83 偽りの帰還
それから数日後、ユリアとフレドリックは共に王宮へと向かった。
屋敷の外へ出るのは、実に半年ぶりだった。
――けれどそれは、解放ではなかった。
外に一歩踏み出した瞬間、差し込む日の光があまりにも眩しく、ユリアは思わず目を伏せ、ふらりと足元を揺らした。
長く薄暗い部屋に閉じ込められていた身体には、冬へと向かう冷たい空気でさえ刺激が強すぎた。
季節は、いつの間にか冬に差し掛かろうとしている。
半年という時間は、確実にユリアから多くのものを奪っていた。
髪はわずかに伸び、根元には本来の色――
白銀が覗いていた。
日の光と、自分の髪色を人に見られる恐怖から、ユリアは慌てて髪を結び、深くフードを被る。
兄ヘレンと「力を失っていく」と約束したあの日から。
エルフナルドに力の存在を知られてからも。
ユリアは毎日欠かさず髪を染め続けていた。
だが、王宮を追われ、フレドリックに軟禁されていたこの数ヶ月の間、染料に触れることすら許されなかった。
王宮へ戻る今日、半年ぶりに鏡に映った自分の姿――
頬がこけ、骨ばった身体と、色の抜け始めた髪を見て、ユリアは思わず顔を歪めた。
――これが……今の、私……。
馬車が揺れる中、フレドリックが静かに口を開いた。
「よいか。王宮で過ごすのは、日中だけだ。今日は夕刻になる頃、庭園に迎えに行く。王宮の近く、市場の側に屋敷を用意した。今後は、そこで暮らせ」
「……かしこまりました」
ユリアは、彼の顔を見ることなく答えた。
目を合わせることすら、無意識に避けていた。
「王宮に着いたら、私は兄上のもとへ挨拶に行く。そこで、お前のことも話しておく。……分かっているとは思うが」
フレドリックの声が、わずかに低くなる。
「この関係について、他言するな。仮に兄上と顔を合わせることがあっても、悟られるような真似はするな。
――お前は、自らの意思で僕を選んだ。それを忘れるな」
「……もちろん、分かっています」
その答えに、フレドリックは満足しなかった。
俯いたままのユリアに苛立ち、前髪を掴んで乱暴に顔を上げさせる。
「もし、疑われるようなことをした場合は……分かるな?」
頭皮に走る痛みに耐えながら、ユリアは小さく頷いた。
「……はい……」
半年ぶりに目にする王宮は、記憶の中よりも、ずっと遠い場所のように感じられた。
庭園で待つように言われ、足を踏み入れると、ユリアは思わず周囲を見渡した。
色とりどりの草花は、枯れることなく整えられ、雑草一つ生えていない。
記憶の中の庭園と何も変わっていなかった。
通路の曲がり方も、低木の並びも、あの頃のままだ。
ここだけが、何事もなかったかのように、時を刻み続けている。
――きっと……クリック様や、アリシアが手入れしているのね。
見慣れた光景に、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
込み上げてくるものを、ユリアは必死に飲み込んだ。
「ユ、ユリア様……? ユリア様なのですか?!」
弾かれたような声に、ユリアの肩が僅かに震えた。
振り返ると、驚愕の表情を浮かべたアリシアが立っていた。
「アリシア……久しぶり。……急にいなくなって、ごめんね……」
精一杯、穏やかに微笑もうとしたが、表情はぎこちなく歪んだ。
「一体、どこにいらっしゃったのですか? 陛下も、とても心配していらっしゃいます。……こんなに、お痩せになって……。早く陛下のところへ――」
アリシアが手を伸ばした瞬間、ユリアは反射的にその手を振り払った。
「エル……陛下の元へは、戻らないわ」
自分でも驚くほど、淡々とした声だった。
「私には……王妃の務めが、重すぎたの。それで……逃げ出したのよ」
「そんな……。以前お悩みだった世継ぎのことでございますか? それなら一度、陛下と――」
「お待たせ、ユリア」
背後からかけられた声に、ユリアの背筋が強張る。
フレドリックは、ゆっくりと歩み寄り、ユリアの肩を抱いた。
その腕は、庇うようでいて、逃がさないためのものだった。
「君は……確か、ユリアの専属侍女だったかな?」
ユリアが答えるより早く、彼女が口を開こうとした瞬間――
ユリアが先に言葉を重ねた。
「そうなの。フレドリック様。ずっと私の世話をしてくれていた子なの」
アリシアを見ずに、続ける。
「私が急に王宮に戻ったものだから、驚いたみたいで……。とても心配してくれていたの」
「……どうして、ユリア様が……フレドリック様と……?」
アリシアの声は、震えていた。
「今は、フレドリック様と一緒に暮らしているの。王宮から逃げた私を、受け入れてくださったのよ」
一瞬、言葉に詰まったが、無理に続ける。
「……だから、心配しないで、アリシア。また……ここには来るわ」
それが、どれほど残酷な嘘かを、自分が一番よく分かっていた。
ユリアはフレドリックに促されるまま、庭園を後にした。
背後で、アリシアが立ち尽くしている気配を感じながらも、振り返ることはなかった。
振り返ってしまえば――
自分が、もう“戻れない存在”になったことを、認めてしまいそうだったから。




