276 星座の魔法(4/4)
「わたしも、ディオール様が不安に思っていることなんだったら、知っておきたいです。お話をちゃんとしてくれるのも、仲良しだと思います……!」
「仲良し、か」
つないでいたところから、手のぬくもりが少しずつ戻ってきている。乾いた泥を指で擦られて、今更のように汚れていたことに気づいて、ちょっと恥ずかしくなった。たぶん、今のわたし、バケツに投げ込んだら水が真っ茶色になると思う。
「私が騎士に恨まれているのは、前にも少し話したが、力づくで言うことを聞かせたからなんだ。作戦の立案でもくだらない政治で延々と揉めていたから、とにかく盤上をひっくり返す必要があった。陛下もそれをお望みになっていたし、私も、憎まれ役になれば、長期的にどんな禍根が残るか予想できないくらい子どもだった。だからまあ、恨まれるべくして恨まれたわけだ。ただ、それほど脅威には感じていない……私に魔術が使えるうちはな」
お話をするうちに、つないだ手がまた少し冷たくなった気がした。
「魔術を完膚なきまでに封じられる、という状況は想定していなかった。こっちは、少し怖いな」
そっか、魔法がない、っていう状況が怖かったんだ。
だからあんなに真っ青な顔をしていたんだね。
誰かに脅かされているんだったら、わたしにもいろいろと手伝えることがある。
でも、そっちはわたしにはどうしようもない。
話を聞くくらいしかできないけど、それでも、聞かせてもらえるということが、わたしには嬉しかった。
「じゃあ、騎士さんたちが、弱ってるディオール様をやっつけてしまおうとするような、悪い人たちっていうのは本当なんですね?」
「全員ではないが、ごく一部はな」
「その一部って? 誰なんですか? まさか、ウラカ様のお父様……?」
「? なぜル=シッドが出てくる」
「最近、よくない噂を聞きました。じゃあ、お父様は関係ないんですね」
少しほっとした。ウラカ様はいい人だから、お父様もいい人であってほしい。
「そうだな。騎士たちからも恨まれてはいるが、強い遺恨を残しているのは、一級の魔術師たちなんだ。騎士団内でも高い地位にいる奴らだが……こいつらが、私を罠にはめようとしてきたことがあった。返り討ちにはしたが、それ以来強く恨まれている」
「恨まれてるんですね。じゃあ、怖いですよね」
自分に強い悪意を抱いている人がいるなんて、すごく怖いことだ。
「ほかに怖い人はいますか?」
ディオール様が怖い思いをしているのなら、わたしも注意しないといけないよね。
いつでも助けてあげられるように。
わたしが密かにやる気を出して、むん! と唇をまげているのをどう見たのか、ディオール様はちょっと眉を寄せた。
「……言っておくが、君が頭を悩ませるような問題じゃないぞ。高位の魔術師はだいたいどいつも邪悪だ。かかわり合いになろうと思わなくていい。私が自分で対処する」
「わ、わたしにだって、できることは」
「ない」
すぱっと言い切った……!
ちょっと悲しいな。
「彼らよりも、リゼ、君は第一王子に気をつけなさい。むしろ一番心配なのがあいつだ」
「……ディオール様って、アルベルト殿下に何をされたんですか?」
何回か聞いてみてはいるんだけど、はっきりした答えを聞けてないんだよねぇ。
そんなにいやなこと?
ディオール様はしばらく目線を泳がせて、言いたくなさそうにしていたけど、最後には重い口を開いた。
「……魔術師たちが私を罠にはめようとしたとき、そうしろと唆したのがアルベルトだ」
「……? そその……?」
「つまり、私は殿下に売られたことになる」
……!!
お、お金で売ろうとしたってこと?
「最終的に罠にかかったのは彼らの方だったから、そういう作戦だったんだと言われたが、どこまで本当なんだか」
ぴゃぁ……
「な、なんでそんなひどいことを……? アルベルト殿下、お金いっぱい持ってるはずなのに」
「……売られたというのは比喩だが……」
あれ、そうなの?
ディオール様はときどき言葉が難しい。
「罠にはめられたって、つまり何をされたんですか?」
そこがぼんやりしてるので、なんだかうまくイメージできないのだ。
「……裏切られたと言えば分かるのか?」
その裏切りの内容とは、いったい……?
詳しく聞きたかったけど、ディオール様は説明する気が失せてしまったのか、とてもだるそうに、「いや、いい」と言った。
「忘れてくれ」
「えぇっ!? き、気になります……!」
「いいから忘れろ。君に心配されても嬉しくない」
「そ、そんなぁ……」
いつになく辛辣で涙目になっているわたしに、ディオール様がくすりとする。
「これは私の問題なんだ。君にみっともないところを見せたくないだけだから、気にするな」
「わ、わたしは、見せてもらえたほうがうれしいですねぇ……!」
うまく話を聞き出せそうだったのに、わたしがアホすぎるせいで……
胸を痛めてしょんぼりしていたら、ディオール様はいよいよおかしそうに、声に出して笑った。
「そう言ってもらえるだけで十分だ」
ディオール様がそう言ってくれたときに見せた顔は、本当にすごく優しそうだった。
愛おしい、って、言われているような気がしたくらいだ。
ついじっと見ていたら、いきなりものすごい寒気に襲われた。
大きなくしゃみが出る。
「……戻ろうか」
「はい。あの、リオネルさんは?」
「野営の準備をさせている。治療が使えるわけでもなし、救護の邪魔だったからな」
「じゃ、邪魔って……」
ディオール様、穴掘るの苦手って言ってたから、きっと手伝ってくれたんだと思うけど……
あとでお礼いっとこ。
ディオール様と並んで歩きながら、明るい星空をもう一回見上げた。
「こんな泥だらけで星空だけ綺麗なの、なんか笑っちゃいますね」
「最悪の気分だ」
ディオール様も、わたしにあわせてか、少し微笑んでくれた。その顔がとてもきれいで、見とれてしまう。
「でもまあ、忘れたくても忘れられないだろうな」
七章終了
明日、一方その頃のリオネル番外編を挟みまして、
八章(最終章)【万能の魔道具】開始予定です。




