81 消える希望
「うるさい!!」
鋭い怒声と共に、乾いた音が部屋に響いた。
次の瞬間、ユリアの頬に強い衝撃が走り、視界が大きく揺れる。
床に倒れ込んだユリアを、フレドリックは荒い息を吐きながら見下ろしていた。
「――お前に、僕の気持ちなど……分かる訳がない」
震える声には、怒りと焦燥が混じっていた。
「もう僕には、貴方と子を作る道以外に生きる道はないんだ!だから……知った口を聞くな!!」
乱暴に胸ぐらを掴まれ、抵抗する間もなく引きずられる。
ベッドに投げ出され、覆い被さられた瞬間、逃げ場は完全に失われた。
「いやっ!! やめて!!」
必死に声を上げても、フレドリックの耳には届かない。
服が引き裂かれる音だけが、無情に響いた。
「やめてっ……お願い……」
「黙れ!!」
フレドリックの瞳に映っているのは、ただ剥き出しの怒りだけだった。
怒りに身を委ね、何も考えようとしない――いや、考えることを拒絶しているかのようだった。
「もう……こうするしかないのだ。これが……僕の生きる道だ……」
その夜、ユリアの声は誰にも届かなかった。
「……助けて……エルフナルド様……」
声は夜の静寂に溶け、虚しく消えていった。
***
次に目を覚ました時、部屋には誰の姿もなかった。
重苦しい静けさと、白く差し込む朝の光だけが現実を突きつける。
身体の違和感が、昨夜が夢ではないことを告げていた。
――ああ……本当に……起きてしまったのね。
視界の端に残された痕跡を見た瞬間、胸の奥が強く締めつけられた。
呼吸が浅くなり、指先が冷たくなる。
――帰りたい。
エルフナルド様の、もとに。
願いは声になる前に喉の奥で潰れた。
ユリアはその場に崩れ落ち、声を殺して泣いた。
――でも……もう……会えない。
そう思った瞬間、胸のどこかで「何か」が音もなく折れた。
日が暮れるまで、ユリアは動けなかった。
夜になると、また同じことが繰り返された。
最初の数日は、必死に逃げようと声を上げ、拒もうとした。
だが――それも長くは続かなかった。
痛みは次第に感覚を鈍らせ、
恐怖も、悲しみも、境界を失っていった。
半月ほどが過ぎた頃、医官が部屋を訪れた。
妊娠の有無を確かめるための、淡々とした診察だった。
結果を聞いた直後、フレドリックの怒りが爆発した。
「……お前は、僕がこれだけしているのに……それでも子を身籠れないのか」
「……申し訳……ありません……」
謝る言葉だけが、辛うじて残っていた。
それだけだった。




