【七章番外編】その後のリオネルさん
リオネルさんとは、坑道を出てすぐの、半分くらい廃墟になった民家で合流した。
一部は旅人が使うのか、それとも盗掘業者か、きれいに掃除されているので、そこを使おうということになった。
それで、さすがに泥だらけだと気持ち悪いなぁと言ったら、ディオール様が温水を作ってくれることになった。
まず大きめの火を出して、その火に、水の玉をじゅっとぶつけて、温水完了。
「じゃあ行くぞ」
「お願いします!」
ばっしゃーん! と、上から水が降り注いだ。
あったかーい!
二、三度すすいだら、服ごと泥汚れが洗濯されて、きれいになった。
「ありがとうございます……さむ!!」
濡れた服が風に当たるとすごく寒い。
「気化熱は放っておくと本当に体温を奪われて死ぬ。早く乾かせ」
ドライヤーの魔法はわたしの特技だ。
逆に、水の魔法はあんまり使えない。井戸から汲んだ方が早いからねぇ。
ごあーっと全身に熱風を当てて、ものの一〇分くらいで乾燥した。
その次、ディオール様もざばーっとお湯をかぶって、綺麗になった。
すかさずドライヤー!
ぶわわわーっと髪や服が大きくなびいて、一〇分くらいで乾いた。
最後にリオネルさん。
「はぁ」
ディオール様がため息をついて、やる気なさそうにする。
「なんでそんなに嫌そうなんだよ。邪魔して悪りーなぁって俺も思ってるんだけど。せっかく婚約者と一緒にいるのに割って入ったらお前が機嫌悪くすんのもしょうがないけどさ」
「いや。貴様には世話になったからな。礼をいわなきゃならんと思っていた」
「礼は礼でもお礼参りみてえな空気じゃん」
「そういうつもりはないが。本心から感謝しているが」
「伝わってこねえのよ! 笑って!? なんで氷用意してんの!?」
「私のあだ名がよほど気に入ったようだから、ひとつ芸でも見せてやろうかと思ってな」
「ふざけんなよモグラの公爵様! 抱きしめるぞ!?」
「触るな! 汚れるだろうが!」
ディオール様は大きな水を浮かべると、火を使わずに、そのままばっしゃーんとした。
「さみい! なにすんだてめーコラ!! いい加減にしろよ!? なんでガキみてえな嫌がらせすんだよ!! マジでこれはないだろ!? 俺すげーがんばったじゃん!? 俺がいなかったらお前アレだっただろ!? 泣きながら手で土掘って――」
ディオール様が追加で水をぶっかけたところで、さすがのリオネルさんも黙り込んだ。
ガタガタ震えていて本当に寒そう。
「か、乾かしますねぇ!」
命が危なそうだったので、わたしがすかさず割って入って、ドライヤーをかけてあげると、リオネルさんはわたしたちに比べて薄着で鎧装備だからか、あっという間にほこほこになった。
「あー、リゼさんありがとう。あったけえのが沁みたわ。マジであいつのどこがいいわけ? 親切にここまで旅の世話してやった親友にこの仕打ちよ? リゼさんあいつに何か弱味とか握られて脅されてねえ?」
「いえ……その……」
「いや俺も分かってるよ? みっともねえとこ晒して恥ずかしいってのはさ、でもこんなことされなきゃ俺だってあいつがリゼさんが生き埋めになったかもしんないってオロオロしてた話は内緒にしといてやろうって思ってたのに――」
「話をすり替えるな」
ディオール様が今にもぶち切れそうな顔で詰め寄る。
「貴様が三人で風呂に入ろうとか訳の分からんことを抜かしたのが悪いんだろうが」
そう。
リオネルさんらしい冗談といえばそうなんだけど、温水作ってくれるって話になったときにそう言い放ったものだから、ディオール様が本当に怒っちゃったんだよね。
「冗談に決まってんだろ!? 読めよ! 空気を!!」
わたしも冗談だと思ったんだけど、ディオール様もわりとカジュアルに激怒するからなぁ……
「だいたい貴様が秘密なんか守ったことないだろうが。何から何までべらべら面白おかしく喋りやがって」
「へーそう、そういうこと言っちゃう? じゃーリゼさん、あのあと何があったか教えてあげるね? あいつマジで膝から崩れ落ちたんだぜ? あんなの見たことねえってぐらい綺麗な崩れ方だったわ。人間膝から下をふっとばされるとああいう感じになることもあるけどさぁ――」
「今すぐ口を閉じるか、氷漬けになるか、選べ」
リオネルさんはぴたりと喋りやんだ。
でもニヤニヤしていて、ディオール様はものすごく不機嫌そう。
……よく分からないけど、ディオール様が遊ばれてるよね、これ。
でも確かに、いきなりお水ぶっかけたのは酷い気もする。
でもリオネルさんも、ディオール様が冗談通じないの分かっててからかってるから、こっちも酷い。
どうしたらいいのかなぁ。
にらみ合っているふたりに、わたしはおそるおそる話しかけてみることにした。
「あ、あの、リオネルさん、ここまで連れてきてくれてありがとうございます。わたし、王都の外に出るのって初めてだったんですけど、リオネルさんが騎士団の人たちをてきぱき動かしてくれたので、ごはんとかも全然困りませんでしたし」
旅のときの食べ物も初体験で、すっごく面白かった。
ディオール様は何食べてもマズいマズいって文句言ってたけど、わたしは好きなやつがけっこうあった。
「いやいや。お礼を言うのはこっちよ? やめてー?」
「それに全然退屈しませんでしたし、すっごく楽しかったです! ゾンビ騒ぎも早く収まって、本当に助かりました」
わたしが頭を下げると、リオネルさんも流れでか、わたしに向き直った。
「いえ、こちらこそ。ゾンビの対処法、本拠地の特定――どれもリゼさんのお力添えがなければなし得ませんでした。俺の故郷を救ってくれたのはあなたです。このご恩は決して忘れません」
改まって言われてしまい、わたしはびっくりした。
あ、あれ? さっきまですごくふざけてたのに、急にどうして?
「ディオールにも感謝してるよ。陛下を説得して王都を離れるのも大変だったろうに、無理して予定を合わせてくれたんだろ? お前本当にいい奴だよな」
いきなりまじめに話し始めたリオネルさんに、ディオール様も戸惑っている。
「……リゼが行きたがっていたからついてきただけだ」
「でも、お前、これが南とか中央とかだったらリゼちゃんがいくら行きたいつっても許可しなかったんじゃねえの?」
「なんでそう思うんだ?」
「だってお前、助けに行く義理ねえし、ゾンビの対処法も分かってるんだから、まず所轄の騎士団員ぶつけて削らせてから、王都で立てこもり防戦ってのが一番疲れなくてよかったはずだろ。最低でも、陛下が作戦決めて貴族の召集軍を派遣するまでは動かなくてよかったじゃん」
「まあ、そうだな」
「そうすると、俺には義理あったんじゃん。ありがとうな」
なんとなくいい雰囲気になってきた。
……な、仲直りだよね?
わたしはふたりの横から、ダメ押しでもうちょっと声をかけてみることにした。
「あの……ディオール様は珍獣タイプの人間が好きなんだそうです」
「へー?」
「で、わたしとリオネルさんは、どっちも珍獣なんだそうです」
「え!? 何それ。俺のことそんなに好きだったわけ? 溺愛してるリゼさん並みに?」
「そんな訳ないだろう」
「なんだよ早く言えよ! 俺もお前のこと好きだし!」
「気色悪すぎる……」
「もー照れんなって! あーでもお前のリゼさんほどは愛してないわ。ごめんな。お前の片思いだわ」
「ウザすぎる……」
たぶんからかってるんだと思う。
ものすごく深刻そうに謝るリオネルさんに、本当に嫌そうに顔をしかめているディオール様。
しばらく無言の緊張状態が続いて、どちらからともなくふっと視線を逸らして、会話が終了した。
ギスギスした沈黙の中で、わたしははらはらしながら、ひそかに思う。
……これ、仲直り……かなぁ……?
け、喧嘩するくらい、な、仲がいい……んだよね……?
そのはずだよね。うんうん。
わたしは強引にそう決めつけて、これ以上はそっとしておくことにしたのだった。
明日から八章です。




