番外①.初めて勝ったぞ!
婚約破棄が成立して少し経った頃、俺とエイミーは放課後の図書室でイチャついていた。
後ろではサイラスとビルが、周りでは他の生徒達がこちらを温かく、見守ってくれている。
恋人と過ごす、平和な日常風景だった。
「それでな、この前の健康診断で、血糖値がかなり高くなってたんだ」
「えぇ~~」
「全く…エライ目にあった。エイミーは大丈夫か?あれから毎日、公爵家で晩餐を取っているのだろう?」
ジェームズの心配する言葉に、エイミーはギクッとした。
(言えない…お姉様のヘルシーメニューのお陰で、私だけ正常値に戻ってるなんて…)
「え、えぇ。色々運動とか、頑張っているから…オホホホホ~~」
何故か横を見ながら笑うエイミーを、不思議に思いながらも「まぁ、エイミーが健康ならいいか」と流した。
「それよりよく国王陛下達が、私達の婚約を許してくれましたね。てっきり反対されると思ってたのに…」
不思議そうに言うエイミーに、俺はギクッとした。
(言えない…仮にも国王一家が怪談でお漏らしして、弱みを握られたなんて…)
しかもその時の対価として、『一生アイリーンが何をやっても罰しない』という、王命の勅書を取られた。
(つまり今後アイリーンに何かされても、止める事はできないという事だ…)
知らないところで道連れにされたエイミーから、そっと目をそらす。
「ま、まぁ俺の説得のお陰かな…ハハハハハハ」
エイミーが不思議そうに首を傾げるが、俺は乾いた笑いで誤魔化した。
「御機嫌よう、お2人共。良い日和ですわね」
突然目の前に、アイリーンが現れた。
「きゃっ!」
「な、何だ!」
この前の恐怖は、まだ記憶に新しい。
後ろのサイラスとビルも、逃げ腰だ。
「うふふ、そんなに驚かなくても、取って食ったりしませんよ?」
いつものように、扇子で口元を隠しながら微笑んでいる。
「な、何の用だ」
怖いが早く帰ってほしいので、勇気を振り絞って用件を聞く。
「婚約祝いを、お届けに来ました」
「婚約祝いだと?」
疑わし気に聞く俺に気を悪くした様子もなく、アイリーンが続ける。
「ホラ、妹が婚約したというのに、お祝いの言葉だけで何も贈っていないでしょう?たとえ相手が顔と身分だけの馬鹿…もとい、元婚約者であっても、やはり家族としてお祝いの品を贈るべきだと、思いましたの」
そう言って鞄から、綺麗に包装された2冊の本を取り出すと、俺の前に1冊ずつ置いた。
「さぁ王子、エイミー。お好きな方をどうぞ」
「何?……両方ともよこすんじゃないのか?」
「いえ、どちらか1冊ですわ。お2人にピッタリの本を選びました、さぁお好きな方をどうぞ」
「わぁ~い、お姉様ありがとう」
エイミーが無邪気に喜んで、片方の本を取ろうとするのを、慌てて止めた。
「待てエイミー!アイリーンが持ってきた本だぞ、何があるかわからないから、うかつに触るな!」
「そうですよ!毒が塗ってあるかもしれません!」
「刃物が仕込んであるかも!」
後ろに控えていたサイラスとビルも、慌てて止める。
そんな俺達の態度に、アイリーンが不満を漏らす。
「まぁ失礼な。刃物が仕込んであるような厚みじゃありませんし、毒が塗ってあったらとっくに私が、被害にあってますわ。いいから早く選んで下さい、サッサと贈って帰りたいんです」
「贈る態度じゃないが…まぁいい。貰える物は貰っておこう」
不安を感じるが、とりあえず手近にあった赤いリボンの本を、手に取った。
包装を破いて中を確認して……俺は憤慨した。
「何だこれは!!」
出てきた本をバシッと、テーブルに叩きつけた。
『良い子の為の足し算引き算・6歳~8歳用』
周囲からプッと、吹き出す音が聞こえた。
周囲を見回すと、慌てて顔をそらしたり、後ろを向いたりしているが、全員笑いをこらえていた。
「まぁ何を怒ってますの、王子。王子にピッタリだと思って、わざわざ取り寄せましたのに…」
困ったように首を傾げて、アイリーンが言う。
その態度に、更に腹が立った。
我慢できず、椅子を蹴って立ち上がる。
「バカにするな!足し算引き算くらいわかる!」
「では王子、1+5は?」
「そんなもの簡単だ!答えはイチゴだ!」
「…………………は?」
その瞬間、図書室は静寂に包まれた。
ポトッと、アイリーンの扇子の落ちる音だけが、やけに響いた。
アイリーンは落ちた扇子を拾うことなく、瞬きすらせず、目と口を開けたままこちらを見ている。
「……………………王子、もう一度伺います。「算数の」問題です。1+5は?」
「何度も言わせるな!1に5を足すのだから、答えはイチゴだ!!!!」
胸を張り、仁王立ちで答えると、何故か再び、図書室は静寂に包まれた。
アイリーンも無言で俯いてたが、やがて笑い始めた。
「フ、フフフフフフ…確かに私としたことが、失敗でした。これは王子には、合わなかったようですね…」
そのまま震える手で、足し算引き算の本を回収していく。
その様子に、俺は自分の勝利を確信した。
「フン!俺の頭脳に恐れをなしたようだな、思い知ったか!」
「えぇ思い知りましたわ。どうやら王子の頭は、私の予想以上だったようです、今回は負けを認めましょう。後日王子にふさわしい本を、お届けしますわ…」
そう言って、アイリーンは出て行った。
(やった!初めて勝った!)
「見たかお前達!初めてアイリーンに勝ったぞ!!」
勝利の喜びに包まれながら振り向くと、何故か3人の様子がおかしかった。
「おい良いのか?フォローしなくて…お前の得意技だろう?」
「いや、さすがにこれは…ちょっと……」
何故かお互いに、肘で小突きあうサイラスとビル。
「早まったかしら…でも次期国王だしなぁ~~」
小声でぶつぶつと呟くエイミー。
「ど、どうしたんだお前達?俺がアイリーンを撃退したところを、見ていないのか?」
俺が声をかけると、3人ともハッとした後、笑顔で喜んでくれた。
「さ、さすが王子だなぁ~~」
「ほ、ホントですねぇ~~」
「あのお姉様を負かすなんて、ホント凄いわぁ~~」
「そうだろう、はっはっは」
初勝利で有頂天になっていた俺は、3人のひきつった顔も、周りのうんざりした顔も、陰で「バカ王子改め、国1番の大バカ王子」と言われる事も、気づいていなかった。
~数日後~
「この大バカ者ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
父上に呼び出された俺は、いきなり雷を落とされて面食らった。
「ど、どうしたんですか父上?………ぶっ!」
理由を尋ねると、いきなり何かの本を顔面にぶつけられた。
鼻を押さえながらよく見ると、父上の横に大袋が置いてあった。どうやら同じ本が、大量に入っているようだ。
「理由はそれだ、大バカ者!!」
「はぁ?」
訳が分からず、落ちた本を拾ってみた。
『よいこのさんすう・3歳~5歳用』
「何ですかこれは?…………ハッ!もしや俺に弟か妹が!?」
名推理を思いついた俺に、父上が否定する。
「お前宛だ、バカ者!!」
「な、なんで俺が!?どういうことですか!」
「どうもこうもない!お前この前アイリーン嬢に「1+5は?」と聞かれて、「イチゴ」と答えたそうじゃないか!!!!」
「な、何でそれを!?」
「アイリーン嬢が、いきさつを書いた手紙を送ってきたのだ!幼児用のドリル500冊と一緒にな!!!!!!」
「な!?」
「王妃はショックで寝込んだぞ!『あまりにも知能が低すぎて、妹の将来と国の未来が真剣に怖いので、これでしっかり勉強させて下さい』という一文を見た時の、儂の情けなさと恥ずかしさがわかるかぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
父上が泣き喚きながら、ドリルを手にとっては投げつけてくる。
「とにかくお前は、そのドリルでしっかり勉強しろ!全問正解するまで、部屋から出てくるなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
父上の猛攻撃に俺はなすすべもなく、部屋に監禁されることとなった。
それから3か月間、俺は幼児用ドリルと戦い続けた…………。
~余談、アイリーンが退散した後の図書室~
ビル「そういえばアイリーン嬢が置いて行った、もう1つの婚約祝いって何だろう?」
サイラス「そういえば、見てなかったな…」
ジェームズ「せっかくだから、こちらもいただこう。忘れて行ったアイツが悪いのだ」
エイミー「宝石の本とかかしら?それともファッション雑誌?」
期待しながら、中を見ようとする4人。
期待の顔が、恐怖に変わった。
「世にも恐ろしい世界の怪奇話500選」
4人は全力で、その場を逃げ出した。




