あった」
アリシアが声を漏らした。
「主、あれ」
「見えてる」
「早く」
「わかってる」
ジルが近づこうとした。
その瞬間だった。
上から影が落ちてきた。
巨大な翼だった。
怪鳥だった。
全身が黒く、くちばしだけが鮮やかな黄色をしている。
羽毛が微妙にボサボサだった。
その目が、小箱に釘付けになっていた。
完全に釘付けになっていた。
一行のことは眼中にないらしい。
「……なんだこの鳥は」
「森の主ではないですか?」
「主が被ってる」
「今はそこじゃないぞルナ」
怪鳥が小箱を見つめたまま、ゆっくりと首を傾けた。
右に。
左に。
また右に。
完全に光に魅了されている目だった。
「箱の隙間から光が漏れてますね」
「指輪の輝きか」
「……止めなくていいんですか」
「止める」
「あ」
ジルが一歩踏み出した瞬間、怪鳥がくちばしを開いた。
「待て」
間に合わなかった。
怪鳥が小箱を掴み、翼を広げた。
一息に空へ舞い上がる。
木々の隙間から青空へ出て、迷いなく南へ消えていく。
沈黙。
完全な沈黙。
「……南ですわね」
セレナが静かに言った。
「南だな」
「南ですね……」
「主、南」
「……わかってる」
アリシアがゆっくりと膝をついた。
「どうして…どうして毎回こうなるんですか…」
ジルはため息を一つついた。
空を見た。
怪鳥はもう欠片も見えない。
「南に行く理由ができた」
「前向きですね……泣きそうですけど……」
「主、南、暖かい」
「ルナそれ一番どうでもいい情報です!」
「どうでもよくない」
「どうでもよくない、か」
ジルが少し考えた。
「……確かに寒いな今」
「同意しないでください!」
セレナだけが、どこか楽しそうに微笑んでいた。
「旅というのは、続くものですわ」
「続きすぎですわ、ではないんですか」
アリシアが静かに言い返した。
「それはそれで正しいですわね」
「認めないでください!」
森に、静けさが戻る。
光るものを奪われた雪の中で、一行の旅は、また新しい方角を向いた。
目的は果たされなかったが不思議と悪い気分ではなかった。




