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84 手紙の知らせ

 エルフナルドは、カリル、サリトスらと共にルトア国を訪れていた。

 数ヶ月前に結んだ新たな契約。

 その祝宴として、晩餐会が開かれていた。

 

 華やかな音楽と笑い声が満ちる会場を、サリトスは一瞥すると、ふとエルフナルドに視線を向けて口を開いた。


「以前ここへ来た時は、姫も一緒だったよな。なあ、エルフナルド……まだ姫は見つからないのか?」

「……色々と手は尽くした。だが、何の手がかりも得られていない」


 エルフナルドは、グラスに注がれたワインを一息に飲み干した。

 喉を焼く感覚すら、今は何の慰めにもならない。

 ただ、苦味だけが口の中に残った。


「本当に姫は、自分の意思で去ったのか? お前が言っていたあの手紙だって……本当に姫が書いたものかどうか――」

「……私も、何度も疑った」


 エルフナルドは低く答えた。


「だが、あの寝室に出入りできる者は限られている。あの手紙が置かれていた場所も……他の誰かが忍び込んだと断じる証拠がない」

「……」


 ユリアが残した手紙には、あの夜のことへの謝罪が綴られていた。

 

 王妃としてやっていく自信がないこと。

 王妃である以上、子を産む覚悟が必要だと分かっていながら、その決意が持てないこと。

 だからこそ、自分はここにいない方が良い――

 そう、静かな筆致で記されていた。


「世継ぎのことを……あいつは、ひどく気にしていた」


 エルフナルドは、言葉を選ぶように続けた。


「私は、時間をかけて考えればいいと言った。子がいなくとも、あいつさえ傍にいてくれれば、それでいいと……そう伝えた。だが、それが……間違いだったのか?」


 自問するような声だった。


「もし私が、他に誰かを迎え、世継ぎをもうけていれば……あいつは王宮に、留まってくれただろうか?」


 エルフナルドは悲痛な表情を浮かべ、再び酒を煽った。


 ――ユリアが、自分に子をねだった、あの日。


 今思えば、あの時のユリアは、明らかに様子がおかしかった。

 それでも、自分を求めてくれたことが嬉しくもあった。

 だが、いざ体を重ねようとした時に見せたユリアの表情は、まるで心がここにないようで――。


 その違和感に苛立ちを覚え、エルフナルドは無意識のうちに距離を取った。

 自分だけが想っているのではないか、という疑念が胸を刺し、ユリアを避けるようになった。


 そして、避け続けて六日目。

 ユリアは、一通の手紙を残して王宮から姿を消した。


 ――あの日、抱いてやればよかったのか?

 そうすれば、あいつは出て行かなかったのか?

 抱かなかったことが、王妃としての自信を完全に奪ったのか?


 だが、どう考えても――。

 あの日、ユリアが子を欲したのは、あいつ自身の意思とは思えなかった。


 エルフナルドは両手で顔を覆い、深く俯いた。


「考えれば考えるほど……答えが出ない。直接、あいつの口から聞ければ、諦めもつくと思った。だが……見つからない。もう三ヶ月だ」


 拳を握りしめる。


「一体、どこにいる……。本当は、こんな晩餐会に参加している場合ではないというのに……」

「……お前さ、俺が思ってた以上に姫を想ってたんだな」


 サリトスは肩をすくめ、わざと軽い調子で言った。

 場の空気を和らげようとする、いつもの癖だった。


「前にルトアへ来た時のお前の嫉妬ぶりを見てりゃ、分かるが……。一度ルトアとの契約をすっぽかしたお前には、今回は絶対に出席するしかなかったからな」

「分かっている。だから、こうして参加している」

「……参加してるだけだろ。心は全然ここにない。今だって未練たらたらで……正直、見てられんぞ。なあ、カリル?」


 傍で二人の会話を聞いていたカリルは、何も答えず、ただ小さく首を横に振った。

 

「あの……失礼いたします」


 三人のもとへ、アルジール国の護衛が一人、控えめに声をかけてきた。


「舞踏会をお楽しみのところ申し訳ございません。ですが、急ぎで陛下にお伝えすべき件がございまして……お時間をいただけますでしょうか」

「何だ? 話してみろ」


 エルフナルドは怪訝な表情を浮かべながらも、護衛に続きを促した。


「ユリア様の侍女より、陛下宛の手紙を預かっております。至急、お目通しいただきたいとのことで――」

「ユリアの……侍女だと?!」


 思わず声を荒げながらも、エルフナルドは差し出された手紙を受け取った。

 封を切り、目を走らせた瞬間、その表情はみるみる険しさを増していく。


「おい、エルフナルド。何て書いてある?」


 沈黙を不審に思い、サリトスが堪えきれず問いかけた。


「ユリアが……王宮に姿を見せた、と……」

「本当か?! それなら良かったじゃないか! そうか、姫は無事だったんだな……」


 サリトスは、安堵と喜びの混じった表情を浮かべた。


「……だが、それだけじゃない」


 エルフナルドは、手紙から視線を離さず低く続けた。


「王宮には顔を出しただけで、すぐに帰っていったそうだ。

今は……フレドリックと共に暮らしている、と書かれている」


 サリトスは眉をひそめた。

 

「……は? おい、それどういうことだ。なんで、フレドリック様と一緒にいる?」

「……詳しい事情までは書かれていない。だが、ユリアは自分の意思で王宮を出たのだと……そう言っていたらしい」


 エルフナルドは手紙を強く握りしめると、踵を返し、会場の出口へと歩き出した。


「おい、待て! まさか……今すぐ帰る気じゃないだろうな?」


 慌てて、サリトスとカリルが両手を広げ、行く手を塞いだ。


「ユリアが見つかったんだぞ?!」

「なりません、陛下」


 カリルは一歩前に出て、申し訳なさそうな、それでいて揺るぎない目でエルフナルドを見据えた。


「以前はキャロル姫が間に入ってくださったおかげで事なきを得ました。ですが、ルトア王は二度目を許すようなお方ではありません。ここで席を立てば、これまで築いてきたルトアとの関係は完全に破綻します」


 言葉を選びながら、静かに続ける。


「陛下のお気持ちは痛いほど分かります。ですが……国王としての立場を、お考えください」

「……くそっ」


 エルフナルドは歯を食いしばり、悔しさを滲ませて吐き捨てるように呟いた。

 そして、振り返ると――

 再び、何事もなかったかのように晩餐会の会場へと足を向けた。

 その背中には、怒りと焦燥、そして抑えきれない不安が重くのしかかっていた。

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