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92 叫び

 バンッ――!


 重厚な扉が乱暴に叩き開けられ、張り詰めていた空気が一瞬で引き裂かれた。

 踏み込んできたのは、先王だった。


「こ……これは、どういう事だ?」


 室内を一望した先王は、言葉を失ったように目を見開く。

 

 床に崩れ落ち、悶え苦しむフレドリック。

 その傍らに立つユリア。

 異様な静けさと、痛みだけが充満していた。


「お前ら、何をしている!!」


 怒声が、雷のように轟いた。


「ち、父上……!」

 

 フレドリックは縋るように手を伸ばした。

 だがその右腕は、すでに人の肌の色を失い、赤黒く変色している。

 

「父上、お願いです……! こいつに……私を治すよう言ってください……! 早く……早くしないと……!」


 言葉の途中で、激痛に喉を引き攣らせた。


「……お前、その腕は……」


 先王は一歩近づき、じっと見下ろした。

 

「……私が……毒を飲ませました」


 ユリアは、掠れそうになる声を必死に繋いだ。


「そして……私も、同じ毒を飲んでいます。フレドリック様も、私も……じきに四肢から壊死が始まり、死にます。……もう、腕は……」


 視線が、自然とその右腕へ落ちる。

 

「父上……!」


 フレドリックの声は、もはや泣き叫びだった。


「痛い……お願いです……!」


 先王は、低く息を吐いた。


 次の瞬間、迷いなく腰の剣を抜く。


 冷たい金属音。


 ザシュッ――


「ぎゃあああああああああ!!」


 断末魔の叫びが、部屋を揺らした。

 床に、切り落とされた腕が転がった。

 鮮やかな赤が、床へと広がっていく。


 ユリアは、何が起こったのか理解できず、ただ目を見開いたまま立ち尽くしていた。


「腕が……! 腕が……!!」


 フレドリックは絶叫しながら床を転げ回る。


「……他は?」


 先王の声は、驚くほど冷静だった。


「どこが壊死し始めている」


 その言葉を聞いた瞬間、

 ユリアの背筋を、凍りつくような寒気が走った。

 

 ――ああ……。

 違う。

 

 この人は、息子を救おうとしているのではない。


「……お前が、私の息子に毒を飲ませたから、こうなっているのだぞ?」


 先王は、苛立ち混じりにユリアを見た。


「私はフレドリックに死なれては困る。子が作れなくなるだろう?」

 

 淡々とした声音。


「だから、壊死が広がらぬよう切り落とした。それだけだ」


 ユリアは、言葉を失った。


 ――この人にとって、

 命は価値ではない。

 ただの機能だ。


「……足も、か」


 先王の視線が、フレドリックの下半身へ落ちる。


 その一言で十分だった。

 これ以上、見てはならない。

 

「性器さえ機能すれば……」


 その言葉が、静かに告げられた瞬間、ユリアは思わず目を伏せた。

 

 もう、叫びは聞かなかった。

 血の匂いだけが、静かに部屋に満ちていった。

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