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78 約束の行方

 翌日、エルフナルドは食事の席に姿を見せなかった。

 ユリアは心の奥で、昨夜のことを何度も思い返しながらも、口には出せずにいた。

 そしてその晩も、寝室に彼が現れることはなかった。

 王宮に響く静寂が、余計に彼女の胸の不安をかき立てる。


 それから次の日も、また次の日も——

 ユリアは寝室でただ待ち続けるしかなかった。

 時折、廊下を歩く誰かの足音に胸を高鳴らせ、扉に耳をすませてはため息をつく。

 

 エルフナルドは、何も告げず、ただ姿を現さないまま——

 

 顔を合わせなくなって五日目の夜。

 ユリアはそっと部屋を抜け出し、庭園へと向かった。

 ベンチに腰を下ろし、静かに薬草を眺める。


 ――謝罪したくても、エルフナルド様にお会いすることすらできない……。

 もう、約束の一週間が来てしまう……。

 一体どうすればよかったの……?


 薬草を見つめながら、ユリアはただ、答えのない問いを抱え続けていた。


 そのとき――


 夜も更けた庭園に、砂利を踏みしめる音が静かに響いた。

 不意に聞こえた足音に、ユリアははっとして振り返る。


 そこに立っていたのは、フレドリックだった。


「フレドリック様……」

「こんな遅い時間に、お一人でいらっしゃるとは。少々、無防備ではありませんか」


 不敵な笑みを浮かべながら、フレドリックはゆっくりとユリアに近づいてくる。


「少し……外の空気を吸いたくて……。ここは王宮ですし、危険なことなど……」


 そう言いながらも、ユリアはベンチから立ち上がり、無意識に距離を取るように一歩後ろへ下がった。


「父上との約束は一週間あるそうですが……もう、その必要はないのでは?」


 フレドリックは、探るようにユリアを覗き込み、にこやかに言った。


「……どうして、そのことをフレドリック様がご存じなのですか?」


 驚きと警戒が入り混じった声で、ユリアが問いかける。


「父上に頼まれたのですよ。それ以上は……今はお答えできませんが」


 そう言いながら、フレドリックはさらに一歩、距離を詰めた。


「王妃様。あなたに、ひとつお願いがあります」


 声を落とし、囁くように言う。


「明日、周囲に気づかれることなく、王宮を出ていただきたいのです。王宮から少し離れた場所に使いを出します。あとは、その者について行ってください」

「……王宮を、出る……?」


 意味を理解できず、ユリアは思わず聞き返した。


「ええ。もうすぐ約束の一週間も終わりますし……ここ数日、兄上とも顔を合わせていないでしょう? これ以上、ここに留まっても、状況は変わらないと思いますよ」

「で、でも……私が王宮を出れば、すぐに気づかれてしまいます。そんなこと、できるはずが……」


 ユリアは必死に首を横に振った。


「抜け出すのではありません。自ら、王宮を出るのです」

「……え?」

「兄上には、心配をかけぬよう手紙を書いてください。……離縁を望む、と」

「そんなこと、できるわけ――」

「できない、とは言わせません」


 フレドリックの表情から、笑みが消えた。

 冷えた視線で、ユリアを見下ろす。


「出来なければ……また、あなたのせいで誰かが傷つくだけですから」

「……ど、どういう意味ですか……?」


 不安を押し殺しながら、ユリアが尋ねる。


「市場であなたの侍女を襲わせたのも、王宮門前で薬師を襲わせたのも……僕ですよ」

「……え……?」


 思考が追いつかず、ユリアは息を呑んだ。


「あなたに本当に力があるのか、確かめる必要がありましたからね。生憎、二人とも傷が浅く……あなたは力を使わなかった」


 淡々と語るフレドリックの声に、背筋が凍る。


「ですから……もし僕の言うことを聞いていただけないのなら、もう一度同じことをします。今度は、あなたが力を使えないようにした上で。あるいは、いっそのこと……」

「わ、分かりました!」


 息が詰まり、まともに呼吸もできないまま、ユリアは叫んだ。


「フレドリック様のおっしゃる通りにいたします……! ですから、これ以上、誰かを傷つけるのはやめてください……!」


 悲痛な表情で、ユリアは深く頭を下げた。


「それで結構です」


 フレドリックは満足そうに微笑む。


「では、明日の正午過ぎに使いを出します。くれぐれも、周囲に悟られぬように」


 そう言い残し、フレドリックは闇に紛れるように去っていった。

 ユリアはしばらく、その場から動けずに立ち尽くしていたが、やがて重い足取りで自室へ戻った。


 そして、フレドリックに言われた通り――

 震える手で、エルフナルド宛ての手紙を書き始めた。

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