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【書籍・漫画化】魔道具師リゼ、開業します~姉の代わりに魔道具を作っていたわたし、倒れたところを氷の公爵さまに保護されました~【七章進行中】  作者: くまだ乙夜
七章 復讐の天秤編

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271 復讐の天秤(4/5)



 女戦士の像は神々の降臨する器として速やかに作用した。あの晩に目撃したのと同じ、天使の翼状の雷撃がその背に生えたのを認めた瞬間、ディオールはとっさにリオネルの頭に無理やりフードを被せ、後退させた。


 女神の一撃を受けた【ティアマトの血】たちが、即座に活動を停止する。


「何だよ、これ……!? なんなんだよ!?」

「黙っていろ、死にたいのか?」


 おそらくは事前の周到な用意によって故意に顕現させられたであろうネメシスは、現れた瞬間、目の前のバリガントに憎悪をたぎらせた。


「また貴様か!? 冥界より魂を連れ去るだけでも万死に値する大罪だがかけらも悔いなしとは、よほど死にたいらしい!」

「そう思うのならばなぜあのとき殺してくれなかった。ともに逝けるのならそれもまた正しき幸福の分配であったろうに」

「今度こそそうしてくれるわ!」


 女神が鞭を振りかぶった瞬間、ふわりと蝶が女神の鞭に止まった。


 鞭がまっぷたつに割れると同時に、蝶もはたき落とされ、地に転がる。


 いつの間にか、彼の周囲には大量の蝶が寄り集まっていた。


「害虫め……! 壊しても壊しても次から次へと……! いったい何匹作ったのだ!?」


 夥しい数の蝶が、彼女の疑問に呼応するかのように激しく羽ばたく。


 すると、オルゴールの曲が変わった。密やかな胸の痛みを誘発するような歌声から、オペラの絶唱を思わせる激しいソプラノへ。歌詞はない。魂からのシャウトだ。


 耳にしたとたん、ネメシスは血相を変えた。激怒し、声を張り上げる。


「ええい、その歌を止めろ! 耳障りだ!」

「いいや、よく聞いてくれ、復讐の女神よ。それはあなたのために用意した、あなたの信奉者からの請願だ。不公平な天秤を揺り戻すようにと願う人の声を無視してはいけない」

「やめろ……!」

「復讐と公平の女神よ。私に分け与えられた不幸を少し君の天秤に戻したい。私から妻を奪い、妻の形見を奪い、かりそめの魂も奪った君に、君自身の手で復讐の剣を届けてくれ」


◇◇◇


 唐突すぎて何の話だか全然分かっていないわたしに、お人形さんが言う。


「ネメシスを止めに来たのでしょう?」

「え、ええと、はい、そうです……?」


 あれ? 違うかも?


 止めに来たのはゴーレムの方かも?


「このコアを持っていって。ネメシスの、天秤の反対側に乗せてちょうだい」


 お人形さんは、自分のひび割れたコアを指し示した。


「……ネメシスの天秤には、常に人の幸福が秤にかけられているわ。分を弁えず、人には過ぎた幸福を享受していると見なされたとき、その人には天罰が下る」


 ……ははー……?


 ネメシス様は、片手に鞭、片手に天秤を手にした姿で絵画に描かれることが多い。


 ついこのあいだバリガントさんから質問されたから、わたしも気になって、あれからちょっと調べてみたんだよね。


 出会えたら教えてあげるつもりだったので、ネメシス様の神殿にいって、絵画をいくつか見てきた。


 そのときの説明は、確かにそうだったかも?


「奪われすぎた人の均衡が、それで少し戻るはずよ」

「……? 奪われすぎた人って……???」

「私を取り戻そうとあがいて、ネメシスに罰されてしまったの」


 このお人形さんを作った、張本人ってこと……?


「急いで。しくじれば、みんな殺されてしまう」


 そう言って、お人形さんは自分のコアに手をかけると……


 自分で取り出した!


「あの人に伝えて……どうか……私の分も生きて、と……」


 みるみるうちに動作が止まり、もとのお人形さんに戻ってしまう。


 ……え、えーと……


 渡された【ティアマトの血】は、最後のログに、『司令塔コア』との通信を残して、停止した。


 ……座標のログは、もともとわたしがゴーレムを止めようと思って目指していた『司令塔コア』の場所と同じだ。


 ……よく分からないけど、ネメシス様はここにいるのかな?


 いなかったとしても、当初の予定通り、『司令塔コア』を壊したらそれでおしまいだ。


 ネメシス様のお怒りも解けるはず。


 わたしはちょっと迷ったけど……


 ――急いで。しくじれば、みんな殺されてしまう。


 最後の伝言が気になりすぎて、無視することができなかった。


 よ、よーし……!


 ディオール様は怒るかもしれないけど……


 覗いてみよう……!!


◇◇◇


 ネメシスは苦痛にあえいでいるかに見えた。


 まさか、石像を依り代に降臨した神々に人と同じ血肉が備わっているわけもないだろうに。刺せば痛み、血を流すのは、そこに肉と神経と血が通っているからで、何もなければ、それは人の形をしたさまよう霊魂でしかないはずだ。傍観しているディオールには到底理解が及ばない事態が次々に起こっている。


「我の裁定に間違いはない! あの者は罪を犯したのだ! 愚かしくも人の分際で玩具に【万能の魔道具】なる不遜な名を与え、魔獣をいたぶり屠ったあのおぞましい女を、よりによって神と崇め再興せんとした不届き者め! 成敗されるは必然であったのだ……! やめろ、やめぬか! この音、不快だ!」

「その女、名をなんという?」

「言うものか! 最低の虐殺者に名など与えぬ! 現在、過去、未来すべてで永劫に消し去ってくれる!」


 ネメシスは両手を大きく振りかぶり、その間に輝く鞭を形作った。


 髪を振り乱した彼女のふるう神の鞭の余波を避けようと、張れる限りの結界を張ったところで、視界が真っ白に染まるほどの光が満ちた。


 光量から推察される破壊力は広間を瓦解させるに十分で、かけらも残さず消失したかもしれないとさえ思ったが、数秒のちに見えたバリガントは、奇妙な盾を手にしていた。


 まさか鞭を防がれるとは思わなかったのだろう。ネメシスがうるさい小バエを追い払うような仕草で、二度、三度と鞭を振り下ろす。しかし、盾はすべての攻撃を吸収し、バリガントにはそよ風ほども影響を与えない。


 盾はそれ自体が魔力の塊ででもあるかのように、不確かな輪郭をしていた。密度が高すぎる魔力は、ある一定のラインから、まったく触れることができなくなる。あの盾を手にするために、異形の手が必要だったのだろうか。

 

 盾の中央部には一対の瞳としか言いようのないシンボルがあり、強い輝きが宿っている。


神楯(かんだて【アイギス】。アテナの慈悲によって破片がもたらされ、【万能の魔道具】が鍛えた、神界最高の盾だ。女神とて逃れられまい」

「やめろ、やめろ、やめろぉ! ふざける……な……」


 ひと睨みされたネメシスが、ついに鞭を止めた。動きが緩慢になり、鈍重に両手をだらりと垂らした。じょじょにもとの女神像へと戻っていく。メデューサに睨み殺された人間がみな辿った末路を正確になぞって、身体が石化していった。


「……おのれえぇぇっ……! 許さぬ、貴様だけは絶対に許さぬ!」


 膨大な魔力がネメシスから離散していく。奇跡を濫用し、右手の自由を無理に回復させると、鞭をもう一度振り上げた。


 今まさに振り下ろされんとした腕に、鋭い爪を食い込ませ阻止したのは、フクロウだった。バサバサと羽音もやかましく飛び回り、食らいつく。


「アテナァァァッ……! この無礼な鳥を下げぬか! 塵も残さず消滅させるぞ!? よいのか!?」


 ネメシスはフクロウを打ち据えると、地に叩き伏した。


「【おおパラス・アテナよ! おのが知恵に驕りし者よ! あの血の宴を忘れたのか! すべてを見逃さぬと自称するおぬしが、人の傲慢なる性を見落としたのはなぜか? すべてはおのが過ちを認められぬおぬしの驕り高ぶりにより生じた不幸であったろうに!】」


 ネメシスの絶叫は、いつの間にか魔術言語に切り替わっていた。神々はそもそも、魔術の行使に人の言葉を必要としない、と文献にある。そのようにあれと念じたことが奇跡となり現実となる。いったいどういう理屈かは不明だったが、ともかくもアテナへの問いは劇的な効果をもたらした。


 ネメシスの鞭から神の雷がほとばしり、とうとうアイギスを貫通して、真後ろの男を打ち据えた。


 膝をつく男を見下ろし、ネメシスが再度鞭を揮おうとする。


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