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79 闇に沈む一歩

 次の日、薬事室で作業をしていたユリアは、外で見張りをしていたセルビアに声をかけた。


「最近採れた薬草をいくつか混ぜて、紅茶を淹れてみたの。セルビアも一緒に飲んでくれないかしら?」

「ありがとうございます。では、少し休憩をいただきますね」


 セルビアは疑うことなくカップを受け取り、ユリアと向かい合って腰を下ろした。


 穏やかな香りが薬事室に広がる。

 

 ユリアはセルビアが一口、二口と飲み進めるのを、胸の奥が締め付けられる思いで見守っていた。


「……少し眠くなる薬草も入っているの。最近お疲れのようだったから……」


 セルビアはやがて言葉少なに頷き、椅子に深くもたれかかった。


「ユリア様……ありがとうございます……。すみません、少しだけ……」


 その言葉を最後に、セルビアの瞼がゆっくりと落ちた。

 ほどなくして、静かな寝息が聞こえ始めた。

 ユリアは、完全に眠りに落ちたことを確かめると、そっと薬事室を後にした。


 ――ごめんなさい、セルビア……。


 門兵の巡回の隙を縫い、ユリアは王宮の外へ出た。

 昨夜、フレドリックが告げた通り、外れに一台の馬車が待っていた。


「お待ちしておりました。どうぞ」


 促されるままに乗り込むと、馬車はすぐに走り出した。

 

 どれほどの時間が経ったのか分からない。

 揺れに身を任せるうち、外はすっかり闇に包まれていた。

 馬車が止まり、案内されたのは郊外にある屋敷だった。

 装飾は控えめだが、明らかに貴族の住まいであることが分かる。


「こちらでお待ちください」


 一室に通され、扉が閉まる。

 ひとり残されたユリアは、胸元を押さえ、落ち着かぬ呼吸を整えようとした。


 しばらくして、扉が開く。


「お待たせしました」


 現れたのは、フレドリックだった。


「あの……ここは、一体……」

「用事が少し長引いてしまって。申し訳ありません」


 含みを持たせた笑みを浮かべながら、彼は問いには答えない。


「手紙は、きちんと書きましたか?」

「……はい。でも……本当に、周りの皆には……手を出さないと、約束してくださるのですよね……?」


 恐る恐る尋ねるユリアに、フレドリックは頷いた。


「もちろん。約束は守りますよ。ただし――」

「……ただし?」

「ここで、あなたにやっていただくことがあります。それが出来ないのなら、約束も守れません」

「私が……やること……?」


 一歩、フレドリックが近づく。

 嫌な予感に、ユリアの指先が冷たくなる。


「兄上に代わって――私と、子を作っていただきます」


 言葉が、部屋に重く落ちた。


「……え……?」


 言葉の意味が、理解できるまでに時間がかかった。


「兄上があなたとの子を成さなかった場合、その役目を私が担うよう、父上から言われていました」


 フレドリックは平然と微笑み、距離を詰める。


「な、何を言って……そんなこと、出来るわけありません!」

「あなたの意思は関係ありません」


 声音が、低く変わった。


「私は父上に命じられた。それだけです」

「……それが、フレドリック様の望みなのですか……?」

 

 問いかけた瞬間、フレドリックの表情が歪んだ。


「僕の……意思だと?」


 声が震える。


「この状況で、そんなことを聞くのですか……腹立たしい!」


 怒声が室内に響いた。


「父上の命令は絶対だ……! それに……僕には、もうこの道しか残されていない……」


 一瞬、フレドリックの表情に翳りが差した。

 しかし直後、仮面のように戻った表情の奥で、何か決意めいた光が揺れているのをユリアは見逃さなかった。

 

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