85 告げられた居場所
ルトア国での晩餐会を終え、エルフナルドたちはアルジール国へ帰国した。
「カリル、ユリアの侍女をすぐに私の執務室へ呼んでくれ」
王宮の門をくぐるや否や、エルフナルドは低い声でそう命じた。
「かしこまりました」
エルフナルドは一切足を止めることなく、真っ直ぐ執務室へ向かった。
その扉が見え始めた頃、前に立つ人影に気づく。
「兄上、お疲れ様です」
そこにいたのはフレドリックだった。
柔らかな笑みを浮かべ、丁寧に一礼する。
「……久しいな。私に何の用だ」
エルフナルドは足を止めず、冷ややかに返した。
「そんな怖い顔をなさらないでくださいよ。兄上に手紙を差し上げたのですが……。今戻られたばかりなら、まだご覧になっていませんよね」
「ルトアでの滞在が予定より長引いた。わざわざ私に手紙を書くとは、よほどの用件らしいな」
エルフナルドはフレドリックの目的に気づいていながら、あえて知らぬふりをした。
執務室の扉を開け、そのまま中へ通す。
上着を脱ぎ、椅子に掛けた。
「兄上にご報告がありまして……。どうか、怒らずに聞いていただきたいのですが」
言葉を切ったフレドリックに、エルフナルドは視線だけを向ける。
「早く言え。私は忙しい」
机の上の書類に目を落とし、淡々と促した。
「兄上が、ユリア様をお探しだと聞きました」
フレドリックは穏やかな声で続けた。
「今、ユリア様は――僕のもとにいらっしゃいますよ」
その瞬間、エルフナルドの眉が僅かに動いた。
「王妃であることに限界を感じていたようです。王宮を出たのも、ご自身の意思だと直接聞きました。郊外で偶然お見かけして……それからは、僕がかくまっていました」
「……なぜ、すぐに知らせなかった」
一拍の沈黙が落ちる。
「ひどく憔悴していらっしゃいました。そんな状態のユリア様を、無理に王宮へ戻せと?」
フレドリックは静かに、しかしはっきりと言い切った。
「お前の話は信用できない。ユリアに直接会う。どこにいる」
「何を仰っているのですか、兄上」
フレドリックは首を振る。
「ユリア様は、ご自分の意思で兄上の元を離れたんです。連れてくるなど出来ません。それに……最近ようやく外へ出られるほど体調も回復されたところです。これ以上、心を乱すようなことはおやめください」
「……誰の許可で、そんな判断をする」
エルフナルドの声が低く唸る。
「何度も申し上げますが、兄上の側にいたくなくて王宮を出られたのです。ユリア様の事を思うなら、早く離縁の手続きを進めるべきでは? ……仮に今後お会いすることがあっても、何も変わりませんよ」
そう言い残し、フレドリックは一礼すると執務室を後にした。
扉が閉まった瞬間、エルフナルドは拳を強く握りしめた。
怒りを抑え込むように、手が微かに震える。
程なくして、カリルがアリシアを伴って戻ってきた。
「陛下、アリシア殿をお連れしました。……どうかなさいましたか?」
「……フレドリックが来た。ユリアは自分の元にいると言ってな」
エルフナルドは短く答え、アリシアへと視線を向けた。
「呼び出してすまなかった。ユリアの件だ」
「いえ……。ルトアご訪問中に失礼いたしました。ですが、急を要すると判断し……独断でお手紙を」
「いや、感謝している。……あの手紙の件、詳しく聞かせてくれ」
「はい……」
アリシアは一度息を整え、語り出した。
「庭園でユリア様をお見かけしました。……ひどくお痩せになっていて……。私は思わずお部屋へ戻るよう申し上げましたが、自分から王宮を出たのだから戻れない、と……」
「……そうか」
「その後すぐフレドリック様が現れ……。王宮を出た後、自分が助けたのだと。……信じ難かったですが、ユリア様が嘘をついているようには、どうしても見えませんでした」
エルフナルドの表情が、さらに険しくなる。
「申し訳ありません……。ですが、以前のユリア様とはまるで違うご様子で……。また王宮に顔を出すと仰っていました。どうか……陛下、ユリア様をお救いください」
エルフナルドは目を閉じ、深く息を吐いた。
フレドリックの言葉を、そのまま信じる気などなかった。




